20.息子、ボスモンスターに接待試合される【後編】
リュージたちが母同伴でゴブリン退治をした翌日。
リュージはシーラ、と母とともに、迷宮に潜っていた。
「さぁいよいよ息子が、ボスに今まさに! 挑もうとしています!」
記録の水晶を持った母が、リュージたちの前を先行し、息子たちの姿を記録している。
「ボスに挑む顔のなんとりりしいことか! ああかっこいい! 尊い! お母さん天に召されそう!」
「……召されないでね」
リュージはアホの子カルマにツッコミを入れながら、気を引き締める。
そして今日ここに至った経緯を思い出す。
彼らは目標の到達のために、ここへやってきた。
目標。つまり、迷宮に住むボスモンスターを、リュージたちだけの力で倒すこと。
以前、迷宮に潜ったとき、リュージたちはボスに挑んだ。
しかしまるで歯が立たなかった(その後母が消し炭にしたが)。
それがリュージたちは悔しかった。
ふたりで絶対、ボスを倒すんだ。
リュージたちはその目標を胸に、頑張ってきたのだ。
母から度重なる妨害を受けても、採取クエストを頑張っていたのは、装備を調えるため。
母の恥ずかしい応援に耐えながらも、モンスター討伐に精を出していたのは、力をつけるため。
今日までの全ては、ボスを二人で倒すという目標のために、頑張っていたことだ。
そして昨日、リュージたちのレベルは25になった。
武器防具、そしてアイテムも、自分たちが稼いだお金でそろえた。
後は挑むだけだ。
「さぁボス部屋の前までやってきました! とても順調でしたねっ!」
「……そうだね。ありがとう母さん」
ややあって迷宮の奥へとやってきたリュージたち。
その間何度か敵モンスターが現れたのだが。
【りゅー君たちの目標はボス退治なのでしょうっ? なら今はそれだけに集中してください! ザコはお母さんが、ちゃちゃっと掃除しますからっ!】
ごわぁああああ!!! とドラゴンのブレスをはいて、出てくるザコを、カルマが一掃してくれた。
確かに今日のメインはボス討伐。
ザコにかまけてる余裕はなかった。
それはさておき。
ボス部屋を前にして、リュージは相棒を見て言う。
「シーラ、頑張ろう。手はず通りにすれば大丈夫だから」
「はいっ! がんばりましょー! おー!」
おー! とふたりで拳を突き上げて、気合いを入れる。
その姿をカルマが「尊ぇ……尊ぇ……」と泣きながら記録を残している。
……母は、手を出さないはず。
リュージは今日も、冒険についてきて、僕らの頑張りを見ていて欲しいと頼んだのだ。
……しかし、リュージは不安だった。
この母が、いくら息子から見てくれとお願いされたからと言って。
ボスの討伐という、危ないことをさせるだろうか。
「…………」
しかし考えても仕方ない。もうここまで来たらやるしかないのだ。
「いくよ!」
「がんばるぞー!」
ボスモンスターの大きなドアを、ぎぎぎ……とリュージは開ける。
その後から母とシーラがついてくる。
「さぁ息子がいま! ボスの部屋に入りました!」
録画が開始されているのだろう。
母が記録の水晶に向けて、実況中継する。
「本日は前回同様、このダンジョンのボス、【金剛カブト】に我が息子は挑戦するそうです! そのりりしい顔はまさに大天使! ああもうお母さん昇天しちゃいそうです……!」
緊張感に欠けるな、と思いながら部屋に進む。
「ぎぎ……ぎぎぎいぃ……!!」
そこにいたのは、見上げるほどの大きなカブトムシだ。
身体全体が金剛石で覆われている。
前回は、まるで歯が立たなかったが、今回はちがう!
「いくよシーラさん! いつも通り!」
「はいなのです!」
シーラが精神を集中させる。
使うのは【纏う雷】からの、雷神剣だ。
「いくぞカブトムシ! 僕が相手だ!」
リュージはカブトに向かって走る。
もちろんおとりだ。
「ぎぎぎいー!!!」
カブトがリュージに気づく。やつがついてくる。
「よーしいいぞっ!」
リュージはシーラから離れた場所で立ち止まる。
腰を下ろし、盾を構える。
「ぎぎぃー!!!」
どどどど、とカブトがこちらへやってくる。
リュージは気合いを入れる。
素早く腰のポシェットから、【頑丈さ上昇のポーション】を飲んだ。
レベル25で頑丈さも上昇している。
カブトの突撃なら、頑張れば耐えられる!
カブトが押し寄せる。
そのツノが盾にぶつかる。
衝撃に、リュージが備えた……そのときだった。
キキーッ!!
ピタッ……!!
「………………は?」
リュージは目を疑った。
カブトが、リュージの盾に激突する前に……止まったのだ。
「は? え? 何で止まって……」
「ぎーーーーーーーー!!!」
と思ったら、カブトは後ろに向かって、全力で跳んだのだ。
むろん、リュージがパワーで吹き飛ばしたのでは、ない。
シーラが魔法使ったのでも、ない。
カブトは、自分から。
自ら盾に激突する前に立ち止まって、後に跳んだのだ。
「ぎぃ~~~~~………………!!」
「ああっと! カブトがりゅー君の防御力に負けて吹き飛びました!! ななななんという凄まじい頑丈さでしょう!」
カブトは激突して、壁に埋め込まれている。
「ぎぎ……」
カブトが、ちらり、と母を見た。カルマは何も言わずににらんでる。びくぅ、とカブトは震えていた。
……怯えてる?
……いったい、なにに?
「リュージくんっ。【纏う雷】!!」
疑問を抱く暇もなく、シーラの雷魔法が完成する。
リュージの剣に雷が付与される。
リュージは剣を構えて、壁に埋まっているカブトへと駆け出す。
「ぎぎっ、ぎー!」
「ああっと壁に埋まってカブトは動けないようだぁ! これはチャンス! 未曾有の大チャンスですよっ! 頑張れりゅー君!」
幾分かの違和感はあるものの、確かにこれはチャンスだ。
「たぁあああああ!!」
リュージは動けないカブトに向かって、雷の剣を振り下ろそうとして……。
……げしっ。
「あっ」
びったーん!!
……と、リュージはこけてしまった。
ダンジョンの中は、土むき出しだ。
当然、あちこちに石とか岩の破片が落ちている。
そのひとつにリュージは足を取られて、こけてしまったのだ。
「し、しまった……!」
転んだ際に、リュージは剣を手から放してしまっている。
そして自分は体勢を崩している。
これは相手にとって絶好の反撃チャンス!
「ぎぎぃ…………」
ちら、とカブトは、カルマを見た。
「…………」
カルマは無言だった。何も言わず、カブトをにらんでいた。
「ぎ、ぎぎー!!!」
カブトがじたばた、と壁に埋まったまま、手足を動かしている。
「ああっと! カブトは壁に深く埋まっているようだー! これは動けない! しばらく動けないぞ-!」
母の解説がむなしく響く。
リュージは悟った。
……母が、カブトを牽制していると。
そういえばと今になって思ったのだが、この金剛カブト、以前母に消し炭にされたボスと同じではないか?
ならどうしてここにいるのか?
……たぶん、母が【蘇生魔法】で復活させたのだろう。
カブトには、母の恐怖が刻まれている。
母の不興を買えば、どうなるかを……死を持って、その身体に思い知らされている。
だからカブトは、母に逆らえないのだ。
……なにそれ、八百長じゃん。接待試合じゃん。
リュージはとてつもなくむなしい気持ちになった。
「ぎ、ぎぎぃ……ぎぎぃ……」
壁に埋まっているカブトが、ちらちら、とこっちを見てくる。
それはまるで、目で訴えてるようだ。
早く楽にしてくれと。
「なんか、ごめん……」
リュージは落ちた鉄の剣を拾う。
シーラの【纏う雷】の効果はまだ続いていた。
リュージは壁に近づいて、カブトの目玉に、雷の剣を突き刺す。
激しい雷撃が、カブトの目玉に直撃する。
目玉を通して、身体全体に、強烈な電撃が走る。
やがて雷はとまり、カブトは黒焦げになった。
「ぎぎぃ……。ぎぃー…………」
死に際、カブトの顔は、心なしか穏やかに見えた。
これで恐怖から解放される……とでも言いたげな、それはそれは、良い死に顔だった。
カブトは爆発四散し、あとには魔力結晶が残される。
「ひゃぁあああああ! 息子がぁあああああああ! 息子がボスを倒したぁああああああ!! おめでとー!!!」
……ありがとう母さん、とお礼を言う元気が、リュージにはなかったのだった。
お疲れ様です!
明日もお昼頃更新します!
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ではまた!