03.邪竜、息子と一緒に街へ行く
お世話になってます!
その夜、リュージの成人を祝う宴会が開かれた。
といっても参加者はリュージと母カルマのふたりだけだが。
途中、【監視者】が誕生日祝いを持ってきてくれたのだが、「部外者はすっこんででてください!」といってカルマが追い払った。
「部外者ってひどいわー。ま、でもそのとおりね。お姉さんは退散するわ」
「帰れ長耳女。今日はふたりきりでお祝いなんですよ」
「ひどいわねー、カルマ。わかってるわよ。それじゃあね坊や。またいずれ」
【監視者】が出て行った後、カルマはにこっと笑って「では誕生会を続けましょう!」
成人式と誕生会、そして快気祝いも兼ねているということで、とてつもない豪華な食事が振る舞われた。
とてもひとりじゃ食べきれない量だ。【監視者】も一緒に食べてくれたら良かったのだが。
「これはりゅー君のために用意した食事です。全部りゅー君が食べてくださいっ!」
とのことで、リュージは苦労しながら、出された料理を全部食べた。
食事を取り終えて、一息つく。
カルマは「お母さん食器片付けますね」といって、【万物破壊】スキルを使って、からになった食器を消滅させる。
創造と破壊が容易のカルマにとっては、食器は使い捨てなのだ。また簡単に作れるから。
「ふふ、いよいよケーキの登場です。じゃーん!」
ウエディングケーキもかくや、というほど、巨大なケーキを、喜色満面で持ってくるカルマ。
リュージは引きつった表情で、それでも全部平らげた。
……別にリュージは母のことは嫌いではない。
過保護な部分が嫌なだけで、はっきり言えばウザいだけで、母個人を嫌悪しているわけではないのだ。
母親が心から、リュージが生まれてきたことを、成人したことを、祝ってくれている。
それはリュージにとって嬉しいことなのである。
……まあ、祝い方が尋常じゃないのは、ほんとやめてほしいのだが。
ケーキを食べ終え、一息つく。
リュージは意を決した。いよいよだと。
ふたりの暮らす洞穴の、片隅。
テーブルを挟んで座っている母に、リュージは言う。
「母さん、大切な話があるんだ」
「ふむ、聞きましょう」
リュージは居住まいただし、母に向かって、言う。
「母さん……僕、家を出て行きたいんだ」
リュージの一大決心。
前々から言おうと思っていた。成人したら、この家を出て行こうと。
……しかし言うのは、結構勇気が必要だった。
なにせこの母は、息子大好きッコなのだ。自分が出て行くといったら、さぞ大暴れするだろうと。
しかし……。
「ふむ。なるほど。わかりました」
予想に反して、母の反応は淡泊だった。
「わ、わかってくれたの?」
「ええ。そうですね、お母さんもそろそろ引っ越すべきだと思っていたんですよ。こんな暗い洞穴じゃなくて、もっと別の、そうですね、草原とかに家を建てるのもいいかもしれませんね」
「……ん? んんっ?」
母と、決定的に話がかみ合ってなかった。
「あの……母さん。何の話してるの?」
「何って、引っ越しの話でしょう。ここが嫌だから、ここを出て別の場所に引っ越しましょうっていう」
きょとんと真顔で首をかしげる母カルマ。
この人……僕の言いたいこと、伝わってない!
母は単に、息子が引っ越しのお願いをしたと解釈してるようだった。
「違うよっ。そうじゃないんだ」
「ではどういうことです?」
……もうこの際、言った後のことは考えず、リュージははっきりしっかりと言った。
「僕、この実家を出て、街で一人暮らししたいんだ。母さんのそばを離れて、一人で」
おそるおそる、リュージは母を見やる。
母はにこやかな表情をしていた。
良かった……許してくれるのか……?
という淡い期待は、しかしすぐに砕かれる。
「…………」
「母さん?」
「…………」
……話しかけても反応がない。
不審に思って立ち上がると、母の肩をちょん、とつつく。
すると……。
ばたーん!!
とその場に、あおむけに倒れたではないか。
「目を開けたまま……気絶してる!?」
そ、そんなレベルでショックだったのか……。
そう思うと申し訳なかった。ごめん母さん、別に傷つける気はなかったのだが……。
いやしかし、とリュージは心を鬼にする。ここで甘い顔をすれば、母離れできない。
「母さん、僕」「あ゛ーーーーーーーーー!」
びょんっ、と立ち上がり、大きな声でカルマが叫ぶ。
「あ゛ー! あ゛ー! 何も聞こえません! なぁんにも聞こえませんよ-!」
このひと……現実逃避してる!
「母さん! だから僕、一人暮らしを
「あーーーーーーー! 聞こえない。さってもう寝る時間ですね! さあお休みのハグをしてお母さんと一緒に眠りましょう早くさぁ早く!」
どうやら母はこの件を聞かなかったことにして、うやむやにするつもりだった。
「母さん! ちゃんと聞いてって!」
「やーーーーーーーーーーーーだ!」
するとカルマは「変身!」と叫ぶ。
人間の姿だったカルマが、ぼふんっ! と煙とともに、邪竜の姿に戻ったではないか。
見上げるほど大きな竜。
その身体からは、暗黒のオーラがもれてている。
見てるだけで震え上がるほどの凶悪な外見。邪竜の名にまけぬ威容。
カルマは邪竜状態で、息子に言い放つ。
【家を出て行きたいというのなら、このお母さんを倒していきなさい!!!】
「無茶言うなよっ!!」
なにせこの邪竜、神殺しの称号を持っているため、レベルはMAXの999。
一般的な強さしか持たぬリュージでは、とてもじゃないが勝てない。
……といっても、この世界の誰も、母には勝てないが。
【無茶ならやめなさい。ずっとお母さんのそばにいること! はい決定!】
「やだ! 出て行く! ここをでて冒険者になるんだ!」
【ならこの母を倒すんです! どうしても出て行きたいっていうのなら、母の屍を超えていけぇえええ!】
「そんな覚悟ないよもおおおお!!!!」
……結局、この日は「出て行く」「だめ!」というやりとりを繰り返し、気づけば夜が明けてしまったのだった。
☆
そんなことがあった、翌日。
リュージは……街へとたどり着いていた。
「ここがカミィーナの街かぁ……!」
城門をくぐったリュージを待っていたのは、たくさんの人と、たくさんの建物だ。
ここはこの国の中央やや南よりの街、カミィーナ。
リュージが母と暮らしていたのは、天竜山脈という、この国南部の山の麓。
そこから数キロ離れた場所にあるのが、ここカミィーナの街だ。
王都シェアの、首都マシモトと比べると、物も人も少ないが、それでも地方の大都市に分類される。
馬車に乗った商人。冒険者らしき一団。はしゃいで走り回る子供たち。
そのどれもがリュージにとっては目新しかった。
「ここから僕の新しい生活が始まるんだっ」
気分が高揚する。新生活に思いをはせていた……そのときだった。
「違うでしょうりゅー君。僕たち、でしょう?」
……高揚した気分から一転、リュージは隣を見やる。
そこにいたのは……黒髪長身の美女、母カルマだ。
「母さん……」
なぜカルマがここにいるのかというと、話は数時間前にさかのぼる。
リュージが出て行くと宣言したその日。カルマは絶対に外に息子を出そうとしてくれなかった。
いくら説明しても、母はがんとして首を縦に振らなかった。
だから……リュージは申し訳ないと思いつつも、伝家の宝刀を使うことにした。
【家を出るの許してくれなかったら、母さんのこと、嫌いになるからね!】
……あまり使いたくない手だった。だってそれは嘘だからだ。カルマのことを嫌いになるわけはない。
それにリュージは、カルマがこう言われてすごく落ち込むのを、知っている。
だからできれば使いたくない手ではあったが、そうでもしないと、一生洞窟暮らしが続きそうだったから。
さて嫌いになると言われたカルマは、大泣きした後、すごく渋った後……
【わかりました……】
かくしてリュージは家を出ることが決まったのだが。
出発の朝、身支度を調えたリュージを待っていたのは、同じくよそ行きの格好をした母だった。
【お母さんもついて行きます】
【はぁ!?】
驚くリュージに母が続ける。
【やはりりゅー君を一人で外に出すわけにはいきません。外は危険が多すぎます。その点、このお母さんがいれば安心安全。あらゆる敵を秒で排除できますから】
ふふん、と得意げな母。
【いや……話聞いてた!? 一人暮らししたいって言ったの!】
するとカルマは【しかし良いのですか?】と冷静な口調で言う。
【ひとりで暮らすとして、あなたお金は持っているのです?】
【うっ……】
……この母は、ときおりまともなことを言ってくるから困る。
【冒険者としてやってくから、金は大丈夫だもん!】
【そうですか。ではどこの街で冒険者をするのです? 街の場所、ギルドの場所とか知っているのですか?】
……言われてみれば、リュージは外のことをほぼ知らないでいた。
【あの長耳女にいろいろ教えてもらっていたようですが、外のこと、あまり知らないのでは? 不安ではないですか?】
母の言葉に、リュージはだんだん不安が募ってきた。
母についてきてもらいたい……という甘い気持ちが鎌首をもたげたので、ええいと首を横に振るう。
【なんとかなるから! 僕ひとりででていくから!】
するとカルマは【そうですか……】と低い声でつぶやく。
【では最終手段です】
カルマはそう言うと、右手に破壊の雷を宿す。
【お母さんがついてくのを拒否すると、この星を破壊しないといけなくなるのですが、それでもいいのですか?】
こ、この人……。
星を人質に、ついてくる気だ……!
【お母さん破壊しちゃいますよ? 本気ですよ?】
【……わかったよぉ、もぉ】
かくして母同伴で、家を出ることになったわけだ。
それは一人暮らしとは言えないが……それでも、自分は外の世界にやってこれたのだ。
気分は晴れやかになるが、隣にいるドラゴン母さんを見ると、げんなりとする。
話は戻って、現在11時くらい。
城門を離れたリュージは、そのままカミィーナのメイン通りを歩く。
ちなみにこの町までは、母のスキル【最上級転移】を使って一発でやってこれた。
行ったことのない場所へも、一瞬で飛ぶことのできる超レアスキルだ。
「どうしたのですかりゅー君? はぁっ! 気分が悪いのですかっ!? い、今お母さんが回復魔法を! 【完全超回復】!」
それは、体力を完全に回復させ、MPフルチャージし、状態異常を完全に治し、ケガ病気すら完全治癒させる、超級光魔法だ。(最上級のさらに上のランク)
だがそれも、無駄に終わる。
なにせリュージの身体には、どこも異常がないからだ……。
「必要ないから……」
「で、ではなぜそんなくらーい顔をしてるのですかっ?」
母さんのせいだよ……とは言えなかった。
育ての親に、そんなひどいことは言えないのである。
「なんでもないよ……気にしない」
「……なんという、なんという、優しい子でしょう」
カルマはぶわっと涙を流し、その場にしゃがみ込み、よよよ、と泣き出す。
「母を不安にさせまいと、気丈に振る舞うその姿……その優しさにお母さんは嬉しすぎて天に召されそうです」
美女が滂沱の涙を流し、地べたに座り込んでいる。
街ゆく人たちの視線をいっきに集めた。ただでさえ母(人間バージョン)は美人過ぎて目立つのだから。
「やめて! もうやめてって! 立ち上がってよもうっ!」
ぐいっとカルマの腕を引いて引っ張り上げる。
「ぐす……今夜はお赤飯を炊きましょう。りゅー君がお母さんのことを、初めてぐいっと引っ張ってくれた記念日です」
ちなみに記念日には【初めてお母さんと呼んだ日】や【はじめてお母さんとお風呂に入ってくれた日】などがある。
カルマにとっては365日が記念日だった。
「バカなこと言ってないで行こうよ」
リュージが手を離して、歩き出そうとしたのだが……。
ぐいっ。
とカルマが、リュージの手を握って離そうとしてくれない。
「いえ、このまま、お母さんと手をつないでいきましょう」
真顔でそんなことをおっしゃるカルマ。
「なんでさっ?」
「見てください。人がたくさんいますね。このままではお母さんとはぐれてしまいます。それは大変。ゆえに手をつなぐのです」
そう言ってもカルマには【探査】と呼ばれる無属性魔法(火や水のように属性を持たない魔法)が使える。
探査を使えば、あたりの周辺状況を一瞬で把握できる。
リュージとはぐれたところで、一瞬にして彼を見つけ出すことができる。
が、カルマは探査を使えることを言わなかった。だって言うと息子と手を握れないじゃん……という理由で。
「やだよ恥ずかしい! 絶対に繋がないから!」
「恥ずかしがらずとも良いではないですか」
しかしリュージとカルマが手をつないでいるところを、街ゆく人たちが見ていく。
身長の低いリュージは、周りから幼い子どもと思われているのだろう。
ほほえましい物を見る目で、母と、そして自分を見てくる。
かぁっ……っと顔が赤くなる。恥ずかしかった。
「とにかくっ、手離せって!」
「ふむ、どうしても手を離して欲しいのならば、このお母さんの手を自分から振り払うのですね」
「レベルMAXのあなたに力でかなうわけないでしょ……」
「なら仕方ない。おとなしく手をつないでお母さんと街を散歩しましょ?」
にこにこーっとすんごい笑顔のカルマ。
息子と手をつないで街を歩くのが、嬉しいらしい。
はぁ……っとため息をつきながら、リュージは街を歩く。ああ、周りからの視線が痛い……。
「ところでりゅー君。これからどこへ?」
カルマが行き先を聞いてきた。
「とりあえず……行きたい場所があるんだあ」
「どこです? 遊園地? おもちゃ屋? ソフトクリーム屋はあっちにありましたよ?」
はぁ、とため息をつく。だからほんと、子供扱いはやめてくれ……。
「……冒険者ギルドだよ」
そう、リュージは【監視者】の彼女から聞いて知っていた。
冒険者の存在を。
仲間と協力してダンジョンに潜り、宝を見つけたり、悪い魔物を討伐したり……。
そう、仲間だ。
この15年、リュージは同世代の友達はおろか、母(と監視者)以外の人と、まともに出会ったことがなかった。
だからこそ、リュージは仲間との冒険に、人一倍、あこがれていた。
ゆえに一人暮らししたら、冒険者になろうと決めていたのだ。
「冒険者ですか。りゅー君なら王様にもなれるというのに」
そりゃ最強邪竜がいれば、星を人質に息子が王になることも可能だろうが……。
そんな気はさらさらなかった。
「冒険者ギルドなら、中央広場の近くにあるみたいですね。行きましょう」
すでに探査の魔法でこのあたりの地理を把握しているらしい。母の先導のもと、リュージは広場へ向かう。
噴水が中央にある、大きな広場だった。
「うわぁ……!」
噴水から水が吹き出ている様を見て、嬉しそうに目を輝かせるリュージ。
「あんなの見たことないよっ!」
「むぅ……。りゅー君お母さんもあれできますよ。【大瀑布】って水魔法を使えばね」
ちなみに大瀑布とは、最上級水魔法のひとつだ。
大量の水を空からふらせ、この町を一瞬にして洗い流すほどの強力にて凶悪な魔法である。
「使わなくて良いから……。って、あれ?」
そのときリュージは奇妙な物を見つけた。
広場のところに、何か銅像が建っていた。
「んっ? んんっ?」
リュージは目を疑った。その銅像、どこかで見たような姿をしていたからだ。
「どうしたのです?」
「いや……あの像、母さんそっくりじゃない?」
指さすそこには、ふたつの銅像。
ひとつは、剣を持った男の人だ。台座には【救国の英雄・勇者ユート】と書かれていた。
もう一つは……巨大なドラゴンだ。
「そうですか? お母さんの方がもっとスリムですよ」
いやでもでかいところも、歯がぎざぎざなところも、邪竜の姿とうり二つだ。
「なんで母さんの銅像が……?」
と思って台座を見やると、こう書かれていた。
【救国の英雄・英竜・カルマアビス】
「…………」
リュージは目を疑った。
「救国の……英雄? えいりゅー?」
……そういえば監視者から聞いたことがあった。
百年前、母は世界を滅ぼす邪神を倒したと。
つまり……世界を救った、救国の英雄、もとい、英竜だから……。
こうして、魔王を倒した勇者と、同格に扱われているのだ。
「…………」
リュージは母を見つめる。
「いやん。そんなに熱心に見られたら、お母さん嬉しくなってしまいますよぅ」
……この母が、救国の英雄。
つまり自分は、英雄の……息子?
「…………」
無理だ。
母はすごい人かも知れないが、自分はただの一般人だ。
英雄の息子と、名乗ることは絶対にできない。
おこがましくて、つりあわなくて。
だから……。
「ねえ母さん。約束して」
「はいはいなんでしょう?」
リュージは母を見つめて、真剣な表情で言った。
「街では竜の姿に、絶対に変身しないでね」
自分は、身分を隠すことにした。英雄の息子なんて、今の未熟な自分では、とうてい名乗ることができない。
母は首をかしげた後、わかりましたとすぐに了承。母に身分を偽ることを強要してしまい、ちくり、とリュージの胸が痛んだのだった。
お疲れ様です!
次回から冒険者として生活がスタートします。
あと今回ちょいちょい名前が出てるひとのことは、後ほどきちんと登場させます。
次回更新ですが、今日の夕方くらいにもう一回更新します。
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ではまた!