20.息子、ボスモンスターに接待試合される【前編】
いつもお世話になってます!
お母さんによる遠隔操作で、モンスターを撃破した10日後。
リュージと相棒の獣人シーラは、カミィーナの街の近く、森の中にいた。
今日の仕事は、ゴブリンの討伐だ。
「はぁあああああ!」
ゴブリンが棍棒を振り上げ、リュージが盾でそれ受ける。
最近新調して、皮の盾から、銅の盾に買い換えたのだ。
先ほどの【はぁあああ!】は、リュージが気合いを入れた声……ではない。
「はぁああああああ! りゅー君が防御する姿ぁ! かっこいいっ! かっこよすぎて天に召されそうですよぉ……!」
背後できゃあきゃあ、と黄色い悲鳴を上げるのは、母カルマだ。
「おおっとりゅー君がゴブリンを押しのけて、今度は剣で斬りかかるぅ! やばいですっ! この絵かっこいい! 絵画にして街に飾りたいぃ!」
……背後の母がうるさい。
だがリュージは我慢する。
だって、そうしないと、まともに戦わせてくれないのだから。
「今度はりゅー君がゴブリンとつばぜり合いになるっ! これは最高! 額からしたたる汗がなんと美しいことか! ああ最高! そのりりしいお姿、勇者なんて比じゃないくらいですよぉ!」
は、恥ずかしい、という気持ちを押し殺す。
今は戦闘中。気を抜けば死ぬことだってある。
目の前に集中せねば。
「りゅーくーん! かっこいー! こっち向いて-!」
「無茶言わないでよ……!」
リュージはゴブリンと力比べしている。
棍棒と剣がかち合って、押し合いへし合いしている最中だ。
ゴブリン。小鬼。
人間の子供ほどの大きさしかないが、それでも鬼だ。
腕力は成人男性並。下手したら一般人のそれを上回っているかもしれない。
それでもリュージは耐えていた。否、耐えることができていた。
前回、ワイルドボアのみならず、ワイルドベアを倒したリュージは、その分、レベルが上がった。
加えてこの10日間、リュージはひたすらに戦闘を繰り返している。
【とある目標】に向けて、相棒と頑張っているのだ。
リュージがゴブリンを押さえ、ターゲットが背後に行かないよう踏ん張っていた、そのときだ。
「リュージくんっ。いけるのです!」
「おっけー!」
リュージは盾でゴブリンを、強く押し出す。
よろけるゴブリン。
「さぁあああ来ますよぉおおお! りゅー君とシーラのコンビネーションがまさに炸裂します! 見逃せねえええええ! 録画の準備はとっくにできてるぜえええええ!」
……非常にやかましい母を無視して、リュージは鉄の剣をかかげる。
「えいっ、【纏う雷】!」
それは中級雷魔法。
武器に雷属性を付与する魔法だ。
【小雷撃】や【火球】などの攻撃魔法では、相手に魔法があたらない可能性がある。
しかし【纏う雷】は、武器に雷を充填できる。
これなら仮に攻撃が一度外れたとしても、雷が剣に宿っている間は、何度だって雷魔法が使える。
「たぁああああああ!!」
リュージは気合いをいれ、雷を宿した剣を振るう。
剣がゴブリンの肩に突き刺さる。
と、同時に激しい雷鳴が轟いた。
ばちばちばちばち!! と白い電撃がゴブリンを襲う。
雷がはぜる。敵の身体が、黒焦げになっていく。
「ぎ……がが…………」
雷が収まると、ゴブリンは白目をむいて、その場に崩れ落ちる。
やがて魔力結晶となり、戦闘終了。
「きたぁああああ! りゅー君の必殺技【雷神剣】だぁあああああ! これはゴブリンもひとたまりもないですよぉおおおおおおおお!!!」
うひょーー!! と飛び跳ねるカルマ。
「勝手に技に名前つけないでよ!!! もうっ!!!」
リュージは剣を納めて、母に声を張る。
カルマはダバダバと涙を流しながら、リュージに近づいてきた。
「うう……立派です……。これで今日、倒したゴブリンの数は10。ぐす……立派に……えぐ……なりましたねぇ……ぐす、げほっ、げほっ」
涙にむせる母。
その手には【記録の水晶】が握られている。
これは、目の前の映像を録画するためのマジックアイテムだ。
母はこれを持って、息子の活躍する姿を録画していたのである。
……不思議に思わなかっただろうか。
なぜ母が、リュージたちの戦闘に手を出さなかったのか。
なぜ、敵がリュージたちの目の前にいるのに、自動迎撃システムが作動しなかったのか。
すべてはリュージの作戦だった。
「うう……ここ10日間で、りゅー君の戦闘姿をこの目に、焼き付けました。やはり生で見るのが一番ですね。生りゅー君ちょーかっこいいですっ!」
10日前、リュージは母に、こう言ったのだ。
【母さん、冒険についてきて】
【僕らが頑張ってる姿、すぐ近くで見ていてほしいんだ】
【そんな監視映像越しじゃなくてさ】
と。
こうすれば、母は喜んでリュージたちの冒険についてくる。
そして息子から頑張ってる姿を見て【欲しい】と頼まれた。
それはもう、手も出してこないし、自動迎撃システムも作動させないだろう。
なにせカルマはリュージのみの安全も大事だが、息子超ラブなのだ。
息子のかっこいい姿を見るのが、三度の飯より好きなカルマである。
むろん本気で息子の身に危険がおよべば、すぐさまカルマはリュージを守ろうとするだろうが。
それはさておき。
「リュージくん。やったのですー!」
後に控えていたシーラが、笑顔でリュージに近づいてくる。
「シーラ、ナイスアシスト!」
「えへっ、はいたーっち!」
パンッ! とふたりで手をたたき合う。
「ああ……いい……息子が相棒とハイタッチしてる姿……素敵……尊い……」
その姿を、カルマは滂沱の涙を流しながら、記録に残していた。
……正直、母の応援や行動は、恥ずかしくて仕方がない。
ただこうでもしないと、リュージたちは自分の力で、モンスターを倒すことができないのだ。
「しーたち、確実に強くなってる気がするのですっ!」
「気がするじゃないよ。もう僕らのレベルは20を超えた。強くなってるって、実際」
冒険者になってひと月ほど。
入った当初は一桁だったレベルも、一月ばかりで、20台までレベルアップしていた。
母の功績もあるが、それでもリュージたちの地道なレベル上げの成果でもあった。
「今日はもうちょっと頑張って、レベルをもう一つあげよう」
「ハイなのですっ!」
「ではお母さんが回復をば」
天空城から、回復のビームが降り注ぐ。
緑色の光をあびると、リュージの体力と、シーラの魔力が回復する。
「ありがとう、母さん」
リュージは母に、素直に感謝する。
レベルを順調に上げられているのは、こうして戦闘後に母がその都度治癒を施してくれるからだ。
「ハァアアアアアアアアアアッ! りゅー君から感謝されたのぉおお! う゛れ゛し゛い゛です゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!」
大泣きする母。
いちいちリアクションが大げさなのも……だいぶ慣れた。
「じゃあ移動するよ母さん」
「はいっ! お供しますよぉどこまでもっ!」
リュージは母と相棒とともに、移動する。
「しかしあれですね。りゅー君は最近とってもとっても頑張り屋さんですね」
「そうかな?」
「そうですよ。この10日間、ずっと戦い戦いです。何か欲しいものでもあるのですか?」
どうやら母は、リュージが金が欲しくて、モンスターと戦っているのだと思っているようだ。
しかしそうじゃなかった。
金じゃない。
リュージには、達成したい【目標】がある。
そのために頑張っているのだ。
目標。
すなわち。
以前できなかった、ボスモンスターを、自力で倒すこと、である。