150.邪竜、母と戦う【後編】
母、マキナアビスとの戦闘になったカルマ。
カミィーナ郊外の草原にて。
ふたりは、竜化を解いて、人の形になる。
「悲しませる? ……私が? りゅーくんを……?」
呆然と、カルマがつぶやく。
マキナはうなずく。
「あの子は、誰よりも優しい子だ。おまえの育て方が良かったのだろう。……しかし、その優しさ故に、あの子は、カルマの死の原因が、自分にあると知ったら……深い悲しみにとらわれるだろう」
確かにリュージは、誰よりも人の痛みのわかる子だ。
自分の力が母を殺したと知れば、誰よりも傷つくことは、明白だ。
「それこそ、あの子はおまえが死んだ後を追って死ぬかも知れぬ」
「そんな……」
「運良く死ななかったとしても、あの子はこの先ずっと、貴様を殺したという事実に苦しめられるだろう。待っているのは、暗い未来だけだ」
ぽた……とカルマの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「そんな……そんなの、嫌だよぉ~……」
カルマは、子供のように泣きじゃくる。
だがマキナは、何も言わない。
泣いてる子を抱きしめることも、しない。
ただ、黙って、カルマが泣き止むのをじっと待っていた。
……ややあって。
「…………」
カルマは、立ち上がる。
「カルマ。どこへゆく?」
「……帰ります」
カルマはマキナに背を向けて、カミィーナへと帰ろうとする。
「ねえ、マキナ」
「なんだ?」
カルマは振り返らない。
「……泣いてる子供がいるのに、あなたは、何もしないのですね」
子供とはつまり、カルマのことだ。
この母は、カルマを慰めることを、一切しなかったのだ。
「どうして、何にもしてくれないの?」
「必要ない、と思ったからだ」
マキナがハッキリと答える。
「……必要、ない?」
「ああ。そんなことをしても無駄だ。何の意味も無いからだ。なぜならーー」
「……もう、いいです」
カルマの声は、とてつもなく冷たかった。
そこには諦念、そして……侮蔑があった。
「もう、いい。あなたなんて、親じゃない」
カルマはマキナに背を向けたまま、歩き出す。
「……あなたと、わかり合えると、思ってたのに」
「それは無理だ。なぜなら、おまえが子供で、わがはいは親だからだ」
「……もう、いい」
カルマは背後のマキナに一瞥もせず。
「……さよなら」
パチンッ、と指を鳴らす。
カルマは一瞬で、自宅まで転移する。
寝室のベッドには、息子のリュージが眠っていた。
「…………」
カルマは愛する息子を見下ろし、静かに涙を流した。
自分のワガママに、ため息をつきながらも、いつも付き合ってくれる、リュージ。
優しい子。
大好きだ。
この世界の、誰よりも愛している。
息子のためなら、この身は滅んでも良いと、本気で思っている。
けれど、マキナのセリフに、胸が締め付けられる。
ーーおまえが死ねば、リュージが悲しむ。
そうだ。
そう言う子なのだ、リュージは。
「…………」
「かあさん……?」
リュージが目を覚まし、カルマを見やる。
カルマは涙をぬぐって、ニコッと笑う。
「起こしてごめんなさい」
「ううん……。どうしたの? 寝ないの?」
カルマは一歩、ベッドに向かって歩こうとする。
だが、踏みとどまる。
「ちょっとトイレに行ってきます。先に寝ててください」
「うん……わかった……おやすみ……」
目を閉じるリュージ。
カルマは彼に手を伸ばそうとする。
ーーおまえが死ねば、リュージが悲しむ。
びくっ! とカルマの手が止まる。
「…………」
カルマはきびすを返し、部屋から出て行く。
部屋を出て、リュージの部屋へ行く。
彼のベッドに、横になる。
朝になるまで、こうして、カルマは彼のベッドで静かに泣き続けるのだった。
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