145.邪竜、新年会する【後編】
飲み過ぎてしまったカルマをつれ、チェキータは寝室へ向かった。
「…………」
「あなた顔真っ青よ? まったく……飲み過ぎよ」
「……すみません」
チェキータは目を丸くした。
カルマが素直に謝ってくることなど、珍しいことだから。
「…………あなた、大丈夫?」
チェキータはカルマの顔を見て、なんだか胸騒ぎがした。
何がどう、と言われてもハッキリ答えられない。
だが今のカルマは、普段の彼女とは違うように感じたのだ。
「大丈夫ですよ、飲み過ぎただけです……ちょっと横になれば快復します」
カルマはフラフラと、ベッドへ向かって歩く。
その途中で躓いて、こけた。
「だ、大丈夫なの?」
「平気です……酔っただけです……」
チェキータはカルマに肩をかし、彼女をベッドに寝かせる。
心なしか、カルマの顔が青ざめていた。
酒の飲み過ぎにしては、妙である。
「……すぐ診察するわ」
チェキータには医学魔術の心得がある。
触診により、体の不調を確認できるのだ。
チェキータはカルマに手を伸ばす。
だが彼女は、その手を掴んだ。
「……お願い、大丈夫だから、ほっといて」
「…………」
チェキータは知っていた。
カルマが、放っておいていったとき。
それは、何か深刻な事態を、一人で抱え込んでいるときだということを。
「ほっとくわけには、いかないわよ」
チェキータは立ち上がり、台所で水を汲んで、戻ってくる。
「ほら、水飲んで」
「……すみません」
「殊勝なあなたって珍しいけど……あんまり好きじゃないわ」
「それは私が嫌いってこと?」
「元気のないあなたが、心配ってことよ」
チェキータはカルマの背中をさする。
カルマはくぴくぴと水を飲んで、ほぅっと吐息をついた。
「少し、楽になりました」
「……そう。良かったわ」
「……その割に顔がぶさいくですよ」
「……ばかっ」
チェキータはカルマの体を、ぎゅっと抱きしめる。
カルマは、おそらく何かを隠してる。
今の体調不良は、酒の飲み過ぎとは考えにくい。
きっと、何か他の原因がある。
だがカルマは口にしなかった。
……彼女が困ったとき、弱ったとき、いつもチェキータに相談してくれた。
そのカルマが、チェキータに隠し事をしている。
おそらく……今回のことは、それくらい、大きくて厄介な、そして深刻な悩みだと思われた。
どうしたの? と聞きたい。
その答えを、聞きたい。
彼女の悩みを共有し、一緒に解決策を考えてあげたい。
……だって、自分はこの子の……。
この子の……。
「……チェキータ」
ぽそり、とカルマがつぶやく。
「いまは……言えないの。ごめんね」
「ううん……。待ってるから。あなたが言ってくれること」
「うん……。大丈夫、すぐ良くなりますから。りゅーくんたちのもとへいって……」
「……あなたは、だいじょうぶなの?」
「うん。それより、あなたが戻らないと、りゅーくんが心配するから……。わたしは、お酒の飲み過ぎってことに、しておいて」
チェキータは抱擁を解く。
この子は……どこまでも。
息子のことを思って動くのだ。
「……わかったわ。けど、つらくなったらいつでも、すぐに言うのよ。いいわね?」
カルマはこくりとうなずいて、ベッドで横になった。
チェキータは不安で、心が押しつぶされそうになった
それでも、カルマの言うことを聞いてあげる。
ベッドルームを出て、リュージの元へ行く。
彼の友達は、楽しそうに飲み食いしている。
だがリュージだけは、手つかずで、浮かない顔をしていた。
チェキータに気付くと、リュージはいちはやく駆け寄ってくる。
「チェキータさん、母さんは……?」
「だぁいじょうぶよ、飲み過ぎ。まったくあの子ってば、自分のキャパを考えないんだから……」
ほっ、とリュージが安堵の吐息をつく。
……これでいいのね? とチェキータはカルマに、心の中でつぶやく。
リュージの申し訳なさを覚えながら、しかし互いを思い合うこの親子のことを、チェキータはうらやましく思うのだった。
いよいよ明後日!
12月25日に、書籍、コミック第2巻が発売されます!
全力で原稿つくりました!
鍵山さんも四志丸さんも最高の絵を描いてくださりました!
全員で力を合わせて、最高の本に仕上がったと自負しています!
お手にとっていただければ幸いです!