143.終わりの始まり
新章突入です。
クリスマスから数日後。
新年を迎えた、ある場所にて。
魔王四天王の一人、メデューサは、復活した邪神ベリアルの前に、跪いていた。
「ベリアル様。ご機嫌麗しゅう」
メデューサの前には、玉座がある。
そこには黒髪の少年が、深々と、腰をかけていた。
彼は勇者ユート。
……ではない。
ユートの体に憑依した、邪神ベリアルだ。
ベリアル。
かつてこの世界を、破壊と混沌でつつみこんだ、最強にして最悪の魔神。
一度は、世界を滅ぼしかけた。
だが世界滅亡まで、あと一歩足りなかった。
1匹のドラゴンによって、ベリアルは倒されてしまったのだ。
竜の名をカルマアビス。
ただの竜に過ぎなかった彼女は、ベリアルのチカラを取り込んだことで、世界最強の邪竜となった。
それから100年あまりが経過した。
「勇者の体はいかがですか? 魔王と同等の力を持つ勇者。それならば、ベリアル様を入れる器に足りるかと」
「……じつに、馴染む」
「それは重畳。わたくし、ベリアル様が復活されたこと、心より喜び申し上げます」
恍惚の笑みを浮かべるメデューサ。
「さぁ! ベリアル様! 今こそ復讐の刻! その身の強大な力をもって、人間たちを滅ぼしましょう!」
メデューサの目には、凶器の光が輝いていた。
彼女の目的はただ一つ。
人類滅亡。それだけだ。
だがメデューサは力が弱い。
単体で世界を滅ぼすことはできない。
だがベリアルは違う。
世界を壊すも作るも、思うがままの主人ならば……。
この世を再び闇に堕とすことなど、造作も無いだろう。
「カルマアビスから邪神のチカラを奪い返す算段はついております。存分にその力を振るってくださいまし!」
「…………」
「ベリアル様?」
ベリアルは、メデューサを見下ろす。
そして一言。
「……そんなことは、せぬ」
「……………………は?」
メデューサは耳を疑った。
「い、今……な、なんとおっしゃいましたか?」
「世界を滅ぼすことなど、私はしないと言ったのだ」
「ど、どうして!?」
メデューサは立ち上がり、主人に駆け寄る。
跪いて、訴えかける。
「あなたはあんなにも世界を! 人間たちを! 恨んでいたではありませんか!」
「……ああ。だが、それはもう昔のことだ」
ベリアルが静かな声音で言う。
その目は、凪いでいた。
「人を殺して何の意味がある? 今の世界を壊すことに、私は意味を見いだせぬ」
「…………」
その瞬間、メデューサは悟った。
主人の目に、憎しみの色が見えなかったことに。
……いや、違う。
「ベリアル様……長く勇者の体にいたことで、魂を勇者に汚染されたのですね?」
かつてベリアルにあった、負の感情のエネルギーが、勇者の正のエネルギーによって、浄化されてしまっていたのだ。
「汚染などという言葉を使うな。私は、勇者と対話し、考えを改めたのだ」
ベリアルは深くため息をつく。
「戦いはむなしい。人を滅ぼしてなんとする? 私が望むのは……平穏。ただそれだけだ」
「…………」
メデューサは、最初信じられないという表情をした。
だが……徐々に、顔が真っ赤になる。
「返せ! わたくしの……わたくしのベリアル様を、返せ!」
メデューサがベリアルに……否。
勇者の体に、詰め寄る。
「勇者め! 偽善の皮を被り、魔なる物たちを殺す悪しき存在め!」
「……口を慎め、メデューサ」
ベリアルが軽く、メデューサの体を押す。
その瞬間、彼女の体は、木の葉のように吹き飛んだ。
壁に激突し、メデューサはその場にうずくまる。
「とにかく、復活したとて、私は世界を滅ぼすつもりは毛頭無い。やりたいなら貴様が勝手にやるが良い」
ベリアルはそう言うと、玉座を立ち上がり、いずこへと立ち去っていった。
あとには、メデューサだけが残される。
「……認め、ませんわ」
ぎり……っとメデューサが歯がみする。
「認めない……あんなの、ベリアル様ではない」
彼女は立ち上がると、凶器の表情を浮かべる。
「わかりましたわ、ベリアル様。勝手に、やらせてもらいます」
メデューサはふらふらとした足取りで、どこかへ向かって歩く。
「まずはあの子に連絡を……そして、計画を進めなければ。この世界に破滅をもたらすために……ベリアル様の……ために……くひっ、くひひひひひっ!」
書籍、コミック第2巻は、12月25日に発売です!
頑張って作ったので、ぜひお手に取っていただけたら幸いです!