140.邪竜、自分の気持ちがわからない
息子が第3子を出産した。
喜ばしい出来事……しかし、今回ばかりは、手放しで喜べないでいた。
その数十分後。
リビングにて。
「さぁみんな、朝ご飯にしましょう!」
カルマは用意していた朝食を、指ぱっちんひとつで、食卓に並べる。
「わぁ! わぁ! きょーもおりょうりおいしそーなのですー! わーい!」
諸手を挙げて喜ぶのは、息子の恋人、ウサギ獣人のシーラだ。
そのとなりで、嫁候補2の、人狼ルトラが、スープを見て涎を垂らしている。
「今日もたっくさん食べて、みんな元気に一日を過ごしましょうね~!」
「「「いただきまーす!」」」
息子たちが食事を始める。
「りゅーひふん、おいひーね!」
シーラが頬をいっぱいにして、笑顔で息子に言う。
「うん、やっぱり母さんのご飯は最高だなぁ」
「ひゃっほーう! いやぁ♡ そんなぁ♡ てれますよぅ♡ りゅーくんはおかあさんを喜ばせる天才ですねっ! だーいすきっ♡」
食事中でなかったら、今すぐ息子を抱きしめてちゅーしたいところだった。
が……。
「かるまー。ごはんー」
隣に座る褐色幼女、ルコが、カルマのスカートの裾を引っ張ってきたのだ。
「ごめんなさい、ルコ。はい、あーん」
ルコはまだ幼く、自分ではまだ食事ができない。
食事の際は、こうして食べさせているのが日課となっている。
スープをルコに飲ませる。
「おいしい?」
「うまあじ。うで。あげた」
ぴっ、とルコが親指を立てていう。
カルマは微笑んで、ルコのふくふくとしたほっぺをつつく。
「おどろいた。ほんとうに、料理の腕を上げたのだな、カルマ」
……カルマは、声のする方を見やる。
自分の母、マキナアビスが、幼女の姿となって、同じ食卓を囲んでいる。
マキナが復活したと聞いて、それはそれは驚いた。
だが息子が言うように、素直に喜べなかった。
マキナ。自分の母は、カルマにとって、良い母親とは思えないのだ。
娘を放置し、長く家をあけていた。
料理だって作ってもらった記憶は無い。
母のぬくもりも、感じたことは……ない。
カルマ基準で、マキナは母親失格だと思っている。
カルマの基準、それは、手本となるべき存在……つまりチェキータだ。
カルマにとっては、マキナアビスよりも、自分に母の手本を示してくれた、チェキータの方が、よっぽど母親だった。
「かるま? どーした?」
「あ、いえ……なんでもないです」
カルマはルコにスープを飲ます。
今カルマとマキナの確執を知っているものは、当人同士しかいない。
息子たちは無関係だ。
朝の食卓を、重苦しい雰囲気にしたくはない。
……ここで感情的になるわけにはいかない。
「…………ふふっ」
すると、マキナは微笑んだのだ。
「どうしたの、マキナ?」
息子が母に先んじて、マキナに問いかける。
「いや……なんでもない。ただ、成長しているのだなと思って、うれしくなってな」
「それって……なんのこと?」
「いや……気にしないでくれ」
そう言うと、マキナはスープを一口すする。
「うむ……良い味だ。さぞ、努力したのだろうな」
マキナがカルマを見やる。
その目は細められていた。
……それは、母が娘に向ける目と、同じだった。
「……教えた人が、料理上手だったんですよ」
ようやく絞り出せたのは、そんな皮肉めいたセリフだ。
「そうか。その人にお礼を言いたい。あとで紹介してくれないか」
「…………」
今更、という言葉が口をつきかけて、口を閉じだ。
今更、この人は、なに母親面しているのだろうかと。いいかけてしまった。
けど、言わなかったし、言えなかった。
「かるまー。おかわりー」
「え、あ、はい! りゅーくんもおかわりいります?」
「うん、おねがい母さん」
「しーらもおかわりほしーのです!」
「っしゃ! 100杯ぶんくらいついでくりゅー!」
カルマは空いた器を器用に、全て回収する。
マキナの器もあいていたので、カルマは……それも手に取って離れた。
新しくスープをついで、戻ってくる。
「カルマさんのスープはぜっぴんなのです! うまい! うまい!」
もぐもぐとのんきに、シーラが具を頬張っている。
マキナはずずっとスープをすすって、カルマに笑って言う。
「おいしいぞ、カルマ」
「…………」
……不覚にも、カルマは母に褒められて、うれしいと思ってしまった。
あれだけ、自分のことを放置して、愛情を注がず、母親らしいことを何もしてくれなかった母が。
今は……娘のスープの味を、母親目線で、褒めてくれる。
……どうして? とカルマは言いたくなった。
どうして、自分があなたのそばにいたときに、もっとこうしてくれなかったの……?
カルマはマキナに問いたかった。
けれど、疑問を口にはできなかった。
カルマとマキナの間には、というより、カルマが一方的に、マキナに対して、壁を作っているから。
ふたりの親子の間には、深い溝があり、高い壁がある。
そのせいで、カルマはマキナを素直に、母と見れなかった。母と、呼べなかった。
だから……カルマは、死んだはずのマキナが復活したとき、素直に喜べなかったのだ。
母に対して憎しみに近い感情を胸に秘めているから。
……けれど。
それと同時に、まったく別の感情も、カルマの胸にはあった。
一度は手にかけた母が、また自分の前に現れたとき。
……良かったと、思う心が少なからずあったから。
カルマは不思議だった。
あれだけ憎いと思っていた母親のはずが、生きていたと知って、喜んでいる自分が、心の片隅に住んでいることに。
だからこそ、カルマは母が復活して自分の前に現れたとき、激情をあらわにしなかったのだ。
母に対する自分の心が、わからなくなっていたから。
……自分は、母親に対して、どう接すれば良いのか。
カルマは、わからないのだった。
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コミックはガンガンコミックスupから、それぞれ発売です。
今回も同時特典SSがつきます!内容もがんばって書きましたので、ぜひどちらも手に取っていただきたいです!