136.息子、母とデートする【後編】
邪竜に変化した母。
漆黒の体に、見上げるほどの巨体。
ギザギザとした鱗に爪。
そして深紅の瞳は、鮮やかな血のそれだ。
見たもの全てを畏怖させる存在。
しかしリュージにとっては、見慣れた母の、別の姿でしかない。
【さぁさぁりゅーくん! お母さんと一緒にレッツらデートですよぅ!】
厳つい見た目と反対に、子供のように、明るく無邪気な声で言う。
ぐあっ、と母が手を伸ばす。
リュージは彼女の手のひらにのっかり、そしてカルマの背に乗せてもらおう。
バサリと母が翼を広げる。
漆黒のオーラを固めたようなそれを大きく広げ、母はいっきに空へと舞い上がる。
凄まじい速さで空を飛ぶ。
だが不思議と、リュージには何の衝撃も味会わなかった。
よく見ると、リュージの体の周りを、薄い膜のようなものが包んでいる。
それは母の使う【結界】の魔法だった。
ややあって、母は分厚い雲を突き破り、大空へとやってきていた。
眼下に広がる雲海と、正面には大きな月。
リュージは目の前の光景にしばし見とれていた。
【だいじょうぶりゅーくん? 寒くない?】
「…………」
【はぁ! 寒いんだ! 極寒の中で息子を震えさせてしまった! 母失格! こうなったらこの星を竜の炎で包んで火の惑星にして】
「だ、大丈夫だから! ちょっとぼうっとしてただけだから!」
【ほんとですか? 無理してない? お母さんその気になればこの星第二の太陽に出来ますよ?】
「みんな死んじゃうからやめてね……」
母はいつも、冗談みたいなセリフを言う。
惑星を割るとか、海を飲み干すとか、月を破壊するとか。
……だがそれら全ては冗談ではない。
彼女は本当に、そういうことが可能なのだ。
カルマビスという邪竜は、それだけ強大な力を、その身に秘めている。
最強の存在。
無敵の母。
母……。
「…………」
リュージはキュッと唇を噛む。
母親。それは、自分にとってカルマしかいなかった。
子供の頃、自分は母の家の前に捨てられていたらしい。
その後何不自由なく、カルマからの十二分すぎるほど愛情を注がれ、すくすくと自分は成長した。
何も悩まず、何にも疑わず。
子供頃は、リュージは母のお腹から生まれたのだと思っていた。
だが成長するにつれ、嫌でも気付く。
母はドラゴンで、自分はタダの人間。
そうするとカルマは本当の母ではない。
自分を産んだ母は他にいると。
……けど。
だからといって、リュージはグレることはなかった。
優しい母の温かな愛情に、いつも包まれていたから。
……けど、リュージは、自分が勇者のクローンだと知った。確証を得た。
人間ではないとは、薄々勘づいてはいた。
ルコ、そしてバブコ。
魔族の二人を、自分の体から生み出したという時点で、リュージは自分の異常を悟っていた。
そして、自分は作られた人間だと知った。
人造生物だと、知った。
「りゅーくん」
ふと、母の優しい声がした。
「母さん……って、ええ!?」
母は、人間の姿に戻っていた。
リュージは慌てた。
竜である母の背に乗っていたのだ。
母が人間に戻ってしまったら、自分は落下してしまうだろうと。
……しかし、リュージの体は、落ちることはなかった。
母に、お姫様抱っこされていた。
人間姿の母は、その場に浮いている。
ニコニコしながら、リュージを抱っこしながら。
「寒くない?」
「う、うん……だいじょうぶ」
おそらく母は、リュージの体を結界で体を包んでいるのだろう。
遥か上空にいるのに、寒くも息苦しくもない。
……それどころか、心地よさすら感じた。
「…………」
久々に、母に抱かれている。
カルマの温かくて柔らかな体に抱かれていると、気持ちが落ち着いてくる。
カルマはニコニコしながら、リュージを抱っこし続ける。
いつもなら恥ずかしいと突っぱねるのだが、今日ばかりは、ずっとこうしていたかった。
「りゅーくん」
「なぁに、母さん?」
「りゅーくんは……勇者だったのですね」
カルマの言葉に、リュージはうなずく。
「いやぁ……まさかまさかですよ。うちの子は神だ天使だと、超ウルトラ特別な存在だと思っていましたが……まさか勇者とは!」
にぱーっとカルマが明るい笑顔を浮かべる。
邪気のないそのキラキラとした瞳は、15年間ずっと自分を見続けた瞳と同じ色をしていた。
「すごい! 天才! 最強! ひゃっほー! ねえねえりゅーくん、勇者だって子とみんなに自慢していーい?」
「や、やめてよ……」
「えー! だってりゅーくんが特別で超かっけーってことですよ!? みんなにしって欲しいじゃないですか! ね? ね? 言っちゃだめですか~?」
カルマが自分を見る目が、昔と変わらないことに、リュージはとほうもない安堵を感じていた。
……自分に本当の両親がいない。
実は、その事実は、そこまで精神的なダメージを与えなかった。
リュージが勇者であると知ったとき、一番恐れたのは。
最愛の母が、自分を見る目が、変わってしまうことだった。
……けれど、思い過ごしだった。
「もう、やめてって。恥ずかしいから」
「むぅ、そうですかー……。まありゅーくんが嫌というのなら、諦めましょう。しかし言いたい! アア言いふらしたい! 息子が超ウルトラスーパーハイパー無敵に最強の存在だったと、言いふらしたい! 自慢したいー!」
わあわあと、子供のように、子供みたいなことを言う母。
いつもそばにいる、彼女そのものだ。
リュージはうれしかった。
自分が人間じゃないとわかっても、母が変わらず、笑顔を向けてくれることが。
「ありがとう」
「?」
「僕が……作られた、変な存在だって知っても、変わらずにいてくれて」
するとカルマは、柳眉を逆立てた。
「変な存在なんかじゃありません! そんなふうに自分を卑下しないで!」
「母さん……」
カルマはふわり、とリュージを抱きかかえる。
「あなたはお母さんの、優しくて可愛い、最高の子供。それは、あなたをこの腕で抱いた日から、ずっと変わらないわ」
カルマが抱擁を解く。
「何があっても、りゅーくんはお母さんの子供。りゅーくんが人間でも勇者でも変わらないですよ」
「……ありがとう」
リュージがそう言うと、カルマは微笑んだ。
ややあって、朝日が昇りだした。
「みてみてりゅーくん! きれいですねー、まるでりゅーくんみたいに輝いてるよ!」
雲海が割れ、朝日が顔を覗かせる。
カルマは日差しに負けないくらい、亜刈る笑みをリュージに向けていう。
「もう、僕は輝いてないよ」
「いーや! 輝いてます! いつだってりゅーくんは光り輝く……そう! 息子は太陽! だってどっちも英語で【サン】ですからね!」
きゃっほー! とカルマがうれしそうに叫ぶ。
底抜けに明るい母に、リュージはいつだって救われてきた。
だが同時に……悔しくもある。
いつもリュージは、母に助けてもらってばっかりだ。
……いつか。
いつか、母を助けてあげられるくらい、強くなろうと思って、冒険者になったのに。
まだまだ、自分は未熟者だ。
だから……頑張ろうと、リュージは思ったのだった。
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