130.邪竜、過去を思い出す【後編】
深い海の底へ沈みながら、カルマは幸せな夢を見ていた。
息子を拾った日のこと。
息子を初めて抱きあげた日のこと。
リュージが初めて自分の足で歩いた日には、感動で涙を流した。
リュージが初めて、カルマを母と呼んだ日には、その日一日涙が止まらなかった。
息子の笑顔、仕草、そして優しさ……。
息子と過ごした1日1日が、息子を構成する1つ1つが、カルマにとってはすべて、宝物だった。
カルマアビスの心の闇を、払ってくれた救いの光。
それはまぎれもなく、息子のリュージだった。
リュージが自分の前に現れたあの日。
カルマアビスは生まれ変わったのだ。
朽ち果てていくのを、巣穴で息を殺すようにして待っている、あの弱いドラゴンはもういない。
赤ん坊を、天使を、息子拾ったあの日。
邪竜カルマアビスは、母カルマへと、生まれ変わったのである。
【…………】
ふと……後ろを振り返る。
そこには、うずくまって泣く子供がいた。
息子が! と思ってかけつけると、そこにいたのは……カルマ本人だった。
うずくまって泣いていたのは、カルマだった。
そこへやってきたのは……りりしい姿の息子本人だった。
リュージが、泣いてうずくまるカルマに、手を差し伸べる。
泣いているカルマと……そして、それを見ているカルマが、手を伸ばす。
ふたりのカルマの手が重なり、息子の手を握る。
リュージは笑って、自分の方へと、光指す方へと、引き寄せてくれた。
……ああ、そうだ。
カルマは思い出した。
今自分の置かれている状況を、思い出す。
カルマは金竜に力負けし、海の底へと引きずり込まれている最中だ。
【……殺しはしない。カルマ、親子でこの島の海の底で暮らそう】
マキナの声が、ぼんやりと、遠くから聞こえてくる。
体は動かせないが、不思議と意識は明瞭だった。
【……カルマ。あの子はもう忘れろ。あの子は……リュージは。いずれおまえを殺す】
マキナの言葉に、カルマが驚愕する。
何をバカなことを……この母は言っているのだろうかと。
【あの子は勇者の血肉を持っている。かつて魔を払ったあの子の使命はただひとつ。この世の悪を滅すること。悪とははつまり、邪神の力を持つ、おまえのことだ】
だが体がまったく動かない。言葉も発せない。
【……あの子がおまえを殺すのであれば、その前に、わがはいがあの子を殺そう】
……その瞬間だった。
とてつもない力が、カルマの体の奥から、沸いてきたのだ。
【ふざ……けるな……】
【……なんだと?】
【ふざけるなと……言ってる!!!!】
怒りという感情がエネルギーとなって、死に体だったカルマに、活力を無理矢理与える。
息子を殺すと言ったこいつは、もはや敵だった。
敵から息子を守らねば。
母としての本能が、カルマアビスに力を与える。
酸欠で死にかけていた細胞が、一気に活性化する。
【うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!】
カルマは漆黒の翼を大きく広げる。
力強く、羽ばたく。
息子を守るという意志の強さに比例するように、カルマの体は、どんどん浮上していった。
途中、何度かマキナからの電流を受けていたが、そんなものは気にならなかった。
ただ彼女の頭の中には、息子を敵から守らねばと言う、ただそれだけの感情で埋め尽くされていた。
【私は! 息子を! 守るんだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!】
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