130.邪竜、過去を思い出す【中編】
世界を救った英竜・カルマアビス。
邪神王を倒したことで、カルマは人々からそう呼ばれることとなった。
カルマは人々から感謝された。
だが困惑の方が大きかった。
それはそうだ。
別にカルマは世界を救う気があって、邪神を倒したわけではない。
だというのに、人々は勝手にカルマに感謝してきたのだ。
カルマにとって、人間たちからの賛辞はどうでも良いものであった。
……ただ。
あるとき国王から、監視役のエルフが送られてきた。
「今日からあなたの監視役として配属された、チェキータ・デルフリンガーよ。よろしくね」
どうやら国王がカルマを監視する人材を派遣したそうだ。
理由は単純にして明快。
世界を破壊しうる邪神の力を持った、カルマアビスという危険なドラゴンを、国が放置できないから。
民衆はカルマを英雄視する一方で、こんな危険なドラゴンは即刻殺せという派閥もあった。
しかし世界最強のカルマを殺せるだけの能力を持った人材はいない。そしてなにより世界を救った英雄を殺すわけにも行かない。
そこで国が出した結論は、監視役を置いて、カルマが暴れないように見張るというものだった。
……世界を救った邪竜を、人間たちが勝手に危険視してきたときは、あまりの理不尽に腹が立った。
カルマはエルフに強い怒りをぶつけた。
汚い言葉でエルフをなじった。
それでもエルフは、不思議なことに、自分の怒りに対して理解を示してくれた。
カルマがエルフを罵倒しても、そうよね、辛いよね、ごめんねと共感してくれた。
カルマがエルフに長々と愚痴を言っても、それを辛抱強く聞いてくれた。
……いつしかカルマの中にたまっていた、人間に対する負の感情は薄れていた。
チェキータというエルフがもしいなかったら、今頃人間たちへの怒りで、世界を滅ぼしていたかもしれない。
チェキータがカルマにたまっていた膿を抜いてくれたから、カルマは世界を滅ぼす力を持っていても、滅ぼさなかったのだ。
いつしか人間たちへの憎しみはなくなり、それとともに人間への興味も限りなくゼロになっていた。
怒りを静めたカルマは、洞穴の中でジッ……とうずくまっているだけにした。
外に出るとろくなことが無い。人間からは恐れられる。同族からは嫉妬される。……良いことなんて何も無かった。
カルマは心底、外の世界というものが嫌いになっていた。監視者チェキータは、たまにやってきては外の様子を語ってきた。
それでもカルマは、チェキータの言葉を聞き流すだけで、外へ行こうという気にはなかった。
どうして? とチェキータに聞かれたことがあった。カルマは興味ないから、と答えた。
チェキータは熱心に、カルマを外に連れ出そうとしていた。いつしかカルマは、それを鬱陶しいと感じるようになった。
「……もう外に出る気は毛頭無いんで、私の目の前から消えて」
ある日カルマは、チェキータにそうお願いした。
チェキータに酷い言葉を言ってしまったと胸を痛めつつも、カルマはもう外との関わり合いの一切を絶ちたかったのだ。
チェキータには感謝している。自分の心にたまったストレスのガスを抜いてくれて、苦しみに対して共感してくれたから。
だが……それでも、カルマはもう他者と関わりたくなかったのだ。お願いだからひとりにしてほしかった。
前世と今世の記憶の差に戸惑い、母からのネグレクトを受け、人間たちからの理不尽な感謝と畏怖を受け。
カルマアビスという少女の、繊細な心は、すっかり疲弊しきっていたのだ。
そう、カルマはドラゴン。人間とは異なった歳の取り方をする。
カルマは500歳。人間で言うところのまだ20にも満たない、女の子だった。
傷つきやすい心を持つカルマという少女にとって、彼女が抱えた宿命は、あまりに重いものだった。
「カルマ……」
チェキータはカルマの心が傷ついていることを知っていた。だからこそ、外界へ出て気を紛らわそうとさそってくれていたのだ。
その優しさを理解できる頭は持っていた。ありがたいとは思っていた。けれどそれ以上に……ウザかった。
「巣に結界を張ります。結界の鍵はチェキータ、あなたにあげます。これで外には出れません。だから……もう、ほっといて」
カルマはチェキータに懇願した。もうしばらく誰とも関わりたくなかった。チェキータとすらも、である。
「カルマ……わかったわ。あなたの意思を尊重する」
チェキータが心配そうにカルマに近づく。カルマはチェキータに鍵を渡して、巣の奥へと引っ込む。
「カルマ。つらいことがあったら、いつでも念話送ってね! いつでも愚痴聞くから! 外に出たかったらいつでも言うのよ!!」
チェキータが泣いていたことを、カルマはわかっていた。わかっていても特に言葉をかけることはしなかった。
……そして、カルマはひとりになった。
ほの暗い闇の中、カルマはひとりうずくまっていた。孤独はカルマの傷ついた心をいやした。
……だが次第に、癒えたと思っていた傷口が、痛み出したのだ。
「さみしい……」
自身を封印して一年も満たないうちに、カルマは悲しみに押しつぶされそうになっていた。
「つらい……ひとりは……さみしい……」
チェキータと会わなくなって一年が立った。それが……カルマにとってはつらく、さみしかった。
カルマはこの時点で、ようやく気付いたのだ。自分が、チェキータという女性に対して、どれほどまでに精神的な部分で支えてもらっていたかを。
……しかしカルマは、結界を解こうと思わなかった。自分からひとりになりたいといった手前、言い出しにくかったのだ。
素直になれなかった。チェキータに、念話でさみしいから会いたいと言えば、彼女は一秒でこの場に参上しただろう。
……だが素直に言えなかった。さみしいと、辛いと、言えなかった。自分からつながりを拒絶したから、言える資格がないと思っていた。
……日増しに、孤独感は強くなっていった。
この頃には時間の感覚もわからなくなっていた。ただ、人のぬくもりに飢えていた。
何度か、結界を破って外へ出ようと思ったことがある。こんな結界など、やろうと思えば万物破壊の力を持つカルマにとって、破壊できないわけがなかった。
……けれど、できなかった。
外へ行っても、また人間や同族たちから嫌われると思ったからだ。カルマは一度、外の世界から手ひどい仕打ちを受けている。
だから外へ出たとして、また傷つくのは目に見えていた。過去の傷が、カルマという少女に二の足を踏ませ、外へ出ようとさせていなかった。
……結局、自分から外へ出ることも、他者へ救いを求めることもできなかった。
ひたすらに、暗い穴の中で、泣くことしかできなかった。
さみしくて……つらくて……カルマは何日も何十日も泣いた。
ひとりでいることがこんなにさみしいとは思わなかった。誰かとともにいたいと強く思った。
けれど他者とつながりを拒んだのは自分だ。だって仕方ないじゃないか。この力のせいで他人からは悪感情を向けられる。
……そう。すべては、この呪われし邪悪なる力を、身につけてしまったせいなのだ。
「……死のうかな」
どれだけの時間が経ったかわらない。ただもう心はすり減って、生きる気力を失っていた。
チェキータに救いを求めるには、時機を逸してしまった。きっともう自分のことなんて忘れてしまっているだろう。
……もう、何もかも手遅れだ。もう、何もかもが嫌になった。
……カルマは死を決意した。もう、十分に苦しんだ。死んで、楽になりたい……と、思った、そのときだ。
「おぎゃー! おぎゃー! おぎゃー!」
洞穴の入り口から、子供の泣く声がしたのだ。……それが、カルマの運命を、変えることになることなど、このときのカルマには知るよしもなかった。
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