126.息子、金竜と打ち解ける【後編】
リュージはマキナの元へ、いつも通り食事を持ってきた。
島の中央にある、花畑。
祠の前にレジャーシートを広げ、リュージたちは座っている。
朝食の後、リュージは食後のデザートにと、チョコレートケーキを取り出した。
「ほう。これもまた……うまそうだ」
じゅるり……とマキナが無表情のまま、よだれを垂らす。
リュージは果物ナイフで切り分けて、ケーキを皿にのせ、マキナに差し出す。
マキナは皿を受け取ると、がば……っ! と勢いよくそれを手づかみしようとする。
「マキナっ。もう、ダメでしょう? お行儀悪いよ」
「む……。そうだったな」
リュージはフォークを手渡す。
マキナはおとなしくそれを受け取って、ケーキを食べ出す。
当初、箸もフォークも使えなかったマキナだが、リュージから教えてもらううちに、普通に使えるようになったのである。
マキナはケーキをフォークでぶっさし、ひょいっと一口で、丸ごと食べる。
「おいしい?」
「美味」
もむもむと口を動かしながら、マキナが満足そうにうなずく。
「もう。口の周りにチョコついているよ」
リュージはハンカチを取り出して、マキナの口の周りを拭う。
その間にマキナはケーキを咀嚼し、飲み込むとおかわりを要求して着うる。
リュージは切り分けたケーキを取ってあげる。
マキナは残っていたケーキすべてを、ペロッとたいらげてしまった。
「至福……」
ほう、とマキナがうっとりとした表情でつぶやく。
ハッ……! と正気に戻ると、
「すまない。リュージ。おまえの分まで食べてしまった」
マキナはケーキに夢中で、リュージの分があることを失念していたようだ。
リュージは苦笑すると、首を振る。
「気にしないで」
「しかし……」
「本当に気にしないで。母さんと作ったケーキを、そうやって誰かが喜んで食べてくれたことだけで、僕は満足なんだ」
リュージが笑って言う。
ジッ……とマキナが、リュージの笑顔を見ていた。
ややあって、マキナがつぶやく。
「これは……おまえと、おまえの母が一緒に作った、と言ったな」
マキナがからになったお皿を、手で触れる。
「いつもこんなことするのか?」
「え、あ、うん。仕事が休みの時とかに、たまに一緒にお菓子や料理作ったりするよ」
洞窟暮らしだった時も、たまに一緒に料理などを作っていた。
もっともそれはおままごとの延長上のようなものであったが。(絶対に指を切らないナイフを使わされていた)
「……家事なども一緒にやるのか?」
「そうだね。昔はあんまり手伝わせてくれなかったんだけど、街に出てからはよく一緒に洗濯するようになったかな」
小さい頃も掃除洗濯を少しだけだが手伝わせてくれた。もっとも、これもまたおままごとの延長だった(母親っぽいことを息子と一緒にすると母がすごく喜ぶ)。
万物創造を使えるカルマにとって、炊事洗濯は不要の物。
しかし母親ごっことでも言うのか、母親らしいことを、母は昔からしていた。
カルマは母親に憧れているところがある。
だから息子のために手作りの料理を作るし、洗濯も自らの手を使うときもあるのだ。
もっともスキルでやった方が早いので、そこまで毎日のように手ずからは行わないのだけれど。
そうやってスキルに頼らない家事をするとき、リュージは小さな頃から、カルマを手伝おうとしていた。
昔は、あまりさせてくれなかった。
けれど冒険者となり、少しずつ大人になって行くにつれて、母は手伝うことを許してくれるようになったのである。
と、リュージはここまでの母との経緯を、マキナに説明した。
「………………そうか」
リュージの言葉を聞いた、マキナは、こう言ったのだ。
「リュージ。おまえのやっていることは、母親であるその女の、母親ごっこに無理矢理付き合わされているだけではないのか……?」
するとリュージは、首をふるって答える。
「違うよ。そういう風に見えるかもしれないけど……僕にとっては、違うんだ」
リュージは笑って言う。
「僕は、母さんが喜んでくれるのが嬉しいんだ。だから僕は、望んで、自分の意思で、やっているんだよ」
心からの言葉だった。リュージの答えを聞いたマキナは……。
「リュージ。おまえは……良い息子だな」
ふっ……と、微笑んだのだ。
美しい笑みだった。
リュージは思わずドキッとしてしまった。
「そ、そうかな……」
「ああ。本当に、いい息子を持ったものだ。……おまえなら、たとえ真実を知っても、あの子のそばにいくれるだろう」
すくっ、とマキナが立ち上がる。
「リュージ。ついてこい」
マキナがリュージを見下ろして言う。
「祠の中に、連れて行ってやろう」
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