122.息子、金竜を餌付けする【後編】
マキナにカレーを食べさせた後。
「美味であったぞ」
マキナはレジャーシートに横になり、お腹をさすりながら言う。
「おまえの母に礼を言っておけ」
「うん。とってもおいしそうに食べてたよって伝えておくよ」
リュージは苦笑しながら、マキナの隣に座って言う。
「……そこまで言ってないぞ」
「そう? でもおいしかったよね?」
「……否定はしない」
ぷいっ、とマキナがそっぽを向く。
うつ伏せになり、ぱたぱたとドラゴンしっぽを揺らす。
「リュージ。おまえは……しあわせものだな」
マキナがぽそりつつぶやく。
「メシの美味い母親がいてな」
「……どうしたの、急に?」
マキナの振ってくれた話題に、リュージは首をかしげる。
「特に意味は無い。ただ……おまえはもっと幸せをかみしめた方が良いと思っただけだ」
「幸せ……?」
「ああ。この世のすべての親が、料理が美味いわけじゃない。自分の母親が料理上手であることは、幸運だ」
「……マキナのお母さんは、料理があまり上手じゃなかったの?」
リュージが言うと、マキナは首を振る。
「いや……わがはいがだ」
「……え? えっと、マキナって、お母さんなの?」
マキナがこくりとうなずく。
「ああ。わがはいにも娘がいた。わがはいの料理にメシがまずいといつも文句を言ってきてな」
「そうなんだ……」
全然そんな風には見えなかった。
だって若々しく美しいから。
「わがはいは火加減が苦手でな。いつもメシをこがしてしまうんだ。そうすると娘がぴーぴーと騒いでな。まったく、母の出したものは黙って食えばいいのに」
マキナがぶつくさ文句を言う。
だが本気で不満を思っているようには聞こえなかった。
「でも……マキナは自分が悪かったとも思ってるんだよね?」
「……なぜ、わかる?」
マキナが起き上がり、目を丸くする。
「わかるよ。聞いてれば、なんとなく」
「そうか……」
マキナが目線を落としてぽそりと言う。
「娘には……悪かったとは思ってる。わがはいが料理下手なぶきっちょだったせいで、娘には嫌な思いをさせてしまった……」
沈んだトーンでマキナが言う。
己の行いを、反省しているようだった。
「娘さんとは、もう会ってないの?」
「ああ……。もう、何年も会ってない」
「そうなんだ……。会いに行こうとは思わないの?」
「……娘に、もう来るなと言われてしまってな」
マキナが三角座りをする。
からになったお鍋の縁をなぞりながら言う。
「そんな……ケンカでもしたの?」
「……いや、ケンカじゃないな。わがはいが、一方的に向こうに拒絶されてしまった」
マキナの表情は崩れない。
だが声音が沈んでしまっていた。
心を痛めているようだった。
……かわいそうだ。
だって家族からもう会いたくないと拒まれたら、リュージも落ち込んでしまうだろう。
「そっか。辛いね」
「…………」
マキナがリュージをじっと見つめる。
「どうしたの?」
「いや……びっくりしていたんだ。あまりにリュージが優しく素直に育っていたからな」
「えっと……何の話?」
「……ああ。まあ、こっちの話だ。気にするな」
マキナが弱々しく首を振る。
「リュージ。聞きたいことがある」
「うん、なに?」
「おまえの……」
マキナが一度口を閉ざす。
言うことを吟味してるかのように、何度も口を開いたり閉じたりする。
ややあって。
「おまえの母親は……おまえにとって……良い母親か?」
質問の意図がわからなかった。
だがリュージは即座に、正直に、聞かれたことに返す。
「うん。とっても!」
「………………そうか」
マキナがじわっ……と眼に涙をためる。
顔を手で覆う。
「ま、マキナっ? どうしたのっ?」
「……すまないリュージ。今日はもう帰ってくれ」
どうして……とは聞かなかった。
本当にマキナが泣いていたからだ。
リュージは慰めようとして、立ち止まる。
ひとには、ひとりにして欲しいときがある。
「……明日また、母さんのおいしい料理持ってくるからね」
それだけ言って、リュージはマキナの肩に触れる。
マキナはこくりと頷く。
リュージは後ろ髪を引かれる思いで、何度も背後を振り返りながら、その場を去った。
「……カルマ。すまない。ふがいない母で……すまない」
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