121.邪竜、南国を楽しむ【後編】
息子と一緒に、泳ぎの練習をした後。
昼食をとりおえ、リュージが言ったのだ。
「沖の方へ行ってみたいな」
と。
だからカルマは「了解しました!」といって、邪竜姿になり、息子を連れて沖へ出た。
見上げるほどの漆黒のドラゴンが、海面すれすれを、驚くべき速度で飛んでいく。
カルマは息子を背に乗せながら、思考する。
……りゅーくんは、何を考えてるのだろうかと。
息子は今、島で冒険者たちと供に仕事をしている。
まじめな息子だ。
毎朝弁当を思って【あいつ】のもとへいく。
しかし今日に限って、息子は仕事へ行かず、カルマと供に海で遊んでいる。
いったいどうして……?
そんな風に飛んでいると、カルマたちはだいぶ沖合へとやってきた。
カルマは絶対息子がに溺れないよう、空気の結界でリュージを包む。
そして二人で、海底へともぐった。
【うわぁ! すごいよ母さん! 見てっ、きれいな魚がいっぱいだ!】
カルマたちは海の奥底へとやってきている。
水圧は結界が防いでくれているし、会話は【念話】の魔法を使って成り立っている。
【おほー! はしゃぐりゅーくんのなんとかわゆいことかッ!】
カルマは景色よりも、息子の姿を目に焼き付けるほうに興味関心があった。
【もうっ。母さんちょっとは風景を見てよ。きれな風景だよね】
リュージが上を見上げる。
太陽の光が海というフィルターを通すことで、エメラルドに輝いている。
海底には珊瑚礁や南国特有の色鮮やかな魚や貝があちこちにいた。
小さな魚は群れをなし、まるでひとつの大きな生き物のように泳ぐ。左右に動くたびきらきらと輝く姿が実にキレイだ。
大きな魚は優雅に水中を散歩する。だがカルマを見た途端、サメであろうとなんだろうと、みなUターンする。
【失礼なミジンコどもですね。人の顔見て逃げるなんて】
【まあまあ。みんなびっくりしただけだと思うよ。こんな海の底にひとなんてこないだろうし。ね?】
にこやかに笑う息子を見て……ああ、と心が癒やされる。
【ふふっ♡ りゅーくーん!】
【わっぷ!】
カルマリュージを抱いて、そのまま後に倒れる。
海底に背をつけて、リュージたちは空を見上げる。
南国の海を見上げながら、カルマはニコニコしながら言う。
【りゅーくんはやっぱり優しいです。お母さんの顔が怖いからって言わないんですもん】
【僕は……思ったままをいっただけだよ。母さんが怖いなんて、僕一度も思ったことないし】
そうだった。
この子は、初めて会ったときも、笑っていたのだ。
自分を怖がらず、にこやかに笑った。
あの美しい笑みに、カルマは救われたのだ。
あのときからこの子の心の色は、一切変わっていない。
天使のように真っ白で、この海のように透き通っている。
【えへへ~♡ だいすきりゅーくん♡】
カルマは息子をむぎゅっとハグしながら、その髪の毛にちゅっちゅっとキスをする。
【元気出た?】
リュージがカルマを見上げて言う。
そしてカルマは……ああ、と答えにたどり着いた。
なぜ真面目な息子が、海で遊んでいるのか。
……違う。自分が海で遊びたかったんじゃない。
悪夢にうなされてたカルマを、元気づけようとしてくれていたのだ。
【りゅーくん……お母さん、しあわせです】
カルマはこの小さな命を、ぎゅっと抱きしめるたび実感する。
自分が、この子を拾ったことは、とてつもなく幸運だったなと。
優しく、素直で、世界一可愛い自慢の息子だ。
【ありがとうりゅーくん。お母さんのために時間を割いてくれて】
【お礼なんてとんでもないよ。僕だってせっかく南国に来たんだもん。遊びたかっただけだよ】
底抜けに優しい息子を見て、カルマは涙を流した。
……海で良かった。
涙をながし、息子を不安がらすことがないからだ。
【りゅーくん。泳ぎましょう】
カルマは立ち上がる。
そして息子の手を引いて、海底をバタ足する。
息子に泳ぎを教えてもらった。
ぱたぱたと足を動かすと、ふたりの体は前へ前へと進んでいく。
【母さんすっごく上手だよ!】
【えへへっ。りゅーくんの教え方が神がかってたからですよぅ】
二人は広い海を泳ぐ。
ここには自分たち以外に人は居ない。
なんて素晴らしい空間なのだろうか。
このまま永遠に、海の底で泳いでいたい。
【ねえ……りゅーくん】
カルマは弱々しくつぶやく。
【このまま……】
ずっと居ましょうよ、と言いかけて……やめた。
それはダメだ。
この子には、この子を待つ人がたくさんいる。
ルコも、バブコも、チェキータも。
冒険者学校でできた友達も、あのカミィーナの街の住民も。
……ふたりで、穴蔵で暮らしていたときとは違う。
今と昔とでは、状況が違う。
もう……リュージにはたくさんの、彼を待つ人たちがいるのだ。
……自分のワガママで、この海の底に引き留めておく訳にはいかない。
優しい息子だ。
ずっと一緒にここにいてと頼めば、許してくれるかも知れない。
だが……それはリュージに甘えることになる。
彼の優しさにつけ込むのと同義だ。
……それは、したくなかった。
【母さん?】
カルマはリュージを見やる。
【……待っててねりゅーくん。必ず、あなたを元の場所へ返しますから】
そのための方法は、わかっている。
闇雲に探さずとも、この状況を作っている元凶の居場所は、わかっている。
マキナアビス。
自分の……母。
リュージから見れば、祖母に当たる金竜が、この島からの脱出を阻んでいる。
島を出るためには、母と対峙する必要がある。
長く……トラウマだった、向き合いたくなかった自分の過去と、対峙する必要がある。
だからカルマは、マキナとの接触を避けていた。勇気が、沸かないから。
だから……。いや、だけど……。
【絶対にあなたを家に帰しますから】
だけど……。いや、だから……。
今は少しだけ、息子に甘えさせて。
勇気がわくまで、リュージのそばにいたい。
もう少しだけ……この温かな海の中で、まどろんでいたい。そして立ち向かう勇気が充填されたら、そのときは。
いよいよもって、カルマはマキナに会いに行くから。
【ありがとう母さん】
息子が最高の笑顔を浮かべる。
カルマは我が子の笑みを見ると力がわくのだ。
……だからもっと見せて、とカルマは心の中でつぶやく。
自分の辛い過去と、向き合うだけの勇気がわくように。
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