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121.邪竜、南国を楽しむ【前編】



 

 ーーカルマは夢を見ていた。


 夢の中のカルマは、幼かった。


 まだ卵からかえって間もない頃。


『…………』


 カルマは洞窟の中にいた。

 ここは巣穴だ。


 母がこの地でカルマを産み落とした。

 そして卵がかえった後も、カルマはこの地で生活している。


 幼獣であるカルマは、このときはまだ、人化することができなかった。


 幼いただの子ドラゴンでしかなかった。


『……おなか、へった』


 カルマは巣の中でぶつやく。

 きゅるる……とお腹を鳴らした。


 昨日から何も食べていない。

 否、何も与えられていない。


 まだ幼いカルマは、自力でエサを確保することができないのだ。


 親から与えられる食事を、カルマはずっと待っていた。


 だが肝心の親は、いない。

 いくら待っても、こない。


『おなかすいた……おなかすいたおなかすいたおなかすいたーーーーーーーー!!』


 カルマが泣き叫ぶ。

 ……子どもが泣けば親がすっ飛んでくるものだ。


 しかし子供カルマがいくら叫んでも、親はカルマの元へ来てくれなかった。


 やがて涙も涸れ果てて、カルマは地に伏せる。


『まま……おなか、すいたよぉ……』


 空腹を紛らわすため、カルマは寝た。

 ……夢の中で、優しい母が、自分に食事をくれるような、そんな甘い夢を見た。


 そして、ふと、目を覚ます。


 カルマの目の前には、焼けたトカゲが置いてあった。


『まただ。とかげ……きらいなのに……』


 カルマが泣きそうな声で言う。


 どちらかというとカルマは、動物の肉の方が好きなのだ。

 だが母はいつも決まって、トカゲを捕ってくる。


 子供の好みを、あの人はまるで理解してくれなかった。


 ハッ……! とカルマが立ち上がる。

 エサが置いてあると言うことは!


『ままっ!』


 カルマは急いで、巣穴から出る。

 そこにいたのは……1匹の、金の竜だった。


『ままっ! 待って! ままっ!』


 カルマが金竜へと近づく。

 だが金竜はチラッ……とこちらを一瞥しただけだった。


 バサッ! と翼を広げて、金竜が飛びさる。


『ままっ! 待って! いかないで! おいていかないでっ! ままっ! ままぁああああああああああああ!!!』


 ……カルマの悲痛なる叫びは、母に届くことはなかった。

 金竜はそのまま、カルマを置いて、飛び去っていった。


 ……いやだ。

 いやだいやだ嫌だ。


 ままっ、おいていかないで。

 カルマは繰り返す。

 ままっ。


「ママぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ガバッ! ……とカルマは起き上がる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 カルマは目を覚ました。

 窓の外からは南国の朝日が差し込み、カルマの肌を焼く。


「…………最悪です」


 カルマが額の汗を拭う。

 脂汗がびっしょりと浮かんでいた。


「……昔の夢。しばらく、見てなかったのに」


 カルマがベッドの上でうつむく。


 昔の夢。まだ子供だった頃の夢。


 巣穴で孤独だったカルマ。

 自分を置いて出て行く母。

 ……思い出したくもない、最低最悪の過去。


「……りゅーくん」


 カルマがぎゅっ、と自分の体を抱きしめる。


 愛しい息子に会いたかった。

 無性に会いたかった。抱きしめたかった。

 そしてパチッ! と指を鳴らそうとして……やめた。


「……だめだ。早朝だもん。りゅーくんおこしたら……だめなんだ」


 そうやってつぶやいたそのときだった。


 ……コンコン。


【母さん? 起きてる?】


 ガバッ! とカルマが顔を上げる。


「りゅーくん……?」


 カルマが返事をすると、部屋のドアが開いた。


 そこにはパジャマ姿の、愛しい我が子が居るではないか


「どうしたのです? こんな朝早くに?」


 カルマが無理して笑う。

 息子に悲しんでいる姿を見せられるものか。


 しかしリュージは、カルマの表情を見て、悲しそうな表情になる。


 だがすぐに真剣な表情に戻ると、リュージはカルマに近づく。


 そしてリュージは、ベッドに近づいて、カルマの上半身を、優しく抱きしめる。


「……りゅーくん?」

「母さん。なにか、辛い夢でもみたの……?」


 リュージが見事、カルマの内情を言い当てる。


「どうして……?」

「だってさっき、すごい悲鳴聞こえたんだ。母さん、また怖い夢見たのかなって」


 リュージがおかしなことを言ってきた。


「また……?」

「うん。ほら、昔から、たまにだけど、すごい悲鳴上げて起きることって遭ったでしょう? チェキータさんが言ってたんだ、母さん、怖い夢見ているんだって」


 ……あの無駄肉め。


 怖い夢を見ることを、チェキータ以外に話したことはなかった。


 あのエルフ経由で、息子にその話が伝わっていたのだろう。


「母さん。だいじょうぶ。僕がいるよ」


 リュージがカルマの頭を抱きしめる。

 ……泣きたくなるほどの、安心感がそこにはあった。


 息子が居る。

 愛しい我が子がすぐそばでなぐさめてくれる。


 ……ささくれだったカルマの心が、じわりじわりと、癒やされていく。


「もう怖い夢は終わったんだよ」

「りゅーくん……」


 ぐすっ、とカルマは息子に抱きしめる。

 ああ、ダメなんだ。


 本当は息子に甘えてはいけない。

 だって母親とは、息子に甘えられる存在じゃないとダメだから。


 息子に、母親が心配かけちゃ、だめなのに……。


 こうして息子に慰められているこの時間、この瞬間が、たまらなく好きだった。


「ありがとう……りゅーくん」


 ああ、とカルマは幸せをかみしめる。

 息子が、こんなにも優しい男の子に育ってくれて、うれしいなと。


 カルマはすごく幸運だった。

 自分が拾ったのが、天使だったことに。


 カルマはその幸運と幸せをかみしめながら、再び夢の中へと落ちていく。


 ……二度目は、悪い夢を見なかった。

 内容は覚えてないけど、とても幸せな夢だったと……思う。

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