118.息子、金竜と出会う【後編】
無人島の密林の中、リュージは【マキナアビス】と名乗る女性と出会った。
「…………」
リュージは目の前の女性を観察する。
人間……だろうか?
それにしては、妙な雰囲気を感じる。
エルフ……でもないだろう。
確かにチェキータと同じように、マキナの耳は尖っている。
だがエルフの頭には、マキナのような角は生えていなかった。
別の亜人種だろうか。
あるいは、モンスターの化身ということも考えられる……。
いずれにしても人間ではなさそうだ。
「どうした? 角があるのがそんなに珍しいか?」
マキナがリュージの視線に気付いたらしい。
「じ、じろじろ見てすみませんでした。失礼でしたね」
「いや、わがはいは気にしない。それより質問に答えろ。角ありが珍しいか?」
マキナの問いに、リュージがうなずく。
「……カルマは角を出してないのか」
「マキナさん?」
「なんでもない。気にするな」
「はぁ……そうですか」
マキナが首を振る。
どうにも何を考えてるのか、いまいちわかりにくい人だなと思った。
カルマはわかりやすい。
表情に思いがすぐに出る。
チェキータはわかりにくいが、感情の動きはきちんとある。
だが目の前のマキナという女性は……表情から読み取れる情報が何もない。無なのだ。
常に目を開いている。
まばたきひとつしない。
トカゲのような、縦に割れた瞳孔が……少し怖かった。
「リュージ。次の質問だ。貴様は何をしにこの島に来た?」
リュージはどう答えるか迷った。
だが嘘を言って、後でバレたら、真実に到達できないだろう。
リュージは正直に目的を話した。
「強大な魔力結晶……。そんなものはこの島にはない」
「えっ? な、ないんですか?」
ああ、とマキナがうなずく。
「本当に魔力結晶を見たのか?」
「さ、さあ……。ただ、強大な魔力反応を示すものがあったらしいです」
マキナは「……なるほど」とまたひとりで納得したようにつぶやく。
「だいたい理解した」
「そ、そうですか……。あのぉ……マキナさん」
するとマキナが「マキナだ」と言う。
「さんは不要だ。使うな。敬語もやめろ」
「え、えぇ……それはちょっと……」
年上のひとを呼び捨てにはできなかった。
「貴様の意見は求めん。わがはいが良いと言っているんだ。使うな」
「わ、わかったよ……マキナ」
ふむ、とマキナが首をかしげる。
「次の質問だ。貴様はそこそこ礼儀がなっているな。誰に教わった?」
「えっと……家庭教師の先生がいて、その人に社会の常識とか、勉強とか教えてもらいました」
邪竜のことや監視者のことは伏せながらも、真実を語るリュージ。
「……カルマは何をやっている。息子のしつけくらい自分でしろ」
「マキナ?」
「何でもない。気にするな」
たまにマキナが小声で何かを言うのは、なんなのだろうか……?
「次の質問……」
「あの、マキナ」
「どうした?」
リュージは恐る恐る手を上げて言う。
「僕もあなたに聞きたいことがあるんだ」
「ふむ。言ってみろ」
リュージはうなずいて言う。
「マキナは……昔からここに住んでいる現地人なの?」
「肯定も否定もできないが、広い意味ではそうだな」
なんだろうか。その引っかかる言い方は……。
「他に住民はいるの?」
「いない、と思う。わがはいはほとんどこの場から動かんからな。島の中のことはよく知らぬ」
……まるで島の外はよく知ってる、と聞こえたのだが、気のせいだろうか。
「えっと……ここを動かないって、マキナはここで何をしてるの?」
マキナは「別に何もしていない」と答える。
「この地にて、この星が朽ち果てるまで……悠久の時をここで過ごす。それがわがはいの存在意義であり使命だ」
「……は、はぁ」
抽象的すぎてよくわからなかった。
一生この地から動かないということだけはわかった。
しかしそれにしても妙な話だ。
こんな閉じた空間で、死ぬまで動かないなんて。
何か特別な理由がないかぎり、おかしな話である。
ここに留まる、特別な理由が……。
と、そのときだった。
リュージは気付いたのだ。
マキナの背後、花畑の奥に……。
「……祠?」
石造りの祠があった。
下へと続く階段もあった。……地下? 何かがあるのだろうか。
「あの、マキナ。後の……」
と、そのときである。
「リュージ。急用ができた。わがはいは急いで向かわねばならない。話はこれで仕舞いだ」
マキナが急に打ち切ってきたのだ。
「ほとんど動かないんじゃなかったの?」
「ほとんどと言っただろ。用事があるときは動く。言葉尻を捕まえて得意がるな」
厳しい言い方に、リュージは「ご、ごめんなさい……!」と素直に頭を下げる。
「……存外、まっすぐ育ったんだな」
「え?」
「なんでもない。わがはいは去る。ちょうどいい。貴様を砂浜まで送ってやろう」
そう言って、マキナが指を鳴らす。
びょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
地面から突風……否、竜巻が吹き上がった。
リュージが驚く間に、あっという間に地上から体が離れる。
そして悲鳴を上げるまもなく、リュージは砂浜に立っていた。
「な、何だったの……?」
「りゅーじくん!」「リュージ!!!」
密林の方から、シーラたちがリュージのもとへと駆け寄ってくる。
「良かったぁ……心配したのです」
「……森の中で急にリュージが消えたから、びっくりしたよ」
ホッ……と安堵の吐息をつく二人とも。
「ごめんね、急にいなくなって」
「どこへいってたのです?」
「え、ああ……ちょっと」
マキナの件を伝えようとして、あきらめた。
リュージ自身、あの人が何者なのか、あのときのやりとりがなんだったのか、わからなかったからだ。
……また機会を見つけて、会いに行きたいなとリュージは思った。
マキナの正体。
そして、あの祠のことも……気になるから。
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