116.邪竜、息子と海水浴する【後編】
無人島の白い砂浜を歩き、リュージは海へと足を踏み入れる。
「うわぁ……ぬくい」
くるぶしの辺りまで、海水がひたる。
砂に足が埋まっている。
波が押したり引いたりするたび、足の指の間を、砂がすり抜けてこそばゆい。
「けど……気持ちが良いや」
リュージはパチャパチャと歩いて、沖へと向かう。
「まってりゅーくん!!!」
振り返ると母が、青い顔をして、右手を差し出してきた。
「どうしたの、母さん?」
「海は危険です! これをつけてください!!!」
そう言って、カルマは万物創造スキルを発動させる。
妙な素材の板や、ドーナツのような物体がヒモでいくつもくくられたもの。
など、酔うとの不明なものがあった。
「これをつけていれば水に沈むことはありませんっ! ほらりゅーくん、こっちおいで! お母さんがつけてあげますから!」
カルマが必死になって言う。
……だがなんだろう。
カルマは、砂浜から一歩も、こちらに近づこうとしないのだ。
ときたま波がカルマの足下へたどり着こうとする。
だが波が来る前に、カルマがひょいっと後へ下がるのだ。
「……母さん。どうしてこっちこないの?」
「へっ? べ、別に……ほ、ほらりゅーくん! おいでかもーん!」
カルマは露骨に、リュージのそばへ来ようとしなかった。
いつもは不必要なくらい、息子にベタベタくっつくカルマが……である。
「…………」
リュージは一つの予感を胸に、母の元へ行く。
カルマはホッ……と吐息をついて、花の咲いたような笑顔になる。
「さっ、りゅーくんこっちに腰を向けて♡」
「母さん」
「はいはい♡ ……えっ?」
リュージは母の手を引いて、浜へと足を踏み入れたのだ。
母の足が、海水に触れようとした……そのときだ。
「ひっ……!!!」
……と。
母が青い顔をして、足を引いたではないか。
「母さん……もしかして、海、怖いの?」
そうとしか考えられなかった。
「まままま、まーさかそんなことっ! ありませんよー!」
カルマは目を泳がせながら言う。
「この全知全能ちょーうるとらすーぱー邪竜お母さんが!? たかだか海ごときに恐れをなすわけないでしょうっ! お母さんは無敵なのです!」
母があからさまに動揺しまくっていた。
ざざぁー……っと波がおしよせてきた。
強めの涙。
カルマのくるぶしに、水しぶきが当たる。
「ひぃいいいいいいいいい!!! おぼれるぅうううううううううううう!!!」
カルマはその場にしゃがみ込んで叫ぶ。
「……母さん。やっぱり怖かったんだね」
リュージは浜から出て、カルマに近づく。母のそばに座り、背中をさすってあげた。
「うう……ごめんなさい。海は嫌いなのです。一度おぼれたことがありまして」
「母さんが? 転移スキルあるんだから、溺れる前に逃げられるんじゃないの?」
「いえ……溺れたのは邪神王の力を取り込む前の、子供の時です」
子供……。
そういえば母も、昔はひとりの女の子だったのだ。
母にも幼い時期が、子供だったときがある。
忘れがちだが、そうだ。
子供時代のない親など、この世に存在しないのだから。
「ごめんねりゅーくん……お母さん怖くって」
「そうなんだ……。無理に入らせようとして、ごめんね」
リュージが母に謝る。
カルマはブンブン! と首を横に振った。
「りゅーくんは無理強いなんてしてないじゃないですか!? りゅーくんは悪くない! 悪いのカナヅチのお母さんですよ!」
「カナヅチ……?」
なんで槌の話が出てくるのだろうか……。
まあ、母のことだ。
いつも通り、意味のないことを口にしただけだろう。
「ごめんね母さん。僕らだけ海で楽しもうとして」
「そんな気にしないで。お母さん浜辺でりゅーくんを撮影してます。楽しいですよ?」
カルマの言葉に、リュージは首を振る。
「せっかく海に来たんだもん。一緒に泳ごうよ」
「けど海怖いし……」
母が子供のようなことを言う。
リュージは微笑んでうなずく。
「大丈夫。こう見えて僕、泳ぎ得意なんだ」
溺れては大変だと、チェキータから水泳の授業をつけてもらっていたのだ。
夏になると川へ行って泳いだのである。
「いこ」
「でも……」
「大丈夫。僕を信じて。……それとも、僕と一緒じゃ、怖い?」
「まさか! りゅーくんがいくところ……たとえ火の中でも飛び込んでみせますよ!!」
「飛び込まないから。ほら……最初は水に足を入れてみよ」
リュージ母の手を引いて歩く。
……ちょっと、いや、かなりうれしかった。
いつも引かれていた母の手を、こうして自分から、引いて歩いていることが。
少し、成長できたのかな……と思って、うれしかったのである。
カルマはためらっていた。
だが息子の手をぎゅっと握ると、おそるおそる、海水に足をいれる。
「…………ぬるい」
「だよね」
「…………溺れませんね」
「足ついてるじゃん。大丈夫だよ」
おっかなびっくりしているカルマに、リュージは微笑みかける。
「それに、母さんが溺れても、僕、助けてあげる!」
リュージは晴れやかな表情で言う。
母を助けられることが、本当に嬉しかった。
「……りゅーくん」
カルマは白目をむくと、そのまま仰向けに倒れる。
ばっしゃーん!
……大きな水しぶきを立てて、カルマが砂浜に倒れる。
「か、母さん大丈夫っ?」
「は、はひぃ~……♡」
カルマが真っ赤な顔で言う。
「息子が、かっこよすぎるよぉ~……♡ かっこよすぎて失神しちゃいましたよ~……♡」
「…………はぁ」
いきなり倒れたから何事かと思ったのだが。
いつも通りの母だった。
結局その日母は水に足を浸しただけだった。
「良い機会だから、母さんに、泳ぎ教えてあげるね」
リュージが提案すると、昇天しかけたのは言うまでもない。
カルマの意外な弱点を知れた、リュージだったのだった。
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