14.邪竜、ダンジョンボスを消し炭にする【前編】
邪竜でありリュージの母でもある、カルマアビス。
カルマの誕生日の翌日のお昼。
彼女たちの家に、来訪者があった。
「ハァイ、カルマ。誕生日おめでと~」
入ってきたのは長身のエルフだ。
シャツにチノパンだけという、ラフな格好である。
特徴的なのはその巨大すぎる乳房だ。
スライムほどの大きさの物体が、胸部に二つぶら下がっている。
「あなたですか。また監視対象の前にのこのことでてきて。任務はどうしたのですか?」
「まーいいじゃない。堅いこと言わないでよ」
このエルフは国王からの任務で、カルマのことを見張る【監視者】である。
……なのだが、こうしてちょくちょく、監視対象の前に姿をあらわし、他愛ない話をしたりする。
「今日は何のようですか?」
「ほら、昨日あなたの誕生日だったでしょ? だからお祝い持ってきたの」
エルフの手にはワインがにぎられていた。
だがそんなのカルマは興味なかった。
しかしパァ……! と顔が明るくなる。
「そうっ! そうなんですよっ! 私昨日、誕生日だったのですよ!」
立ち上がってカルマが、その場でくるくると回る。
すると首のあたりから、ちゃらちゃら、と金属音がした。
「でねでねっ! 聞いてくださいよっ! これ見てこれこれ!」
ぴたっ、と立ち止まり、カルマがエルフの前へ行く。
そして首元につけていたネックレスを、手に持って、エルフに見せびらかす。
「あら何これ?」
「んふー! これはですね、息子から母への、プレゼントです!」
へー、とエルフ。なんだか反応が淡泊だったが無視して続ける。
「ああっ! 息子がっ! 息子が母のためにっ! お母さんのために! ぷれぜんとをしてくれたのですよぉおおお! うわああああい!!!」
子供のように、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
エルフは苦笑しながら、「へえ、良かったわね」と答える。
「くふっ、くふふふっ。えへ、えへへ~。息子がプレゼントしてくれたんだぁ。これで私、本物の母親に一歩近づきましたよ~」
息子からプレゼントをもらうだなんて、母親っぽい! とカルマは喜んでいるわけである。
「そーね。ま、今の言動は母親っぽくなかったカモだけど」
「あー、もっとたくさんの人に自慢したい! 息子が! 母にプレゼントくれたんですよーって!」
都合の悪いことは聞こえない、母の耳であった。
エルフはきょろきょろ、と辺りを見回す。
母が騒ぎを起てていると、すっ飛んでくる彼がいない。
「あれ、リューは? 見当たらないけど」
するとカルマはぴたりと立ち止まって、んふー、と余裕ある笑みを浮かべる。
「りゅー君はシーラとともに、朝からダンジョンへ向かってますよ」
カルマはその場を離れて、リビングへ行く。
イスに座り、足を組む。
テーブルの上に乗っているお茶を、ずず……と啜った。
「あら、お姉さんの分はないの?」
「ち、しかたないですね」
ぱちんっ、とカルマが指を鳴らす。
神を殺して手に入れたスキル、【万物創造】を使って、エルフの前にも、お茶入りのカップを出現させる。
エルフは驚いていた。
「何びっくりしてるのですか?」
「いや……あんたがお姉さんにお茶だしてくれたこと、今までなかったから」
するとカルマは、ふっ、と小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「私は日々進化してるのですよ」
「あ、そう……」
ずっ……とエルフが茶を啜った後言う。
「それでリューはダンジョン行ったのね。いいの?」
「いいのとは?」
「だからリューをひとり……まあ仲間もいるけど。あんたあの子について行かなくてもいいのって聞いたの」
するとカルマは「ハンッ……!」とさらにエルフを馬鹿にするように鼻で笑う。
「何言ってるのですか。息子はもう十五ですよ。冒険に母がついてくのは、おかしいじゃないですか」
それを聞いてエルフは、ぽかーんと口を大きく開く。
「なんですかその表情は?」
「……いやあ、カルマ。あんた、どうしたの?」
今度は不安げに、エルフが眉をひそめる。
「熱でもあるんじゃないの? 大丈夫?」
「失礼な。私はいたって普通ですよ。いやっ! 絶好調といってもいいですね」
カルマがふふふ、と笑いながら、お茶を優雅に啜る。
「私はわかったのですよ。母親とは、息子のすることに過剰に干渉してはいけないのです」
「…………」
「息子のすることを、信じて見守る。これが母親のあるべき姿なのです」
ふふふ、とカルマが胸元のネックレスをいじりながら笑う。
一方でエルフは額に汗をかいていた。立ち上がって、カルマのそばへ行く。
彼女の額にて手を当てて、エルフが「熱は本当にないようね」と言う。
「熱なんてありませんよっていったじゃないですか」
「いやぁ、あんたがいきなりまともになったから、熱出して頭がクラッシュしたんじゃないかって」
「喧嘩を売ってるんですかあなたは。まっ、私は、そんな安い喧嘩、かいませんけどね」
ずず……とカルマがティーカップを両手で持ち上げ、貴族のように優雅にお茶を楽しむ。
「ずいぶんと一晩で成長したじゃない」
エルフが対面に座りなおす。
「まあね。まぁ~ねっ! 息子からプレゼントもらって私は真の母として覚醒したのですよ」
にやり、と笑うカルマ。
「息子からプレゼントをもらったつまり私はお母さん。真の意味での母。お母さんは世間一般では息子にあまり干渉しないのでしょう? なら私もそうします」
昨日息子からプレゼントもらったのが、とても嬉しかった。
と、同時に考えを改めたのである。
「信じて見守るのが母の愛なんですよ。まっ! あんたにはわかりませんでしょうけど」
ふふふん、と余裕の笑みを浮かべるカルマ。
「んー、まー、うーん……」
エルフは微妙な表情になる。
「なんですか?」
「いやぁ、ちょっとお姉さん心配で」
「は? 何が心配なのですか?」
「んー……。ま、いいわ。ところでそろそろリューたち帰ってくる頃合いよね」
「ええ、もうあとちょっとです」
カルマは立ち上がると、ぱちんっ、と指を鳴らす。
テーブルの上には豪華な夕飯が出現した。
「お姉さんもご相伴にあがってもいいかしら?」
「しかたありませんね。今日は特別ですよ」
母となったカルマは、心に余裕を持ったのだ。
だからこの気に入らないエルフがいても、感情的になって追い返すことしないのである。
「そう、私は母となったことで、心が広くなったのです。母の心を手に入れた私は、前みたいに子供みたいな振る舞いはしないのですよ」
「ふーん。あ、リューたち帰ってきたわね」
がちゃ、とドアが開く。
そして愛しい息子とその友達が帰ってきた。
カルマはビョンッ! と飛びつきたい気持ちをぐっと押さえる。
いかんいかん、大人は、母は、そんな子供っぽいことはしない。
カルマは余裕ある笑みを浮かべて、そして息子を出迎える。
「お帰りなさいりゅーく……………………………………」
カルマ、絶句。
目の前の、リュージを見て。
彼は……