02.母の過保護っぷりと、息子が家を出たい理由
お世話になっております!
彼の名前はリュージ。
母カルマアビスがつけてくれた名前だ。
……15年前、母の巣穴の前に捨てられていたリュージを、カルマが拾った。
カルマとは種族は違ったが、母はリュージを、本当の子供のように、愛情を持って育ててくれた。
リュージは母の愛情を受けて、すくすくと成長した。
孤児という、非行に走りやすい境遇であっても、折れず曲がらずにいられたのは、母から与えられた愛情のたまものだろう。
そんな母のことをリュージは好きだった。……しかし成長するにつれて、思うようになったのだ。
……このままで、いいのだろうかと。
「…………」
その日の朝、リュージは目を覚ました。
「ぐー、ぐー。りゅー君……えへへぇ……」
母の声が、すぐ隣からする。
顔をちょっと向けると、そこには。
黒髪の美女が、眠っていた。
身長は女性にしては高い。たぶん170くらいあるだろう。
流れるような黒髪が、腰のあたりまでのびている。
高い身長と、大きすぎる乳房、ぷりっと突き出たヒップが実にセクシーだ。
年齢は二十代前半……へたしたら十代後半にも見えるほど、若く、美しい。
この女性こそが、自分を育ててくれた母。
カルマアビスの、人間に変化した姿である。
息子が人間であるため、その世話をするには、同じ種族の身体がいいからという判断で、人間になっているのである。
「りゅー君……ふふっ、りゅー君~」
ふくよかな乳房に、リュージは顔を埋めている。
すさまじく良いにおいと、とんでもない柔らかな物体が顔にぶつかる。
母カルマは、リュージのことを、いとおしそうに抱きしめている。
それはともすれば、生まれたばかりの赤子を抱きしめてるかのような所作だ。
そう、赤ん坊にするように、である。
「…………」
リュージは顔をくしゃっとゆがめる。
「……やめてって、言ってるのに」
はぁ、とため息をついて、リュージはぐいっ、と母を押しのける。
そして母から逃れると、ベッドから立ち上がって「はぁ……」と再度ため息をつく。
ぐいっと背伸びして、リュージは部屋の中を見回す。
ここは、母とリュージの暮らす洞穴だ。
しかし洞窟の中とは思えないほど、ものにあふれている。
テーブルやイスと言った家具が充実していた。
洞窟の奥には、ベッドがふたつある。一方は母のベッドで、片方は息子のものだ。
しかし母のベッドはからっぽで、リュージのベッドには、母が寝ている。
「また僕のベッドに忍び込んできたのかよ……」
昨晩は別々に寝ていたはずなのだが、気づけば母は、いつものようにリュージの寝床にもぐりこんできたのだ。
「……なんでいつも来るんだよ。もう僕15になるんだぞ」
それは独り言ではない。眠っているカルマに向かっての言葉だ。
15になる息子のベッドに、忍び込んで抱きしめてくる。
物心ついたころから、母は自分と一緒のベッドで眠っていた。
思春期を迎えてから、一人で寝ると言ったにもかかわらず、結果はご覧の通り。
朝起きたら絶対に同じベッドで眠っているのだ。
「…………」
リュージが起きてから1分が経過した、そのときだ。
「は! りゅー君がいません! どこいったー!」
がばっ! と起き上がる母。
その身体には、何も身につけてない……。
ぷるん、と大きな乳房が躍動し、リュージは目をそらして怒鳴る。
「服! 着て!」
思春期ど真ん中にいるリュージである。
女性の裸に興味がないといったら嘘になるが、さすがに母親の肌を見て興奮はしなかった。
むしろだらしのない格好の母を見て、苛立つのである。
そんな息子の胸中など毛ほども気にしてないカルマは、きょろきょろと辺りを見回す。
その視線が息子をとらえると、
「りゅー君! ここにいましたかっ! 探しましたよっ!」
母はすっぽんぽんのまま、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
だーっと駆け寄ってきて、正面から抱きしめようとしてくる。
……それを、リュージはひょいとよける。
「なぜよけるのですっ?」
「ふ、服着てって言ってるの!」
「服は着ます。ですがまずはおはようのハグです」
全裸の美女が、まじめくさったかおで、両手を伸ばしてくる。
呼吸するたび、ふたつの柔らかそうな桃が、ぷるぷる……と微細に動いている。
育ての親とわかっていても、若い女性の乳房に目がいってしまう。
思春期男子に母の美乳は目に毒だ。
「そのまえに着ろって!!」
「わかりましたよ。しばしお待ちを」
カルマは手をすっ、と持ち上げる。そして、ぱちんっ! と指を鳴らした。
すると……。
しゃらん!
と鈴の音をならしたような音がして、気づけば母は、衣服を身につけていた。
ロングスカートとサマーセーターという簡素なお召し物。
……ただ下着を身につけてないのか、セーターの中央にぽちっとしたものが見えた。
「下着もちゃんと着てっ!」
「お母さん、どうにも下着って嫌いなんですよね。身体を圧迫されるというか」
「いいから着ろってば!」
不承不承といった顔でカルマがうなづく。
また指を鳴らして下着を作る。
……何もないところから物体を作った。
これは【神殺し】カルマの持つスキルの一つ、【万物創造】。
あらゆるものをゼロから作れるという、とんでもないチート能力だ。
「これでいいですか? ではハグを。さあハグを」
ばっ! と両腕を広げる母カルマ。
リュージは目をそらして、「嫌だ」と答える。
「………………」
「あ、別に母さんが嫌いになったわけじゃなくて」
「………………」
「その、さすがにもう成人するんだから、そういう子供っぽいことは……って、母さん?」
母の方を見やると、そこには、真っ青な顔をしたカルマがたっていた。
わなわなと唇を震わせて、今にも死にそうだ。
「ぐす、ぐすん、ふぇぇえええ………………」
めそめそ、とカルマが泣き出したではないか。
カルマはその場にしゃがみ込み、スキルで作ったハンカチで顔を覆う。
「ぐす……えぐ……りゅー君に……ぐす、きらわれてしまいました……」
美女が、さめざめと泣く。その理由が息子に嫌われたからという。
……世界を救った英雄で、神殺しの最強の邪竜が、息子に嫌われたからという理由で泣いていた。
「りゅー君に嫌われたらもう生きてる理由はありません。もう死のう……。死にましょう……この世界を道連れにして」
カルマは右手を持ち上げる。
その右手には、赤黒い雷が集まっていく。
リュージは知っていた。
あれは母の、神殺しのスキルのひとつ。
【万物破壊】
文字通りあらゆるものを破壊し、殺すことのできる最強の雷。
「やめてよ母さん!」
慌てて止めるリュージ。
「安心してくださいりゅー君。壊すのはりゅー君以外。つまりりゅー君以外の生物全部と、この世界だけ。あなたは無事です」
「世界が滅んだら僕どうやって生きてけば良いんだよっ。やめてってばもうっ!」
……かように、母はちょっとナイーブなところがあるのだ。
「母さん、わかった! わかったから! ハグするから!」
ぴたり、とカルマが泣くのをやめる。
すくっと立ち上がると、両手を広げる。
「さぁ来てください。さぁさぁお早く」
「わかったって……。はぁ…………」
リュージはため息をついて、母の身体に抱きつく。
むにゅ~~~~~………………と、その柔らかすぎる乳房に、顔が埋まる。
蜜とミルクを、一緒に煮詰めたような、気が遠のくほど甘いにおいが鼻孔をつく。
ぷにぷにと柔らかい肉が、顔に当たって、形をいやらしくひしゃげている。
「ふふっ、りゅー君、あなたは最高です。ほんと、ちっちゃくってちょうどいいだき心地です」
「はぁ~……………………」
おもく深く、リュージはため息をつく。
小さい。
そう、カルマはリュージより背が高いのだ。彼はそろそろ15になるというのに、身長が160センチほどしかない。
母に見下ろされ、だっこされて、よしよしとされている。
……それはもう、完膚なきまでに、【子供】扱いだ。
「ガキ扱いすんなっていつも言ってるのに……」
苛立ち気にリュージがつぶやく。
するとカルマは「何をおっしゃる」とまじめくさった顔で言う。
「あなたはお母さんの息子、子供ではないですか」
「いやそうだけど……そうじゃなくて。僕ももう成人するんだからさ、もうちょっと大人として扱ってくれよ」
この世界では、15歳で、成人としてカウントされる。
15歳から就労が可能になる。
リュージは今日、誕生日を迎えて成人をむかえるのだ。
そう……今日からリュージは、大人の仲間入りするのである。
だのに、今日も昨日と同じで、母からぎゅっとはぐされて、よしよしと頭をなであられる。
子供のように、扱われる。
それが……リュージは不服だった。
「さぁりゅー君。おはようのハグがすみました。すぐに朝食にしましょう。その前にお着替えですね」
カルマはリュージの着てるパジャマに手をかける。ボタンをはずそうとしてきたので、
「いいって! 自分で着替える!」
「遠慮なさらず。一瞬ですから」
カルマはそのまま、万物破壊のスキルを発動。パジャマが一瞬にして消え、彼は全裸になる。
「ばかっ! やめてってば!」
がばっ! とリュージはその場でしゃがみ込む。
「何を恥ずかしがっているのです?」
きょとんと真顔で小首をかしげるカルマ。
その間に【万物創造】スキルを使って、リュージにシャツとズボン、下着とそして靴を出現させる。
「さっ、着替えますよ。立ち上がってください。まずはパンツからです」
カルマがパンツを持って、リュージにはかせようとする。
「もうっ! もうっ! 自分で着替えられるから!」
するとカルマはにっこりと笑って言う。
「いえりゅー君。あなたは何もしなくて良いんです。息子に服を着せるのは、母親の仕事ですから」
カルマは喜々として、リュージのパンツを持ったまま、彼を立ちあがらせる。
その顔は嘘を言ってるようには見えなかった。本気で、彼の世話をするのが嬉しそうだった。
リュージは嫌がったが、しかし相手はレベル999の化け物。
当然腕力のステータスにおいてリュージは惨敗。彼女に力で勝てるはずはない。
逃れようとしてもぐいっと腕を引っ張られては、その場から微動だにできない。
嫌がるリュージに、嬉しそうに服を着せていく。それは幼児の頃から変わらない、朝の風景だ。
「はい、お着替えできました。今日もりゅー君は上手にお着替えできて、素晴らしいです」
衣服を身につけた後、リュージは母からすぐに退散する。
「上手もなにも、僕なにもしてない……」
「その場でたって、お母さんに服を着せてもらいやすいよう、していたじゃないですか。すごいです。だれにでもできることではありません」
真顔でそんなことを言う母。悪意はゼロなのがたちが悪い。
「馬鹿にしてるの……?」
「まさか! そんなわけないですよっ!」
カルマが顔を真っ青にする。
「りゅー君をバカになどするわけないじゃないですかっ!」
その気迫に押されて、リュージはその場にへたり込む。彼女は本気だった。
本気で怒っていた。
「お母さんの超大切な宝物のりゅー君を、バカになどするはずがないでしょう!?」
言葉通り、カルマにとってリュージは何者にも代えがたい大切な存在だ。
それを自らと乏しめるようなマネはしないし、馬鹿にされたら本気で切れる。
「はっ!」
エキサイトしていた母は、リュージがへたり込んでいるのに気づいて、正気に戻る。
「ごごごご、ごめんなさいりゅー君!」
血の気が引いた顔で、カルマはリュージの隣にしゃがみ込んで抱きしめる。
「いますぐに回復魔法をかけます!【超絶回復】! 【死者蘇生】! 【状態異常完全回復】!」
それぞれ最上級の光魔法(回復術)だ。
HPを完璧に回復させ、死者さえもよみがえらせることができ、そして石化などのあらゆる状態異常をも回復させる魔法。
神を食ったカルマアビスは、この世に存在するすべての魔法を使えるほど、超越した魔の物へと存在進化している。
加えてMPは無尽蔵。どれだけ最上級の魔法を連発しようが、魔力切れの心配はなかった。
「母さん大丈夫だって。そんなにたくさん回復魔法かけなくても」
「いいえっ! だめです! 尻餅ついたときにどこかぶつけてたらどうしましょう! ああどうしましょう! ああ!」
「だから大丈夫だって……」
「けど! あなたは尻餅ついたまま起き上がれないじゃないですか! あぁあああどうしましょう悪い病気だったらぁああああ!」
違う。単にさっき母の怒りに触れて、びびって腰が抜けただけだった。
ただそれを口にするのははばかられた。恥ずかしかったからだ。
「ほんと、大丈夫だって……。立てるよ、ほら」
リュージは気合いを入れ、立ち上がる。まだちょっとふらつくが、一人でたつことができた。
それを見たカルマは……。
ぶわっ……と滝のような涙を流す。
「ああ……なんてことでしょう……」
その場にへたり込むカルマ。
「りゅー君がひとりで……立っている……。おもい病魔から立ち直って、その両足でしっかりと立っている……。ああ……素晴らしい……」
「…………」
げんなりとするリュージ。
おもい病魔ってなんだ。単に腰を抜かして立てなかっただけだ。
それに立ち上がっただけで感涙にむせるって何だよ……。
母のこういう、大げさすぎるところが、リュージは嫌でしかたなかった。
「りゅー君の快気祝いです! 今夜はごちそうです! おっと成人式のごちそうも作らないと。つまりダブルでお祝いしなければ!」
喜色満面のカルマは、ぱちんっ! と指を鳴らす。
するとテーブルの上には、とんでもない量の豪勢な食事が並んでいた。
とてもひとりで食べきれる量じゃない。
「お昼はこの倍のごちそうを! そしてお夕食はその倍の量に、倍の豪華な食事をご用意しますよ! 楽しみにしてくださいね、りゅー君!」
張り切りまくる母に……リュージはため息をつく。
そう……これだ。
これが……理由なのである。
彼が【そうする】理由なのだ。
……母のことは、決して嫌いではない。
自分を育ててくれた恩もあるし、母からの愛情を嬉しく思うときもある。
……ただ。
それ以上に、それを上回る、過保護っぷりが、心底嫌だった。
自分はもう成人する。大人になるのに、いつまでたっても母はリュージを子供扱いする。
朝はハグしてくるし、着替えは自分でさせてくれない。全部母がやってくれる。
そして衣食住を、すべて母から与えられている。
リュージは自分で食べるものも、着るものも、住む場所さえも、自分で用意してない。全部母がやってくれる。
たぶん死ぬまで、この扱いは変わらないだろう。いまわの際まで、母が、リュージのあらゆる面倒を、みてくれる。
……それでいいのか?
……いいわけが、なかった。
だからこそ。リュージは決意したのだ。
15歳になる、今日。
家を出る……と。
家を出て、一人暮らしを始めるのだと。
そう、心に決めていたのだ。
お疲れ様です!
次回から本格的に物語が動き始めます。超過保護な母は、はたしてすんなり息子を外に出してくれるでしょうか。
次回も頑張って書きますので、可能でしたら下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。励みになります!
ではまた!