113.邪竜、無人島へ行く【後編】
無人島に流れ着いたリュージたち。
ここでどうやって暮らそうと途方に暮れていたところ……チート母がやってきた。
「母さん……どうして、ここに?」
無人島の砂浜にて。
リュージたちは濡れた服をぬいて、水着に着替えていた。
カルマはいつものセーター+ロングスカートという出で立ち(ただしサマーセーター)。
「どうして? ……愚問を!」
カルマは胸を張って言う。
「息子のあるところ……母あり! ですよ!」
「……いつも通りついてきたんだね」
「そゆことです。姿を消してこそっとね」
はぁ~……とリュージはため息をつく。
母の過保護っぷりは、健在だった。
だが今回ばかりは、母がいてくれて、心から良かった。
無人島にカルマがいる。
これほど……安心することはないだろう。
「どうしたのりゅーくん?」
「ううん。母さん……いつもありがとう。今回も……助かったよ」
「いえいえ♡ 息子を助けるのは母として当・然! それが母というものですよ!」
ぐぐっ……! と拳を握りしめて、カルマが叫ぶ。
「さてっ! それではりゅーくん。ご飯にします? それともビーチで海水浴? あ、バーベキューでもいいですね!」
カルマはぱっちんぱっちん! と指を鳴らしまくる。
スキル万物創造だ。文字通り、あらゆる物体をゼロから作れるチートスキルである。
……母は、すっかりバカンス気分だった。
だがりゅーじたちにとっては、遊んでいられる心持ちではない。
「僕たちここで遭難してるんだよ……?」
「遭難? バカンスでは?」
「違うってば。早く家に帰らないと。みんな心配してるし」
みんなとはルコやバブコ、そしてチェキータだ。
きっとみんな、リュージたちの安否を心配しているに違いない……。
「えー、大丈夫ですよ。だってお母さん転移スキルがあるんですよ。ぱっちん1発でゴーホームです。ならもうちょっとこの温かい島を楽しみましょうよぅ」
母はこうみえて寒いのが苦手だ。
まあ、は虫類だからしょうがないのかもしれにない。
「だとしても1度帰ろう。みんな心配してるから」
「ちぇー……。わかりました」
しぶしぶ、カルマがパチンッ、と指を鳴らした。
……シーン。
「あ、あれ?」
珍しいことに、カルマが焦る。
「どうしたの?」
「いえ……あれ? えいえいっ!」
ぱちんっ、ぱちっ。
……カルマが指を鳴らす。
しかしいつものように、転移が発動しなかった。
「か、母さん。そんなに帰りたくないの?」
「ち、違います!」
カルマが青い顔をして、ぶんぶん! と首を振る。
「転移……できないんです」
「「「…………」」」
リュージも、そしてパーティメンバーたちも、息をのんだ。
そんな……。
「まっ♪ 大丈夫でしょう♪」
けろっとカルマが言う。
「「「かるっ!」」」
「いやほら、いざとなったらお母さんが邪竜かして、りゅーくんたちを抱えて島から脱出すれば良いですし」
そういえばそうか……とリュージがうなずく。
「で、でもでもっ。カルマさん、島の外はすごい嵐だったのです」
「ふむ……そういえば」
「……それに嵐の中には金のドラゴンがいたって言うし」
「ふむ……なるほどなるほど」
カルマは腕を組んで、沈思黙考する。
考え込むカルマは、黙っていれば美人だった。
ややって、カルマが言う。
「うんっ、大丈夫! お母さんに……お任せあれ!」
最強邪竜がいうと、ここまで安心できるのか。
「嵐とそのドラゴンを相手にするには、まずは情報が足りません。島で暮らしつつ脱出の手立てを考えましょう。生活は……お母さんがいるから大丈夫です!」
まあ何でも作れる最強のお母さんがいるのだ。
無人島で、楽々と暮らせるだろう。
「お母さんが脱出手段を整えますので、りゅーくんたちは島でバケーションを楽しんでくださいまし」
「う、うん……」
どうにか今後の方針を立てたリュージたち。
……しかし1つ問題があった。
「あのさ……母さん。僕らの船に乗ってた……他の冒険者たちって、どうなったの?」
おそらく母は、船が難破する際、リュージたちを助けた。
だが……他の人たちは?
ここへは他の冒険者たちも乗っていた。
同じく船は沈んだ。
彼らは……どうなったか?
……嫌な予感がした。
「え?」
カルマはきょとんと首をかしげて、こうう。
「さぁ」
……大方の予想通りだった。
母は、息子と、その周りの小さな世界の住人しか興味がない。
船に居合わせただけの、他人を……このお母さんが、助けるはずがない。
わかっていた。母は人間じゃない。ドラゴンなのだ。人間の価値観、生死観は持ち合わせていない。
それでも……。
「……母さん。他の人たち、助けなかったの?」
母が口を開いた……そのときだった。
「……ぅい」
ぴくっ、と耳の良い獣人二人が、獣耳を立てる。
「りゅ、りゅーじくん! 今、人の声がっ!」
「……あっちの砂浜の方!」
ふたりが指を指す。
そこにいたのは……。
「ぼ、冒険者の、ひとたちだっ!」
なんと驚くことに、船に居合わせた冒険者たちの集団が、こちらに向かってくるではないか。
先頭を歩くのは、背の高い、黒髪の女性だ。
20代くらい。髪質はバサバサしている。
若干の垂れ目。そして大きな胸に、シャツにズボンというワイルドな格好。
リュージは、その人に、見覚えがあった。
「隊長! 【ゴーシュ】隊長ッ!」
そこにいたのは、今回の無人島調査団の団長、ゴーシュだった。
「おーリュージ! 無事だったか! シーラにルトラも……良かったなぁ!」
ゴーシュはリュージたちのもとへくると、心からの安堵の吐息をつく。
リュージもまた、心から安堵した。
良かった……と。
「他の方たちは無事ですかっ?」
リュージはゴーシュ隊長を見上げて言う。向こうの方が背が高いのだ。
「ああ、無事だ。安心しろリュージ。みんな【ドラゴン様】のおかげで無事だ」
「ドラゴン……さま?」
はて、とリュージが首をかしげる。
その一方で、ゴーシュ隊長が、母の元へ行く。
「……なんですか、人間?」
カルマが冷ややかな目を、ゴーシュ隊長に向ける。基本的にカルマは、息子たち意外には塩対応なのだ。
ゴーシュが何をするかと思いきや……がばっ! と直角に頭を下げたではないか。
「このたびは私どもの命を救っていただき、ありがとうございました、ドラゴン様!」
「「「ありがとうございました!!」」」
……ゴーシュを含めた、その場にいた冒険者全員が、カルマに向かって、頭を下げているではないか
これにはリュージも、そしてカルマも、仰天していた。
「な、なんのことです……? わ、私は息子たちの命しか救ってませんよ?」
困惑するカルマをよそに、ゴーシュ隊長が「リュージ。君のお母さんはなんて名前なんだ?」と尋ねてくる。
「か、カルマアビス……です」
戸惑いながら、リュージが答える。
ゴーシュ隊長はうなずくと、カルマに向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、カルマアビス様」
「「「ありがとー!」」」
カルマは頭に? をうかべて、首をひねっていた。
「どういうことですか? 私は何もしてませんけど」
「ご謙遜を。私どもを含めたメンバーは、見ているんですよ」
ゴーシュ隊長が、丁寧な言葉遣いで、カルマに言う。
「見てる? なにをですか人間?」
「私たちを救う、カルマアビス様のお姿をです」
……はぁ? とカルマがさらに困惑を深める。
ゴーシュ隊長が続ける。
「私たち冒険者の船は、嵐に飲まれて沈みました。海に投げ出され、もうダメかと思ったところに、あなた様がドラゴンの姿になられて、私どもをおすくいになったのです」
え? とリュージは本気で驚いた。
そして……うれしくなった。
母は、助けてくれたんだ! リュージ以外の人たちを!
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。私が? 人間を? 悪い冗談はやめなさい」
「いえ冗談ではありません。私どもは見ているのです。あなた様が救出する姿も、そして浜辺へ運び、人間の姿になって、またどこかへ行かれたところを。なあおまえら!」
「「「みましたー!」」」
……その場にいた冒険者たち全員が、手を上げるではないか。
「怖い顔のドラゴンだったよな」
「ああ。けど人間になったらすげー美人なの。おっぱい大きいし!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた方が見たのは、本当に私と、そして私の変身した姿だったのですか?」
そう言って、カルマは邪竜へと変身する。
それを見た冒険者たちは……。
「これこれ!」「この怖そうなドラゴン!」「この姿……一度見たら忘れないって!」
……と、どうやら本当に、母が邪竜の姿になって、冒険者たちを助けたらしい!
カルマが人間の姿に戻る。
「人間の姿も、こんな顔でしたか?」
カルマの問いに、皆がうなずく。
「あーでも、髪の色が……」
冒険者のひとりがつぶやく。
ゴーシュ隊長は声の主に言う。
「髪の色がどうした?」
「あ、はい。隊長。おれの見間違いかも知れませんが……」
冒険者が、こう言った。
「髪の色が違ったような……たしか、金髪だったような……気がします」
「!?!?」
カルマがくわっ……! と大きく目を見開く。
「…………そう、ですか。ここに、やつが」
ぽつり……カルマが呟く。
リュージにはわからなかったが、とにかく。
「母さん!」
リュージは嬉しくなって、カルマの細い腰にしがみつく。
「はひゃぅ!?」
「ありがとう! みんなも助けてくれて……本当にありがとう!」
リュージは心からのお礼を言った。
「母さん……本当に、ぼく……嬉しいよ……」
「りゅーくん……」
カルマは、複雑そうな顔をしていた。
いつもなら、息子に褒められて喜色満面となるのだが。
このときばかりは……憂い顔をしていた。
「……いえ。当然のことをしたまでです」
カルマはニコッと笑うと。
「あなたたちも濡れた服をたき火で乾かしなさいな」
そう言って、カルマが人数分のタオルとたき火を用意する。
「おお! おまえら、カルマアビス様がお恵みをくださったぞ! お礼を言おう!」
「「「ありがとう、カルマ様ー!」」」
……かくして。
無人島での生活が、スタートしたのだった。
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