113.邪竜、無人島へ行く【中編】
ざざぁー……ん。
ざざぁー……ん。
ざざぁー……ん。
「ん……んぁ……」
遠くで何かの音がする。
だがくぐもって聞こえた。耳に何かが詰まっているようだった。
ざざぁー……ん。
ざざぁー……ん。
ざざぁー……ん。
「あれ……こ、こは……?」
目を覚ましたのは、黒髪黒目の少年だ。
女の子と見まがう幼く、かわいい顔つき。
体つきは細い。なるほど女の子と見間違われてもおかしくはない。
だがよく見ると腕に筋肉が、そして喉仏がある。まごうことなき少年。名前をリュージと言った。
「僕は……いったい……」
リュージは体を起こす。
じりじり……と首筋を太陽に焼かれている。
服は濡れてて重い。
それが陽光で暖められて、ぬくいが、実に気持ちが悪い……。
「ぺっ……ぺっ……! し、塩辛い……」
口の中には水と砂が入っていた。
「一体全体……なにが……?」
体を覆う不快感のおかげか、リュージの意識は、徐々に明瞭になっていく。
ざざぁー……ん。
ざざぁー……ん。
ざざぁー……ん。
「ここは……海? 砂浜……だよね?」
リュージは半身を起こしてつぶやく。
そう、眼下には青い海、白い砂浜が広がっていた。
青く透明な海。
抜けるような青空。
ギラギラ照りつける太陽光線。
……今は12月下旬。
だというのに、ここは夏真っ盛りのような天候だった。
「どうして海に……いるんだ? 僕は、僕たちは……」
そこでリュージは、やっと気付いた。
「! そ、そうだ! シーラ! ルトラ! どこー!?」
リュージは砂浜を見渡す。
リュージは一人でここへ来たわけじゃなかった。
ともにやってきた冒険仲間たちも、一緒にるはずなのだ。
「あぅ……うぅー……ん」
「シーラ!」
リュージがいる場所から、そんなに離れてない場所に、黒いローブを来た小柄な少女が倒れていた。
リュージは慌てて走り出す。
だが足下が砂で走りづらい。靴の中に砂が入ってきてうっとおしい。
リュージは靴を脱ぎ捨て、駆け足で、シーラの元へ向かう。
「シーラ! 大丈夫!? シーラ!?」
リュージはシーラを抱き起こす。
白髪のウサギ少女は、「うう……」とうなるばかりだ。
「シーラ!」
「あうぅ……りゅー……、じ、くん?」
ぱち……っと目を覚ます。
紅玉のような真っ赤な、くりくりの瞳。
リュージはホッ……と安堵の吐息をつく。
「よ、良かった……シーラ、意識戻って」
続いてリュージはルトラを探す。
シーラがいた場所からほど遠くないところに、同じくぐったりと倒れいていた。
シーラの時と同様、リュージはルトラを揺すり起こす。
人狼の少女ルトラも、ほどなく目を覚ます。
これでリュージたちのパーティメンバーが、全員そろったことになる。
リュージたちは砂浜に、車座になって座る。
「全員無事で、良かった……」
「あの……りゅーじくん? ここはどこ……? なんで真夏なのです?」
リュージはシーラから手を離す。
「ここは星の南半分にいちする島だよ。だから季節が僕らの住んでいた場所と真逆なんだ」
「ふぇー……。し、島?」
「うん。島」
リュージは会話することで、脳が回り出していた。
「しーらたち、どうして島に?」
するとルトラが答える。
「……たしか冒険者として依頼を受けたんだよね。B級以上のパーティ複数で、無人島調査するってクエスト」
「無人島調査……クエスト……?」
こくり、とリュージとルトラがうなずく。
リュージはシーラに、クエストの内容を説明する。
今回はこの島にあると言われている、巨大な魔力結晶を探すというもの。
きっかけはひと月ほど前。
1隻の漁船が、嵐に巻き込まれて、この無人島に不時着した。
そこで船員はそこで【巨大な魔力結晶の塊】を発見。
持ち帰ろうにも船は沈んでいた。
というかそもそも帰還は絶望的に思えた……。
「けれどその人は帰ってきたんだ」
「ど、どうやって?」
シーラの問いに、ルトラが首を振る。
「……それが、わからないの。気付いたらその人は、アタシたちの住む大陸へ帰還していたらしい」
「その人は【黄金の竜の背に乗って帰ってきた!】って言ってたんだけど、誰も信じてなくてね」
だから最初、その人の言葉を、誰も信じていなかった。しかし後日、男が冒険者を引き連れて、また同じ場所へ行こうと思った。
しかし今度は島に入れなかった。
「どうして入れなかったのです?」
「島を巨大な嵐が包んでいたんだって」
「……そして嵐の中に、男の言っていた黄金のドラゴンがいたんだってさ」
男と冒険者は、嵐の中を進むことができなかった。やむなく男たちは帰還を果たした。
成果はなかったものの、男の話の信憑性は増した。つまり、あの島には強大な魔力結晶があって、それを守るドラゴンがいると。
「だから今度は、冒険者の一団を率いて、この島に向かおうとした」
「……アタシたちはそのメンバーに選ばれて、一緒に船に乗ってこの島に向かった」
「! そ、そうだ……そしたら、しーらたち嵐に巻き込まれて……それで……」
船が難破。気付いたらリュージたちは、無人島に流れ着いていた……という次第だ。
「……他の人たち、どうなったんだろ?」
ルトラが表情を暗くして言う。
「……わからない。周り見たけど、僕たちくらいしかいないし」
一緒に乗ってきた冒険者たちと、リュージは面識はなかった。
今回初めて顔を合わせた人たちばかり、ハッキリ言って他人だ。
しかし他人だからなんだ。命が失われてるかも知れないのだ。……そうだったら、どうしよう。
「し、しーらたち……そういえばどうして、この島にたどり着けたのでしょう?」
「わからない……。運が良かったのかな?」
「……にしては、アタシたちだけ偶然ってのが気になるよね」
ランダムにこの島にたどり着いているのなら、このメンバー全員がそろっていることはなったろうし。
「「「…………」」」
リュージたちは、無言だった。
誰も、これからどうしよう、といいたくなかった。
これから? どうするというのだ。
荷物は見当たらない。
見たことのない無人の島。
水は? 食料は? 衣服は……?
それに……帰れるのか?
不安で、仕方なかった……。
だが不安を口にしてしまったら、もう耐えきれなくなるだろうから。
「…………母さん」
口をついたのは、母の名前だった。
もう母に会えなくなるのか。悲しいな……と思った、そのときだった。
「……くーん」
「……リュージ。今、かるまの声しなかった?」
ルトラがいぬ耳を立てて言う。
「え?」
「……ゅーくーん……」
「ほ、本当なのです! カルマさんの声なのです!」
リュージ立ち上がって見渡す。
だが母はどこにも……と思ったそのときだった。
ずぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!
「う、海が割れたのです!?」
「……な、なにあれ……って、あそこカルマじゃない!?」
海が割れ、そこに黒神の女性が、こちらに向かって歩いてくるではないか。
流れるような、赤みがかかった黒髪。
手足は長く、そして大きなおっぱい。
つぶらで大きな瞳は、まるで子供のような目だ。
あの人こそ、リュージの母であり、最強の邪竜カルマアビス……カルマだった。
「りゅーくーん! お魚たっくさん、とってきたよー!」
カルマの手には、漁に使う網がにぎられている。そこに山のような魚が入っているではないか。
カルマが歩きながら、リュージたちのもとへくる。
リュージは安堵で、腰が抜けていた。
「朝ご飯取ってきたよ♡ あ、のどかわきましたか? はいどうぞっ」
ぱちんっ!
カルマが指を鳴らすと、水差しと、コップが人数分出てきた。
水差しはよく冷えているのか、表面に結露が見られる。
喉の渇いてた三人は、あびるようにその水を飲む。
うまい……なんてうまさだ……。
喉の渇きを癒やしている間に、カルマがパチンと指を鳴らす。
たき火とタオル、新しい着替え……というか水着だ。
「さぁさぁそんな濡れた服など脱いで、水着に着替えましょう!」
カルマは無人島に漂着したというのに、実にのうてんきそうだ。
リュージは母に尋ねる。
「……母さん、今の状況、理解してる?」
すると母は、きょとんとした顔で、こう言った。
「え? 海水浴に来たのでしょう?」
……リュージは、はぁああ……と深々とため息をついたのだった。
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