113.邪竜、無人島へ行く【前編】
いつも息子の前では、ニコニコ笑顔をうかべ、楽しそうにしているカルマ。
だが一度だけ、母が本気で怒ったところを、リュージは見たことがあった。
アレは確か、まだリュージが5歳にも満たなかった頃。
自分の誕生日を、盛大に祝ってもらった後のことだ。リュージはどうしても、カルマにプレゼントをしたかったのだ。
カルマとリュージの誕生日は近い。
いつもカルマは息子誕生日は、それこそ神の聖誕祭かと思うほど盛大に祝ってくれる。
だがカルマは一度だって、自分自身の誕生日を祝ったことはなかった。
リュージはその日、カルマの誕生日プレゼントを手に入れようと、深夜、こっそりと家を抜け出したのだ。
『……うう、こわいなぁ。けどっ、おかーさんにぷれぜんと、あげるんだっ』
暗がりをリュージがひとりで歩く。
……ちなみに運の悪いことに、この日チェキータは、王都にカルマの報告に向かっていた。
なのでリュージが危ないことをしてることに、気付いてなかったのである(後に何度も謝られたが)。
カルマは安らかな寝息を立てて、リュージのベッドで眠っている。母はかなり寝付きが良い方であり、一度寝たらほぼ朝まで起きることはないのだ。
さて。
リュージは母にあげるプレゼントを考え、森に生えるお花をプレゼントしようと思った。
夜にだけ咲くという、『蛍火花』という花がある。リュージはそれをあげたら、キット母は喜ぶだろうと無邪気に思った。
カルマの家から、リュージは森の中をガサガサと進んでいく。この先にお花畑があり、その中に蛍火花があるのだ。
『おかーさんもチェキータせんせーも、森には魔物がいるから、ひとりで入っちゃダメっていってたけど……魔物、ぜんぜんいないなぁ。ねむっているのかなぁ?』
はてと思いながら、リュージは森の中を進んでいく。……この森、邪竜カルマアビスという特に最強のモンスターがいるので、モンスターは比較的におとなしい。
だがそれでも……子供のにおいに引かれてやってくる魔物もいる。
リュージは花畑に到着。
『ついたー! わぁ……! きれーだなぁ……』
そこには青く輝く花が、一面に咲いていた。
『おかーさんにあげたら……きっとよこぶぞー!』
リュージは母の喜ぶ顔を想像して、よしっ! とやる気を出す。
『おはなさん、ごめんね。おかーさんにあげたいんだ』
ぺこっと頭を下げて、リュージは花を摘む。小さなで一生懸命、んしょんしょと摘む。
手で顔が泥だらけになっても、リュージは辞めなかった。汗びっしょりになっても、頑張って花を集めた。
ややあって……。
『できたー!』
花を摘み終えたリュージは、それを持ってきていたヒモでしばる。これで花束が完成。
『あとはかえって……おかーさんにあげるだけ! おかーさん……よろこぶといいなぁ~』
リュージはウキウキとしながら、家路につこうとした……そのときだった。
……そこに、1匹の美しいドラゴンがいた。
母とは違って、太陽のような、黄金のドラゴンだ。
『うわぁ……きれいだなぁ……』
リュージは無警戒に、ドラゴンを見た感想を呟く。
……そう。竜に育てられたリュージにとって、ドラゴンとは畏怖すべき対象ではなかった。
『あの……! もしかして……おかーさんのおしりあいですかっ?』
あろうことかリュージはこの竜を見て、敵ではなく、カルマの関係者だと思ってしまったのだ。
はたしてドラゴンはというと……。
『……よく見抜いたな、人間よ』
黄金のドラゴンは、リュージを見てそう言ったのだ。
『やっぱり! だっておかーさんとにてるんだもん』
『……わがはいと貴様の母親がか?』
『うんっ! 顔怖ーいとこそっくり! もしかして……かーさんのぱぱとか?』
『……ちがう。わがはいはメスだ』
メス? メスって何だろう……わからないが、とにかく母の知り合いか何からしい。
『こんばんは! ぼくはりゅーじっていいます。おなまえはなんていうんですかっ?』
『……わがはいはマキナ。【マキナアビス】という。人は【海神竜】と呼ぶな』
『ば、ばはむーとっ? かっけー!』
キラキラとした目を、リュージは目の前の黄金の竜……バハムートに向ける。
『……人間。きさまこの森に住んでいるのか?』
『うんっ。おかーさんとぼくと……あとたまにチェキータ先生のさんにんで!』
ぴっ! とリュージが指を三つ立てる。
『……そうか。貴様が、あのときの赤子か……。もうこんなに大きくなって……』
バハムートは遠い目をする。
視線の先は、母たちの暮らす家がある方向だ。
『マキナアビスさんは……』
『マキナで良い』
『マキナさんは、おかーさんのおしりあい? どーゆーかんけー?』
バハムート……マキナは考え込んだ後。
『続柄で言えば……あの子の……』
それだけ言うと、マキナは黙ってしまう。
リュージはどうしたのだろうか、と首をかしげた……そのときだった。
ずどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!
『わっ、な、なにっ?』
何かが上空から振ってきたのだ。
見やるとそこには……漆黒の邪竜、リュージの母がいるではないか。
『お、おかーさ……』
『でていけッッ!!!!!!』
邪竜カルマアビスは、目の前の海神竜マキナアビスに向かって、そう叫んだ。
『今更何のようだ!? またりゅーくんを殺しに来たんだろう!?』
『…………』
『答えはいらない! 今すぐここを立ち去れ! 二度とここへこないと誓え! さもなくばわたしは貴様を殺す!』
母が……怒っていた。
本気で、目の前の金のドラゴンに向かって、憎悪をぶつけていた。
……リュージはびっくりして、腰を抜かし、そして泣き出した。
怖かった。いつも優しい母が、こんなふうに本気の怒りをぶつけているところなんて……みたことなかった。
息子が泣いているというのに、母はリュージを気にかけることなく、目の前の金の竜をにらみつづける。
……ややあって。
『……わかった。わがはいは退散する。もう二度と、おまえの前に現れない』
『そうしろ!!!! 帰れ! あんたの顔なんて、もう二度と見たくねえんだよ!』
カルマが叫ぶ。
マキナは目を閉じると、きびすを返し、そして翼を広げる。
『……カルマ。息子を、泣かしちゃいけない、ぞ』
『うるさいうるさいうるさい! 帰れ消えろクソばばあ!!!!』
『……達者でな』
そう言うとマキナは、そのままどこかへと飛び去ってしまう。
カルマは飛び立つその金の竜に向けて、永遠と何事かを叫んでいた。
……母が冷静になったときには、リュージは泣き疲れて眠っていた。翌朝、母に土下座までされて謝られた。
リュージは気にしてないと嘘を言った。……ほんとうは、怖かったのだ。
あんなふうに、心から怒る母が、怖かった。昨日のことに触れたら、また怖い母に戻ってしまう気がしたから。
リュージは気にしないと嘘をついて、それ以降、あの金のドラゴンについて、触れないでおこうと心に決めたのだ。
……しかし、あの海神竜。
あの金のドラゴン、マキナアビスは、いったいカルマの何だったのだろうか……?
未だ、母との関係性は、判明していないままなのである。
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