111.邪竜、息子と嫁2号のラブコメを支援する【その5】
その夜。
リュージはルトラの部屋を訪れていた。
「うう……女の子の部屋、緊張する……」
ここはカルマが作った家。2階の、1室。
リュージは夜、ルトラに今日のことを謝ろうとここまでやってきた。するとルトラは部屋の中に通してくれたのだ。
……別に、部屋の外でも良かったのだが。
「お、おま……おまたせ……リュージ」
ルトラがお盆の紅茶を乗せて、部屋に戻ってきた。
床にカップを置いて、リュージの正面に、ルトラが座る。
「「…………」」
ルトラも、リュージも無言だった。
リュージはルトラの格好にどぎまぎしてしまう。
彼女は藍色のパジャマを着ていた。
男物の、飾り気のない一品だ。中性的な顔のルトラにはよく似合っていた。
顔は男っぽいのに、体つきは女の子女の子している。
細い腰や、曲線を描く内股。
そしてなにより、パジャマを押し上げる……その大きな乳房だ。
……胸の部分に、少し隆起したものが見える。リュージは見てはいけないとぶんぶん! と首を振る。
しばし沈黙が二人の間に流れる。
向こうが何を考えているか、わからない。が、動揺してるのは確からしい。視線があっちこっちに散っていた。
リュージはいつまでもこうしてはいけない、と勇気を出して口を開こうとする。
だがどうしても……気になる。
パジャマの胸の部分が。
……寝るときは、つけてないのか、って僕は何を考えてるんだっ!
「……くすっ」
リュージが葛藤していると、ルトラがおかしそうに笑った。
「どうしたの? 急にくねくねして、へんなの」
「ご、ごめん……気になって……」
「気になる? なにが……?」
「その……えっと……あの……」
なんて答えれば良いんだ。
寝るときはブラジャーつけてないんですか?
……ばかっ。女の子にそんなデリカシーのないこと言えるかっ。
「えっと……その、そうだ! ここでの生活、慣れたかなって、気になってたんだ」
ルトラは先日から、リュージたちの家で暮らすようになったのだ。
あれから少し立ったので……慣れたかどうか、気にはなっていたのだ。
「まあ、うん。慣れた。ここ……すごく快適だね。お風呂ついてるし」
「風呂ついてない宿もザラだもんね」
こくこく、とルトラがうなずく。
「風呂場は広いし、しゃんぷー? って液体の石けんあるし、湯船もおっきくて……ここ最高だよ」
頬を紅潮させてルトラが言う。
「お風呂好きなんだね」
たしかこのルトラは、朝夕二回、風呂に入るのだった。
「犬は風呂嫌いって昔聞いたことあるんだけど」
「……犬じゃないもん」
ぷいっ、とルトラがそっぽ向く。
「そう? けどやっぱりルトラは犬っぽいよ。可愛い」
「ば、バカッ……! かわ、かわいいとか言うなっっ!」
とは言いつつも、ルトラのしっぽはぶんぶんと嬉しそうに揺れていた。
会話したことで、二人の間にあった緊張が解けた。
リュージは改めて、ここに来た本題に入る。
「ルトラ。ごめんね。母さんが……迷惑かけて」
リュージがそう言って頭を下げる。
しばし、ルトラから返事がなかった。
……怒ってるのかな? と思って様子を窺う。
「…………」
ルトラが、泣いていた。
つつー……ッと頬から涙がこぼれているのに、ふこうともしていなかった。
「ど、どうしたのっ?」
リュージが慌てて尋ねる。
ハッ……! とルトラが正気に戻って「ご、ごめん……」
とようやく顔を拭く。
リュージは素早くハンカチを取り出して、ルトラに手渡す。
ありがとうとルトラは受け取って、しばらくして……。
「ごめんねリュージ」
「ううんこっちこそ。そんなに嫌だった? 母さんのこと」
「ああ……違うの。嫌だったから泣いたんじゃないの……なんというか、うん。こんなに幸せで良いのかなって……しあわせすぎて、泣いちゃった」
リュージはルトラの言いたいことがわからなかった。
ルトラが続ける。
「……アタシね、家庭環境が特殊でさ。母親しかいなくって……その母親にも問題あって……酷いことされ続けてたんだ」
ルトラが目線を落として、ぽつぽつと語る。
リュージは驚いた。
この人に、そんな過去があったなんて……。
「殴る蹴る当たり前でさ。いつも汚い言葉で罵倒されてたよ。使えないとか……不良品とか……。ご飯も出してくれなくて、生活必需品もくれなかったんだ」
「……ひどい、ほんとうに、ひどいお母さんだったんだね」
リュージは腹が立った。
友達に、そんな酷いことするなんて! と。
「もういいの。あの人とは手を切った……というか、切られた。でも……せいせいしたよ。ほっとした」
ルトラの抱えている問題は、思った以上に根が深いもののように思えた。
自分もまた、不幸を背負っている。
本当の両親の顔を知らない。捨て子だった。
けれど……ルトラと比べて、自分はなんて幸せだったのだろう。
優しい母と、かしこい母の、ふたりに、愛情たっぷりに育ててもらったから。
「それでね……なんで泣いたかってというとさ、ここでの生活が……温かすぎて、楽しすぎて……泣いちゃった。しあわせだなぁって」
「ルトラ……」
「母親が心配してデートについてくるとか、なにそれ……楽しい。そんな楽しいハプニングがここに来て毎日おきてる。本当に楽しいんだ」
ルトラが笑う。
……彼女はあまり感情をあらわにしない。
だからこそ、こうして笑っている今この瞬間が、最高に輝いて……美しく見えた。
「リュージ。アタシ……ここにこれて本当に良かった。あなたの友達に……仲間になれて……心から良かった。ありがとう、リュージ」
「……ルトラ」
ルトラの悲しい表情と、笑っている今の顔が、リュージの心を揺さぶる。
……守ってあげたい。そう思った。
彼女のそばにいたい。そうも思った。
「ルトラ。これからたくさん、楽しいことしようよ」
リュージは彼女の目をまっすぐ見て、言う。そして……笑いかける。
「冒険だけじゃない、今日みたいに買い物もいこう。いろんなもの見て、いっぱい楽しいことしよう」
リュージは笑いかける。
「楽しいことで思い出をたくさん埋めようよ。そうすれば……いつか辛い日々もあったねって、笑える日が来るよ」
だから、とリュージは続ける。
「これからも……その……よろしくね」
「リュージ……」
潤んだ目でルトラが自分を見る。
泣きそうになっていたので、彼女の目元を、指で拭った。
ルトラがうなずく。
そしてまた、晴れやかな笑みを浮かべた。
「ありがとう。……やっぱり、大好きっ」
え……っと目を丸くするリュージ。
彼女は嬉しそうに笑う。頬を赤く染めていた。だがしっかりとこっちを見てくる。
「あ、あり……あり……ありがと」
非常に照れくさかった。
どう答えて良いのかわからなくて、とりあえず頭をかいた。
するとまたルトラが、リュージの慌てっぷりを見て笑ってくれた。
……ああ、笑っている彼女は、きれいだなと思うリュージであった。