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110.邪竜、息子と一緒に街へ買い物にいく【その6】



 息子がチェキータの誕生日を祝った、その日の深夜。

 

 カルマはひとり、自宅の屋根の上にいた。

「ふぅ……やっとあの無駄肉女、帰りましたね」


 やれやれ、と首を振るカルマ。


「まったくりゅーくんは可愛くて最高に優しくて最高に大好きだけど……あんな女にまで優しくする必要ないのに……」


 と文句を垂れていたそのときだ。


「かーるま♡」


 ふにゅんっ♡ と背中に無駄に柔らかな物体が押しつけられたのだ。

 振り返らずとも、誰がそこにいるのか、カルマにはわかった。


 大きくため息をついて言う。


「まだいたんですか。とっとと失せろ」

「まぁひどい。お姉さん悲しい。しくしく」

「はいはい、きしょいきしょい」


 カルマははふん……とため息をつく。

 チェキータは後から、カルマにしなだれかかっている。


「こんなところで何をしてるの?」

「なにも。ただ、考え事とかするときは、いつもこうしてここに来てるんです」


 と、嘘をついた。

 ここに来たのは初めてだ。

 ではなぜここに来たのかというと、むかつくが、この女を待っていたからだ。


「あらそ。……それで、お姉さんに何の用事?」

「この……はぁ……」


 どうやら無駄肉エルフには、カルマの意図が伝わっていたようだ。


「あなたが珍しく夜中に外へいくものだから、リューたちに何か見られたくない相談事でもあるんじゃ無いかって思ったんだけど」


「無駄に付き合いが長いから、無駄に意思疎通ができてほんと無駄にむかつきます」


「照れてるの?」

「どう解釈すればそうなる……ああもう、さっさと用事済ませますよ!」


 カルマはスカートのポケットから、一つの箱を取り出す。

 そしてぽいっと、後に投げる。


 そのまま風に流れてどこかへいけばいいものの、チェキータはそれをキャッチしたようだ。


「なぁにこれ?」

「…………」


 カルマは答えない。そっぽ向いたままだ。

 がさがさ……とチェキータが包みを開ける音がする。


「まぁ……これは……ネックレス?」


 チェキータが感じ入ったような声で呟く。

「あなたこういうチャラチャラしたアクセサリー好きでしょう?」


 オシャレに興味ゼロのカルマと違い、チェキータは実にしゃれた格好をしている。


 毎日違うアクセサリーをつけているくらいだ。


「素敵なネックレス……これ、どうしたの? スキルで作ったの?」

「……違いますよ。買ったんです」

「まぁ……まぁまぁ♡」


 チェキータが嬉しそうに言うと、そのままむぎゅーっと抱きついてくる。


「ありがとうカルマ。お姉さんの誕生日プレゼントね、これ?」

「…………うっさい」


「ちゃんと誕生日覚えてて、しかもプレゼントまで用意してくれていたのね?」

「……いちいち確認しないでくださいよ」


 恥ずかしいじゃないか。

 まるで自分が、この女のことを好きなようではないか。だから素直にカルマは答えなかったのである。


「カルマ……ありがとう」


 むぎゅっ、とチェキータがまた強くハグしてくる。

 背中に少し、温かな何かを感じた。


「ば、ばかあなた何泣いてるんですかっ?」

「……ごめんなさい。嬉しくって、つい」


 余り胸の内をさらさない、何考えているのかわからないこの女が。

 珍しくないている。


 そのことにカルマは動揺した。

 どうすればいいのかわからなくて……カルマはチェキータの背中に腕を回すと、その背をぽんぽん……と優しく撫でた。


 昔この女にしてもらったことだ。

 悲しいときに、こうして優しく撫でられると、気持ちが安らぐのだと。


 ややあって、チェキータが泣き止む。


「ごめんなさいカルマ」

「別にいいですけど……どうしたんです? あなたが泣いてるところ、初めて見ましたよ?」


 その声音に心配する色が混じっていることを、カルマは意識していなかった。


「……なんでもないの。ただ……本当に、心から……」


 きゅーっと、チェキータが、カルマのあげたネックレスを、大事そうに胸に抱く。


「あ、そ、そうですか……」


 カルマは、まんざらでも無かった。

 そこまで喜んでくれるとは、思ってなかったからだ。


「カルマ。本当にありがとう」


 チェキータがカルマの肩に、頭を乗せてくる。


「……だいすきよ」

「ふん……」

「ねえ、お姉さんにも言ってくれない?」

「……いやです。私が好きなのはりゅーくんだけなので」


「ちょっとくらい良いでしょう?」

「ダメに決まってます。好きって言葉は特別なんです。そう簡単に口にしてはいけないのですよ」


「その割にリューに安売りしてるじゃないの」

「りゅーくんにはいいんです」


 軽口を言い合いながら、よく晴れた夜空の元、二人は並んで座る。


「もうすぐ年が暮れるわね」

「そうですね……ウルトラ楽しかったので、ウルトラマッハでした今年は」


「なにそれ……。まあでも、お姉さんもかな。ウルトラマッハで一年が過ぎてたわ」

「ぱくるんじゃないですよ」

「いいじゃない♡ だってあなたが好きなんですもの♡」


 チェキータは嬉しそうに笑うと、つんつんとカルマの脇腹をつつく。


「ねえ、カルマ。どうしても言ってくれない? ……お姉さんのこと、嫌い?」

「…………」


 チェキータが切なそうに言う。

 カルマは躊躇した。

 愛する息子にだけ言うことばを、こいつに使うのに……激しく抵抗がある。


 だが……まあ、今夜だけは。

 この日この瞬間だけは……許してやろう。

「……嫌いじゃなく、なくも、ないですよ」


 カルマのセリフに、チェキータが「素直じゃ無いんだからなぁ」と嬉しそうに笑う。

 その目の端に、また涙がたまっていた。


「……ありがとう。お姉さんも、あなたが大好きよ」

「…………ふんだ」


 その後二人は、朝までそうして座っていた。

 どちらもその場から、立ち去ろうとしなかった。


 ふたりは昇る朝日を見た後、どちらからともなく立ち上がり、その場を後にしたのだった。


 そんなふうに、チェキータの誕生日は、過ぎたのだった。

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