110.邪竜、息子と一緒に街へ買い物にいく【その4】
リュージはチェキータの誕生日プレゼントを、母と一緒に見て回った。
あちこち物色し、昼頃。
リュージはカルマとともに、繁華街入り口付近のオープンカフェへとやってきていた。
道沿いの壁を取り払い、日差しや風が店内に入るよう設計された喫茶店である。
天気が良かったこともあり、リュージたちは外の席でランチを楽しんだ。
食後。リュージは温かいお茶を飲んで、ほっ……と一息ついた。
「きゃ~~~~~~~~~~♡ 息子がお茶を飲んでる~~~~~~~~♡ かわいいよ~~~~~~~~~~♡ こっち向いて~~~~~~~~~~~~~♡」
カルマは【かめら】という異世界の道具を作り出し、バシャバシャとシャッターを切っていた。
どうやら異世界の映像記録装置だそうだ。母はこういう変わったものを作るときがある。
「か、母さん恥ずかしいから止めて……」
美女が地面にズサーっと横たわり、見上げるようなアングルで写真を撮っている。
目立つのはしょうがない。
リュージは母を立たせて、席に座った。
「ふぅ……良い写真が撮れました。あとで現像しようっと。ぬへへ……♡ りゅーくんアルバムにまた一枚素敵な写真が増えました……♡」
母が何を言っているかさっぱりわからなかったが、まあ楽しそうだからいいとした。
お茶を飲んで一息つくリュージ。
「いっぱい買ったねぇ……」
母の左右となりには、山のようにプレゼントの箱が積まれている。
これらすべてチェキータへの贈り物……では、もちろんない。
「久しぶりに息子とおでかけですもの! 楽しまないと損ですよ!」
母がリュージ、シーラ、孫たちに買ったプレゼントである。
店へ行くたび「これいい!」「これはシーラに!」「こっちはバブコとルコに!」と山のようにものを買っていったのだ。
ちなみに資金は、この間母がリュージの体に入っていたとき、冒険者として稼いだお金を使っていた。
魂交換時での、冒険者の稼ぎを、リュージは受け取らなかった。だってそれは母が頑張って稼いでくれたから。自分がもらうのはダメだと思ったのだ。
母は全額リュージに渡そうとした。息子に説得され、渋々と了承したのである。
母はその金を余すところなく使っていた。おそらく貯蓄はないだろう。
「結構いろいろ回ったね。おかげでいいのが買えたと思う」
リュージは小さな包み紙を手に取って言う。
さっき宝石店で買った包みだ。
「どんなものでも、りゅーくんがあげればそれは国宝です。あの女も喜んで受け取るでしょう」
「どんなものでもじゃダメだよ……。けど、母さんのおかげですごい良いの選べたよ。ありがとう、母さん」
「ぬぅうん……息子が褒めてくれてる……最高に嬉しいのに、素直に喜べない自分がいるぅ~……」
カルマがぬわーー! と頭を抱える。
「どうして素直に喜べないの?」
「だって褒められている理由があの女のプレゼントだから……」
ぬぐぐ……ともだえる母。
それを見ながら、リュージはふと疑問を口にした。
「そういえば母さんって……いつからチェキータさんと知り合いなの?」
カルマはチェキータの好みを、よく知っていた。
スカートよりズボン派。お茶よりコーヒー。装飾品は地味なものよりはきらびやかなものが好き。
チェキータの趣味嗜好を、カルマは熟知していた。それがプレゼント選びに、すごく参考になったのである。
相手を、熟知していると言うことはそれだけ付き合いが長いと言うこと。では具体的にどれくらいなのか……?
「結構昔からですね」
「結構と言うと?」
「邪神王を取り込んだのが115年前なので……まあそれくらいから」
カルマが心底嫌そうにしながらも、息子の頼みだからか、素直に答えてくれる。
「100年以上も一緒にいるのに……どうしてそんなに毛嫌いするの?」
「まあ……100年以上一緒といっても、最初の方はあの女と余り関わりなかったですね」
「どうして?」
「…………」
母が目を泳がせる。口を開いて、閉じて、開いてを繰り返す。
暗い表情の母を見て、リュージはすぐに察した。辛い過去があったのだ。
「ごめんね、母さん。無理に教えてもらわなくって良いから」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうりゅーくん」
母はお茶をすすって、一息ついて言う。
「当時のお母さんは、ちょっと荒れてました。邪神を倒したあと、人々からは感謝されましたが……一部の人間たちからは、迫害を受けていました」
「迫害……?」
ええ、とカルマがうなずく。
「端的に言えばこういう主張です。……世界を破壊するほどの邪神。それを倒したあのドラゴンもまた危険分子だ。排除すべきだ……と」
当時の人たちの主張に、なんて酷いんだ! とリュージは憤った。
母は世界を救ったのに、どうして世界を救った母が糾弾されないといけないのだろうか。
だが同時に、人々の気持ちも理解できた。確かに邪神レベルで強い存在が、消えたわけじゃないのだ。人々の不安は、依然残ったママなのだろう。
「まあそんなふうに人からも同族からも迫害されましてね。ちょっとお母さん荒れてたんです。だからあのアホエルフは、まあああいう性格でしょう? 向こうから結構声かけてくれていたのですが、お母さんがつっぱねてました」
チェキータは世話好きな女性だ。
心に傷を負ったカルマを、放っておけなかったのだろう。
「お母さん、最初はあのエルフをまったく信用していませんでした。うさんくさいし。王が送り込んだ暗殺者なんじゃないかって……遠ざけてたんです。その状態が数十年ですかね、続いてました」
その間チェキータはカルマと友好を深めようと、何度も何度も、コンタクトを取ってきたらしい。
だがそのたびカルマは、チェキータに冷たく、そして酷く当たっていたそうだ。
「あの女も不思議なやつです。あそこまで長く邪険に扱われていたのに、私の前から絶対にいなくならなかったんです。変なやつです」
当時の光景が目に浮かぶようだった。
いつものように笑顔で近づくチェキータ。それをつっぱねる母という図である。
「長く付き合っていくうちに、まあ悪気のない女だとはわかったのですが……わたしは態度を変えはしませんでした」
「どうして?」
「まあ……きっかけがなかったんです。今までつっぱねていった相手と、急に仲良くするのもおかしいかなって」
話を聞く限りだと、後期はだいぶチェキータへの敵意は薄れいていたらしい。
だが確かに母の言い分はわかる気がする。がらりと関係性を変える難しい。きっかけがなければ……。
「でも……じゃあきっかけがあったんだね」
「ええもちろん!」
ぱぁ……! と母が明るい笑顔でうなずく。
なに……? と聞く前に、母がむぎゅーっとリュージを抱きしめてきた。
「わたしの前に、天使が舞い降りたんですよ!」
天使。つまり、リュージのことだろう。
今から15年前。
リュージは母の住む洞窟の前に捨てられていたのだ。
リュージをひろって、カルマはその日から母となったのだ。
「とは言え当時の私は、子育てのことなんてなにもわかりませんでした。なにせドラゴンですし、人間の子供の育て方の知識も経験もありません」
カルマがリュージを離す。
母はむっとしながら続ける。
「それで困っていたら……あの無駄肉女がでしゃばってきて、まあ……いろいろと教えてくれたんですよ」
チェキータは長く生きるエルフの一族だ。
いろんなことを知っていたらしい。
おしめの替え方、ご飯の作り方……それらすべてを、チェキータからレクチャーしたのだそうだ。
「りゅーくんを通して、あの女と少しずつ交流を持つようになった……で、今に至る感じです」
「そっか……そうだったんだね。僕が……」
「ええ。あの女とお母さんを、りゅーくんがつないでくれたんです」
母は複雑そうな表情をしていた。昔を懐かしんでいるような感じでもあり、嬉しそうでもあったが……素直に喜べないような、そんな表情だ。
「あの女の好みは、りゅーくんが来る前に聞いた話ですね。べらべら一方的に語るんですよ、あの女。うるさいったらありゃしないです」
そっぽ向きながらも、カルマは饒舌だった。
リュージはそこに、悪感情はないように思えた。
「ごめんなさい、りゅーくん。つまらない話をして」
「そんなことないよ。チェキータさんと母さんが、どうして仲がいいのか知れて……嬉しかった!」
リュージがニコッと笑って言う。
カルマが顔をしかめる。
「いえ……りゅーくん、お母さん決してあの無駄肉とは仲良くないのですが……」
ぶつぶつと文句を言っていたが、リュージにはわかっていた。
チェキータのとの過去を話すときの母、楽しそうだったということを。
母はチェキータを憎からず思っているのだ。
その証拠に……リュージは知っている。
あのたくさんのプレゼントの山の中に、本当のプレゼントがまぎれていることを……。
「どうしました?」
「ううん、なんでもない。用事も済んだし、そろそろ帰ろっか」
「のんっ! もっと遊んでいきます! これは決定事項です!」
母が子供のように駄々をこねる。
結局リュージは、日が暮れるまで、母と一緒に親子デートを楽しんだ。
そして……チェキータの誕生日、当日を迎えたのである。
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