110.邪竜、息子と一緒に街へ買い物にいく【その1】
それは魂交換騒動が収束し、数日が経ったある日のこと。
夕食後。
拠点であるカミィーナの、自宅のリビングにて。
「母さん。僕と一緒に……買い物に付き合って欲しいんだ」
テーブルを挟んだ向こう側に座る、黒髪美女に向かって、リュージはそういった。
目の前にはとてつもなく美しい女性がいた。
流れるような黒髪。
ぱっちり大きな黒目。
体のラインにはメリハリがあり、手足はすらりと長い。
美の権化としか表現できない、この黒髪の女性こそ、リュージの母【カルマ】だ。
「…………ぱーどぅん?」
カルマが目を丸くして、そんな変なことを言う。
「ぱーどぅんって?」
「もう一回いってりゅーくん大好き超愛してるって意味です」
たぶん違う。
けれどもう1度というので、リュージは改めて言う。
「明日、僕と一緒に……街へ行って、買い物に付き合って欲しいんだ」
リュージは自分の要望を母に伝える。
カルマは、ふぅ……っとため息をつく。
「母さん? どうかな?」
「…………」
母は無言で立ち上がる。
すたすたとリビングを出て行く。
リュージはどうしたのだろうか、と母の後を追う。
外には、キレイな夜空が広がっていた。
真上にはまんまるとした月が浮かんでいる。
カルマは家から出たあと……グッ、と手のひらを天に向ける。
「母さん?」
不審がるリュージをよそに、空に手を向けていたカルマが……。
「ぬ゛ぅうううううううううん!!!!」
何かをつかむようなジェスチャーをして、思い切り、地面に向かって腕を振る。
すると……。
ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
「わ、な、なに!? 地震!?」
激しい地面の揺れを感じた。
だが次の瞬間には、収まっていた。
母に何をしたのか尋ねようとした……そのときだ。
「……え!? あ、朝になってる!?」
なんと、太陽が昇っているではないか。
青空にさんさんと照りつける太陽が浮かんでいる。
つい数秒前まで夜だったのに、一瞬で朝になっていた。
いったいなにがどうなっているんだ……と困惑していたそのときだ。
「りゅーーーくーーーーーん!!!!!」
最高の笑みを浮かべたカルマが、リュージに抱きついてきたのだ。
「わぷっ」
そのままの勢いで押し倒される。そのままむぎゅーっと強烈にハグされた。
「はぁああああああああん♡ りゅーくんが! お母さんの愛しの最高の愛の天使りゅーくんが! 自分から! 自ら! お母さんとお出かけしたいってさそってくれたよぉおおおおおおおおお! はぁああああああああああん♡ うれしいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
母が超絶笑顔で、むぎゅむぎゅーっとリュージをハグする。
甘い香りと、とてつもなく柔らかい感触が、リュージに襲いかかる。
だがチェキータにされるときと違って、クラクラとしなかった。
それはひとえに、このドラゴンが自分の母だからである。
異性とは思えないのだ。
「今日はウルトラらっきーでいです! 宇宙誕生したその日よりも数兆倍素晴らしき日! 国民の休日……いえ! 全宇宙の休日に設定するべき最高の日であるとお母さんは高らかに宣言しますーーーーーー!」
「わ、わかったから母さん、落ち着いて」
「こーーーーーーーれが落ち着いてられますかぁあああああああああああぁああああああああああん♡ もうお母さん明日が待ちきれなくなって地球を念動力で無理矢理動かして強制的に朝にしてしまいましたよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
母のいっていることを1ミリも理解できないが。
おそらく母のせいで、夜が朝になってしまったことだけはわかった。
「母さん! 周りに迷惑かけないで! 夜に戻して!」
「おっけー! りゅーくんのためならえんりゃこーらですよ!」
カルマはリュージの拘束をとくと、また「ぬ゛ぅうん!」と腕を振った。
するとどういう理屈か、また朝が夜へと戻った。
ほっとするリュージ。
興奮する母を連れて、家に戻る。
外で話すと近所迷惑になるからだ。
リュージたちはリビングへ戻った後。
「それでそれでっ? 明日は何を買いに行きますっ? お洋服っ? おもちゃっ? それともおしめですかー?」
先ほどよりも笑顔で、カルマがリュージに尋ねてくる。
「だから子供扱いしないでって……赤ん坊じゃないんだから……」
はぁ、とため息をついた後、リュージは言う。
「明日、プレゼントを買うの、手伝って欲しいんだ」
「ぷれぜんと? りゅーくんの誕生日は半年以上先ですが?」
なぜプレゼント=息子の誕生日になるのだろうか……?
「違うよ」
「ではだれの誕生日プレゼントを買うのです? シーラ、ルトラ? ルコとバブコはついこの間うまれたばかりですよ?」
はてと首をかしげるカルマ。
……この母は、わざと当てないようにしてるのでは?
「違うってば。いるでしょう、もうすぐ誕生日の人が」
「えーお母さんの知り合いにそんな…………………………」
言われ、カルマが苦い顔をする。
どうやら心当たりがあったようだ。
「……まさか、あの無駄肉エルフですか?」
心底嫌そうに、カルマが尋ねる。
「チェキータさんでしょう? もう……母さんはいっつもチェキータさんのこと、変呼び方するんだから」
チェキータとはカルマの【監視者】をしている、エルフの女性のことだ。
彼女は女王の命令で、最強邪竜であるカルマアビスを見張る任務に就いている。
また監視だけでなく、リュージに常識や勉学を、カルマには助言を与えてくれる。
監視者と言うよりは、指導者に、そして姉に近い存在である。
リュージにとってチェキータは、身内のような人なのだ。
「チェキータさんの誕生日は来週でしょ。だからプレゼント買いたいんだ」
「まぁ……確かに12月1日は、あのエルフの誕生日でしたね」
顔をしかめてカルマが言う。
だがリュージは微笑んだ。
なんだかんだいって、チェキータの誕生日を、母が覚えていたからだ。
「いつもは感謝の言葉だけだったけど、今は冒険者としての稼ぎもあるし。だからプレゼント買いたいんだけど、僕、チェキータさんが何もらって嬉しいかわからないからさ」
「だからお母さんに助言を……と? 別にお母さんに頼らずとも良いのでは? いえプレゼントをりゅーくんと買いに行くのはやぶさかではないのですが……」
むぅ~~~~っとカルマが不満そうに言う。
どうやら買い物へはいっしょに行きたいけど、目的がチェキータのためというのが気に入らないようだった。
「せっかくのりゅーくんとの街角デートが、あのおせっかいエルフの誕生日プレゼントを買いにいくためなんて……」
ぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向くカルマ。
「お願い母さん。母さんしか頼める人いないんだ」
リュージは子供でしかも異性だ。
大人の女性が喜ぶものがわからない。
それにカルマとチェキータは付き合いが長い。あのエルフお姉さんの趣味嗜好を、知ってるだろう。
「……お母さん、しか?」
ぴくり、と母が反応する。
「そうそう。母さんだけが頼りなんだ」
「お母さんだけが……たより? オンリーマザー?」
ぴくぴくっ、とカルマが嬉しそうに肩を揺らす。
「母さん、お願い」
「しかた……ないですねぇー!」
くるっとカルマがこちらを見やる。
ぺっかー! ととても良い笑顔を浮かべていた。
「息子の頼みでしたら! たとえ火の中水の中草の中森の中ですよ!」
がたり、とカルマは立ち上がって言う。
「ええ、いいですとも! 愛する息子のために、たとえ嫌なことでも進んでするのが母というもの!」
どうあってもチェキータの誕生日を祝うのは、カルマにとって好ましくないことであるようだった。
だがリュージは知っている。母は、心からチェキータのことを、嫌っていないと言うことを。
その証拠に、この最強お母さんは、自分が本当にしたくないことは、絶対にしない主義なのだ(息子の冒険について行かないこととか)。
「ありがとう、母さん。それじゃあもう遅いし、今日は寝るね」
「あーん、明日が待ちきれない~。もう一回念道力で朝にしちゃダメ?」
「ダメだよ。じゃあね、お休み」
かくしてリュージは、チェキータの誕生日プレゼントを買うために、母と街へ出かけることになったのだった。
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