109.邪竜、日常に回帰する【中編】
リュージたちが家に帰った一方その頃。
監視者のエルフ、チェキータは、王都にやってきていた。
王都の地下にある研究室。
培養カプセルが立ち並ぶ、陰気くさい部屋の中を、チェキータが歩く。
ややあって研究室の最奥に、ひとりの女性が机に向かって書き物をしていた。
「メデューサ」
チェキータがその女に向かって言う。
言葉にはとげが含まれていた。
いつも余裕ある笑みを浮かべる彼女が、珍しく怒っていた。
「あーらデルフリンガー。ワタクシに何かようかしら?」
机の前に座っていたのは、メガネをかけた白髪の女だ。
真っ赤な目をしており、肩には白蛇が、ストールのように巻き付いている。
ニタニタ……と気味の悪い笑みを浮かべながら、メデューサがチェキータを見上げる。
「あなたに言いたいことがあってね」
「くふっ♡ なにかしらぁ?」
「…………そのしゃべり方やめてちょうだい。腹が立つわ」
「あらそぉお? じゃあもっとこういうしゃべりかたしてあげるわぁ」
くふっ♡ と粘ついた笑みを、メデューサが浮かべる。
チェキータがため息をついて言う。
「……あなた、ルトラを使って、リューに何をするつもりだったの?」
チェキータはルトラとこのメデューサとが繋がっていることを看破した。
魂交換を使ったのは、メデューサに命令されたルトラだった。
見破った後、魂交換をチェキータは王都へと取りに行った。
だがメデューサは不在で、研究室には魂交換しか残されていなかった。
メデューサに聞きたいことは山ほど合った。
だがそれよりもリュージたちの身に危険が迫っていた。
ゆえにメデューサへの言及ができず、今に至る次第だ。
「くふっ♡ あらあらそんなの決まってるじゃないの。【仕事】よ【仕事】」
メデューサが実に楽しそうに笑う。
立ち上がって、チェキータに近寄ってくる。
「どこかの誰かさんが【仕事】を大いにサボるせいで、一向に世界が平和にならないじゃない。だからワタクシが働いているのよ。世界平和のためにねぇ」
するり、とメデューサがチェキータの肩に手を回してくる。
バシッ! と強めにその手を払った。
「あらあら。ワタクシとはもう仲良くしてくれないの?」
「気安く触らないでちょうだい。……不愉快だわ」
チェキータがメデューサから距離を取る。
白髪女はクスクス笑って、イスに腰掛ける。
「ねぇデルフリンガー。前から思ってたけれど、あなたちょっと【ラストナンバー】に肩入れしすぎよぉ?」
メデューサがポケットからシガレットを取り出して、火をつける。
「あなたは王に気に入られているから容認されているけど、本来ならあなたの行為は【計画】の妨げをしているに他ならない。その自覚はおありかしら?」
「…………」
メデューサがシガレットをくわえて、ぷはぁと煙を吐き出す。
不愉快極まる匂いだった。
「ま、良いわぁ。結果的に【ラストナンバー】は自分の仕事をしっかりこなしてくれているし。さすがね。あの【失敗作】とは大違いだわ」
「……あなた」
喉の奥から、絞り出したような声ができた。
怒りに声が震えていた。
「自分の娘を、言うに事欠いて失敗作なんて言い方して、良いと思っているの? かわいそうだとは思わないの?」
チェキータは子どもをそんな風に、道具のように呼んだり扱ったりするのが容認できなかったのだ。
メデューサはニタァ……と笑って、うなずく。
「もちろん、良いと思っている。かわいそう? なぜ失敗作に同情なんてしないといけないのかしら?」
メデューサは真顔でそんなことを、いいのけた。
「あの【失敗作】はワタクシの血肉を培養して作ったワタクシの作品よ。所有物といっても良い。ならワタクシがどう扱おうと自由でしょう? 違って?」
「……違うに決まってるでしょう!?」
チェキータはメデューサを怒鳴りつける。
メデューサに近づき、胸ぐらをつかんでひねりあげる。
「あらあら怖い怖い。何をそんな本気になってるのかしら?」
「子どもは大人の道具じゃない! そんなこともわからないの!?」
メデューサは、いっさい悪びれた様子もなかった。
チェキータをまっすぐに見て、こう言った。
「言葉を返すようだけど、そんなことも、あなたは、わから【なかった】の?」
「ッ!」
チェキータは、手を離す。
それは、一番言われたくないことだった。
心にささった、とげだったからだ。
「くふっ♡ かわいいわね、デルフリンガー。そうよね、そのセリフは、一番自分が言われたくないセリフよね? だってあなた……」
「うるさい!」
珍しく感情的なチェキータは、ドンッ……! とメデューサを突き放す。
ふぅふぅ、と深呼吸して、息を整える。
「とにかくもうリューたちに関わらないでちょうだい。あの子たちは自分たちの人生を生きている。それを邪魔する権利はないわ」
「もし仮に邪魔したら……あなたはどうするの?」
チェキータは無言だった。
無言で、剣を取り出し、メデューサの首筋にぴたりと当てる。
「あらあらいつ剣を取り出したのかしら。まったくもって見えなかったわぁ。さすが腐っても元【剣鬼】」
「……昔のことをいちいち掘り返さないでちょうだい。むかつくわ」
「あらそう♡ ならたっくさん掘り返しちゃいましょう♡ あなたの不快にゆがむ顔、ワタクシ大好きなのよ♡」
気持ちの悪い女だ。
チェキータは剣を構えたまま動かない。
やがて観念したように、メデューサが両手を挙げる。
「しょうがないわね。可愛いあなたの頼みですもの。わかったわ。あの子たちから手を引きましょう。あの失敗作にももう干渉しないわ。捨て置くことにする」
子供を失敗作呼びすることを、チェキータは腹立たしく思った。
「……わたしが、あなたの言葉を信じるとでも?」
「信じる信じないはどうぞご自由に。少しでも不審な行動を取っていると思ったら、ワタクシの首をはねれば? 暗殺にたけたあなたなら、容易いことでしょう?」
チェキータは隠密の術の心得がある。
何も無いところから煙のように現れることができる。
くわえて達人レベルの剣術を持つ。
しかしこいつの首を撥ねないのは、こいつもまた王の命令で働く人間の一人だからだ。
チェキータは剣を納める。
「とにかくもう、リューにもルトラにもかかわないでちょうだい」
「了解よデルフリンガー。これで気が済んだ? ほら、早く愛しい邪竜たちとぬるい家族ごっこでもしにいけば?」
「!」
チェキータが剣を投擲する。
メデューサは一歩も動かなかった。白髪女の顔面真横に、剣が刺さる。
死に瀕したというのに、メデューサは毛ほども動揺していなかった。
それどころか、楽しそうですらあった。
「はぁああ……♡ いいわぁ……♡ あなたの怒った顔、最高にキレイよ……デルフリンガー。昔に、【剣鬼デルフリンガー】に戻ったようだわ」
「……やめて。その称号も、その名前も、もう捨てたわ」
それだけいって、チェキータはきびすを返す。
とりあえずリュージとルトラたちの安全は、ひとまずだが確保された。
もっとも、この女の言葉は、まるで信用できないが……。
「じゃあね、剣鬼デルフリンガー」
「…………」
最後の最後まで、不愉快なやつだ。
チェキータは早足でその場から消えた。
……早く、愛しい彼女たちの元へ、いきたかった。
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