108.邪竜、吸血鬼と再戦する【後編】
カルマは邪竜の姿で、吸血鬼と息子のいる、影の世界へとやってきた。
眼下には愛する息子がいて、母を見上げている。
カルマは息子の無事が嬉しすぎて、涙を流しそうになる。
だがその前に、変身を解く。
「りゅーくーーーーーーん!」
人間の姿になったカルマが、愛しい息子の胸に飛び込む。
「わぷっ」
「あーーーーーーりゅーくんりゅーくんりゅーくん良かった会いたかった会いたかったよぉおおおおおおおおおおおお!」
ふえーん、とカルマが子どものように泣く。
息子はよしよしと母の頭を撫でてくれた。優しさに震えるカルマである。
カルマがえんえんと泣くその一方で、吸血鬼は瞠目していた。
【ばかな……ありえぬ……ここは……誰も外から入れぬ、我の支配領域だぞ……?】
呆然と呟く吸血鬼。
【しかも外では魔法もスキルも使えない……邪神王! 貴様いったいどうやった!? どうやって、我が影の世界へ侵入した!?】
憤る吸血鬼をよそに、カルマがすっ……とリュージから体を離していう。
「ハッ……! あなたの質問に答える義理はない」
「母さん、いったいどうやってここに来たの?」
「それはですねりゅーくん!」
冷たい表情から一転、にっこにこしながら、カルマが息子に言う。
「空間を切り裂いて、ここへやってきたのですよ?」
「空間を……切り裂く?」
ええ、とカルマが首肯する。
「お母さんの本来の姿……邪竜の爪は、万物を切り裂く特別な爪なのですよ」
あらゆるものを切り裂き、命を刈ることのできる最強の爪が、カルマには備わっているのだ。
「その爪で空間を切り裂いたわけです。影の世界とやらの領域を、ずばーっと」
爪は邪竜の持つ体の1部だ。
魔法でも無ければスキルでも無い。
だから【魔法・スキル無効化】のまじないの、効果の範囲外だったのだ。
【ばかな……ありえぬ……なんだ、その雑な方法は。そんな方法で……我の完璧なる影の世界を、切り裂いただと……?】
吸血鬼は、カルマのしたことに対して、信じられていないようだった。
一方で、リュージはというと……。
「母さんは、やっぱりすごいや」
リュージは母を見上げながら笑う。
そこに驚愕はなかった。いつも通りの、彼がいた。
そこには、確かな信頼のような物があった。
「僕、信じてたよ。母さんが……絶対に助けに来てくれるって」
息子が、そんな嬉しいことを言ってくれる。
カルマはさめざめと泣きながら、リュージに全回復の魔法をかけて、きゅっと抱きしめる。
「ごめんね、りゅーくん……」
「どうして、母さんが謝るの?」
「だって……あなたの体を、ボロボロにしてしまいました。お母さんの命よりも大切な、りゅーくんの体を……こんな……」
するとリュージが、笑って首を振る。
「気にしないで。ほら、母さんの魔法のおかげで、元通りだもん」
「しかし……」
「母さん。僕の方こそ、ごめんね」
息子が暗い顔をして、謝る。
「なぜりゅーくんが謝るのですか!? 大罪を犯したのはお母さんではないですかっ!」
「ううん……違うんだ。僕が、僕の体が、弱くってごめんね。そのせいで、吸血鬼の攻撃いっぱいくらって……痛かったよね?」
カルマは思った。
ああ、なんて……なんて、優しい子だろうか、と。
体が入れ替わっている間、戦っていたのはカルマだ。
リュージの体では、吸血鬼に致命傷を負わせられなかった。
何度も攻撃を受けた。確かに痛みはあった。だが全然へいちゃらだった。
……なのに、息子は、母が傷ついたことを、気にしてくれる。母が、自分のせいで、傷ついたと思ってくれている。
「違う……違うよりゅーくん」
カルマは温かな涙を流しながら、優しい息子の頭を撫でる。
「あなたが気に病む必要はありません。あなたは弱くない。とっても強い子。お母さんの……強くて格好いい、自慢の息子ですよ」
カルマは息子と暮らして、最近徐々にわかりかけていた。
本当の強さは、腕っ節の強さではない。
息子や、その恋人が持つような、他者を慈しむ心を持った者こそが、強いのだ。
「りゅーくん……ほんと大好き。世界一好き」
「母さん……」
そんなふうに、息子への愛おしさを再認識していた……そのときだ。
【我を無視するとは……良い度胸だなぁああああああああああああああ!!!】
茫然自失の体だった吸血鬼が、正気を取り戻したようだ。
血走った目で、カルマたちをにらみ、そして幾千もの血の槍を降らす。
ずぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………!!!!!!
血液の槍が、雨あれらとなりて、カルマたちに押し寄せてくる。
カルマは息子を胸に抱く。
そして、左手を差し出す。
「消えなさい」
ばぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!
左手に宿った黒い雷が、辺り一面にほとばしる。
黒雷が瞬いたその瞬間、無数の血の槍が、いっせいに消し飛んだのだ。
【な、なんだそれはぁ……!?】
「万物破壊のスキルですよ。ここはあの場と違って、まじないが効いてないのですね。だからスキルが普通に使えました」
万物破壊。それは、邪神王を倒して得た、カルマの最強のチカラ。
ふれたものすべてを破壊しつく、滅却の雷。
【ばかな……あの数の槍を……一瞬で……】
吸血鬼は彼我の力の差を思い知り、また自失していた。
「さて……では帰りましょうか、りゅーくん」
【まて! 逃がさぬぞぉおおおおお!】
吸血鬼が立ち上がる。
カルマは冷めた目で振り返る。
【ここを貴様らが出たとして! 我は一生つきまとうぞ! なにせこちらは不死の化け物! 先ほどの万物破壊でも我は殺せぬ! なぜならぁ……! 我が不老不死だから、完全なる強者だからだぁぁあああああああああああぶびゃひゃひゃひゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!】
吸血鬼は狂っていた。
仕方の無いことだろう。
彼は今、自分が死なないという点でしか、邪神王に勝てていないからだ。
さてカルマというと……。
「ま、そうですね。あなたは殺しても死なない」
【そうだぁぁあああ!】
「ですが……倒せないわけはない」
カルマが、まっすぐに吸血鬼を見て、堂々と宣言する。
【ハッ……!? どうやって殺すんだよぉ……? なぁ、不死の化け物を、どうやって貴様は殺すって言うんだぁ?】
吸血鬼がケタケタと笑う。
カルマはそれを無視して、邪竜へと変身する。
ずぉおおおおおおおお…………!
邪竜の爪で空間を切り裂く。
【りゅーくん。先に外出てて】
「わかった……母さんは?」
【大丈夫。お母さんにお任せあれ!】
カルマが自信たっぷりに言う。するとリュージは、ニコッと笑った。
「わかった。無茶しないでね、母さん」
【りゅーくん、それこそ無茶というものです】
楽しそうにカルマが返す。
そう、無茶をしなかったことなど、カルマは母となってから一度も無かった。
息子が影の世界の外に出る。
カルマは人間に戻り、その後に続く。
【まてぇやぁ! 逃がさぬぞおおおおおおおおおおおお!】
吸血鬼がカルマに向かって、弾丸のように向かってくる。
それに対して……カルマは、空間の裂け目の外から、腕だけを影の世界の中に入れた。
カルマの右腕だけが、吸血鬼の領域内に入っている状態である。
カルマがスキルを発動させる。
すると右手の平に、光る球が出現した。
【なんだそれはぁああああああ!?】
「これですか?」
カルマは、答える。
あっさりと、今日の晩ご飯のメニューを答えるように。
「太陽ですよ」
カルマの答えを聞いて、吸血鬼が絶句する。
【太陽……だと?】
「そうです。宇宙に浮かぶアレですね」
【バカな……太陽は、そんな小さくはないし……それに……どうして貴様が、それを……?】
カルマははぁ……とため息をつく。
こいつに説明する義理はない。
だが後でリュージが、カルマのしていることを気にしていた。
だから息子がわかるように、吸血鬼にも説明してやる。
「私には【万物創造】というスキルがあります。万物とは文字通りあらゆるものを作れるのです。机やリンゴのような小さなものだけでなく……惑星一つ作れるし、太陽を作ることだって、造作もありません」
今カルマが出現させているのは、太陽のほんの1部だ。
「さて吸血鬼の化け物よ。おまえは確かに不死だ。殺しても死なない……だが、永遠に殺し続けたらどうなる?」
カルマのやりたいことを、吸血鬼は理解したようだった。さぁ……っと元々青い顔から、さらに血の気が引く。
【ま、まさか貴様!? この影の世界に、太陽をまるごと1つ生成するつもりだな!?】
「ええ。さすがにおまえも、太陽に沈んだ体は消滅するでしょう。しかし不死のおまえだ。体はすぐに再生する。しかしまた灼熱の炎に焼かれ体は消え……永遠におまえは、死と再生を繰り返すこととなる」
不死身の化け物をこの世から完全に消すことはできない。
「しかし終わりなき死と再生のループの中に入れてやれば、おまえは二度と、生ある物たちのもとたちの世界へは……戻れない」
【やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!】
吸血鬼が再び、影の世界の外へと逃げようとする。
徐々に、空間の裂け目が縮んでいく。
「では、ごきげんよう。哀れな不老不死の化け物」
カルマはそう言って、【万物創造】を再発動する。
完全なる太陽を生成。それは一瞬にして、影の世界を埋め尽くす。
その余波が外に出てくる前に、カルマは手を引っ込める。
空間の裂け目が、完全に閉まる。
閉まった後、影の中の世界は……太陽で埋まっているはずだ。
そしてこの影の牢獄の中で、吸血鬼は永遠に、その身を焼かれ続けるわけである。
ふぅ……とカルマが安堵のため息をつく。
くるっとリュージを見やる。
「さすがに……太陽まるごと作るとは思わなかったよ」
「そうですか? びっくりしました?」
リュージは苦笑した後、首を振る。
「ううん。もう慣れたよ」
ニコッと明るい笑みを浮かべる。
カルマはたまらなくなって、リュージに抱きつく。
「さっ……帰りましょうか、我が家へ」
「うんっ!」
カルマは、息子を連れて、その場を後にしたのだった。
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よろしくお願いします!