108.邪竜、吸血鬼と再戦する【中編】
まばゆい光包まれた後……リュージは目を開ける。
「体……戻った……よね」
リュージは自分の体を触り、母の体から、自分の体へ戻ったことを確信する。
ほっとするのもつかの間……。
【貴様は……邪神王ではないな?】
眼前には少女とも少年とも見えない人がいた。
ルトラから話を聞いている。
あれが、SSS級モンスター・吸血鬼だ。
「そうだよ。僕はリュージ……人間だ」
以前ギルドから聞いたことがある。
モンスターのランクにはS級以上になると、強さが桁違いになると。
S級(災害と同等)。
SS級(意思を持った自然災害と同等)。
SSS級(意思を持った、大規模自然災害と同等)。
つまり眼前のこいつは、地震や雷、火山の噴火レベルと同レベルの脅威であるらしい。
リュージは目に魔力をあつめ、吸血鬼を見やる。
あどけない見た目とは裏腹に、体の中に膨大な量の魔力が渦巻いていた。
まるで魔力の嵐のようだ。
ただそこに立っているだけで、吸血鬼からは痛いほどのプレッシャーを感じる。
……それでも、リュージの心は凪いでいた。
【下等なる人間よ。邪神王の魂はどこへ行った?】
「影の外だよ。魂交換を使ったんだ。今頃、母さんは自分の体に戻っている」
手のひらの中の結晶が砕け散る。
リュージは転移スキルを使って、旧マシモト城までやってきた。
そして母がいなくなった場所までやってきて、魂交換を使った。
結果、こうしてリュージたちは、自分たちの体へ戻れた次第。
【影の外だと……? 貴様はどうして魂交換など使った。なぜわざわざ死地に飛び込むようなまねをする? 非力な人間がここへ来て、いったい何ができるというのだ?】
吸血鬼がリュージを見てあざ笑う。
確かにそうかも知れない。
向こうはSSS級。こっちはC級なりたてだ。
文字通りレベルが違いすぎる。
母の体だったときと違い、今リュージは自分の、本来のチカラしか使えない。
とてもじゃないが、太刀打ちできる相手ではない。
「そうだね……なにもできないよ。僕はね」
リュージはまっすぐに吸血鬼を見て言う。
恐れは無かった。だってわかっているから。
確信しているから。
【なんだその物言いは? 誰か他のやつがこの場にでも来るとでも?】
「来るよ。僕の母さんがね」
すると吸血鬼が、愉快そうに言う。
【残念だがそれは無理だ】
いいか、と吸血鬼が続ける。
【我々が戦ったあの場には、特殊な『まじない』が施されている】
「まじない……?」
【そうだ。あの場ではいかなる魔法、スキルが使用できないよう、まじないがかかっているのだ】
なるほど……とリュージは得心する。
だからシーラが、【死霊祓】を使っても、効果が無効化されたのだ。
【くわえてこの影の領域内は、外部からは絶対に入れない空間になっている。転移スキルで入ってくるほかにないが……外では転移が使えない】
「じゃああの場以外から転移スキル使えばいいんじゃない?」
リュージは冷静に、返事をする。会話を長引かせるのだ。
時間を稼げ。それが、自分にできる最大の攻撃だ。
【ところがそうはいかん! この領域はそもそも外からの侵入を完全に防ぐのだ!】
吸血鬼は実に楽しそうに、手の内をさらす。
おそらく勝ちを確信してるのだろう。
だからタネをばらしても大丈夫だと思っているのだ。
そこには強者の余裕、驕りがあった。
眼前の弱者に対して、吸血鬼は完全に見下していた。
……自尊心は、傷つく。けれどこれで良いのだ。
今自分の非力さを小馬鹿にされて、凹んでいる時間じゃない。
【……なぜだ、人間】
吸血鬼の顔が、不愉快そうにゆがむ。
「なに?」
リュージは冷静に返す。
【貴様は今、圧倒的に不利な状況にある。武器は無く、我を倒す秘策もない。応援も望めない……だというのに、なぜだ!】
吸血鬼は牙をむいて吠える。
【なぜこうも余裕ぶる!? なにをそんなに冷静でいられるんだ!?】
そう問われて、リュージはああ……と得心がいった。
この人は、母がどんな竜か、何もわかっていないのだろう。
「簡単だよ。来るからさ」
【何が来るというのだ!?】
「僕の母さんが……最強の邪竜が、僕を助けにやってくるって」
リュージは胸を張って答える。
……結局母のチカラに頼っている自分が、情けない。けれど今そんなことを言っている場合じゃない。
己の分はわきまえている。
こいつに勝とうなんて、思っていない。勝てるとも思っていない。
しかし母は違う。
現状を打破できる力を持った、最強無比の存在が、必ずこの場に現れる。
リュージはそう、確信しているのだ。
【……ハッ! ははっ……! 何を世迷い言を!?】
吸血鬼がリュージをあざ笑う。
【先の話を聞いてなかったのか!? この空間には誰一人として、外部から侵入できぬと!】
「そうだね……けれど、母さんは違う。あの人に常識は通じない」
吸血鬼が憤怒の形相でにらんでくる。
しかしリュージは負けじとにらみ返す。
そこにおびえは無かった。
…………ぴしっ。
【なぜだ!? なぜ貴様はおびえぬ! 圧倒的強者たる我に命を請わない!?】
…………ぴしっ。ぴしぴしっ。
「だから……さっきも言ったろう。母さんは来る。僕は……」
ピシピシピシッ…………!!!
「僕は母さんが来るって、信じてるからさ!」
ぱりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!!!
……何かが壊れる音がした。
背後を見やると……【それ】はいた。
【ば、バカな!? あり得ぬ!? ここは我の支配領域だぞ!?】
吸血鬼が目をむいている。
リュージはゆっくりと振り返る。
そこにいたのは……見上げるほどの巨体を持った、漆黒のドラゴンだった。
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