108.邪竜、吸血鬼と再戦する【前編】
リュージが母救出を決意した一方その頃。
吸血鬼によって、影の中に引きずり込まれたカルマは、まだ戦っていた。
カルマが立っているのは、何もないものぐらい空間だ。
光がまるで届いてないはずなのに、自分の体と、相手の姿は見えている。
吸血鬼が血槍の雨あられを降らせる。
「らぁあああああああああ!」
カルマは剣を用いて、縦横無尽に槍を破壊する。
しかし打ちもらした血の槍が、カルマの体を貫く。
「くっ……!」
カルマは腰の袋から、水筒を取り出す。
これはドラゴンの血を薄めて作った、簡易的な回復薬だ。
これが手元にあるから、カルマは何度致命傷を受けても、戦い続けられているのである。
回復薬を飲み干すと、傷口がすぅ……と消える。
【見上げた精神力だ。何度殺されようと立ち上がるとな】
吸血鬼がカルマを見て、目を丸くしている。
肩で息をしながら、カルマは吸血鬼をにらむ。
「ぜぇ……はぁ……当たり前です。はぁ……はぁ……いったい……いったい、誰の体に、私が……入っていると思っているのですか……!」
この体は愛する息子のものだ。
攻撃を受けるたび、カルマは心から謝った。息子の大事な体を傷つけてごめんなさいと。
「この体はりゅーくんのもの……ここで私が死んだら、りゅーくんに申し訳が立たない!」
だから必ず、カルマはこの体を、息子の元へ返さないといけない。
「だから私は……負けない!」
カルマが剣をにぎりなおして、吸血鬼に向かって走り出す。
【なるほど……さすが邪神王の力を受け継いだ女だ。それにふさわしい魂を持っている……だが、無駄だ!】
吸血鬼が術を発動させる。
地面から無数の血の槍が生える。
「がッ……!!!」
【貴様が破壊した血の槍の残骸があちこちに散らばっている。それを元手に新たに槍を作った】
「らぁあああああああああああ!」
カルマは槍を切って進む。
吸血鬼に肉薄し、そして首を切り落とす。
【無駄だ】
「いいや……無駄じゃない……無駄じゃない……!」
カルマはわかっていた。
今、こいつにとどめが刺せないこと。
超再生能力を持つこの吸血鬼には、【現状】、勝てないこと。
カルマはまた剣で吸血鬼に切りつける。
【いいや、無駄だ】
吸血鬼がカルマの体を蹴り飛ばす。
カルマが吹っ飛ばされる。
ぐぐ……っとカルマが体を起こして、吸血鬼をにらむ。
【なぜだ邪神王。どうしてあきらめない。お前の目は、どうして光を失っていない】
「ハッ……! そんなこともわからないのですか……決まってます」
にやりとカルマが、不敵に笑う。
「私は信じているのです」
【信じる……? なにをだ?】
「私の愛する息子が、必ず助けに来ると!」
カルマは確信を持って言えた。
優しい息子、愛しい彼が、かならず自分のもとへやってくると。
【あんな非力な人間が来たところで、何ができるというのだ?】
「あなたは何もわかってない……。元人間のくせに、心までモンスターになってしまったんですかね」
ぐぐ……とカルマが立ち上がる。
「人間は確かに非力です。しかし弱者ではありません」
【わからんな。非力であることはつまり弱いと言うこと、弱者ということだ。弱者は死ぬ。ゆえに人間であることを捨てた我こそが強者!】
「……まったくもって間違ってます。哀れですね、あなたは」
カルマが吸血鬼を小馬鹿にするように笑う。
「モンスターは……魔物はみな同じ思想を持ってて反吐が出ます。強さとは見た目通りのものじゃない。吸血鬼になったからなんですか? ちょっと長生きできるようになったことが、そんなに嬉しいのですか? あなたは弱者のママですよ」
【うるさい……うるさいうるさい! 黙れ黙れ!】
吸血鬼が自分の心臓を、手で突き刺す。
膨大な量の血液が流れ出て、それは巨大な棺を作り出す。
【鬼術……落下椿!】
超巨大な血液でできた棺が、カルマめがけて落下してくる。
カルマは目を閉じた。
【どうした!? もう死を覚悟したのか!?】
「いいえ、違います」
カルマはわかった。
息子の魂を、すぐそこに感じていたから。
だからこのすぐ近くに、息子がいると、わかっていたから。
「我々の勝利です」
カルマが呟いた瞬間、自分の体が、強く輝きだしたのだった。