107.息子、母を救出に向かう【後編】
母が危機的状況下に陥っている、一方その頃。
リュージはカルマの体で、カミィーナにある自宅にいた。
自宅のリビングにて、バブコとともにいた……そのときだ。
どがぁああああああああああああああああああああああああん!
「な、なんじゃあぁ!?」
家の壁が吹き飛んだのだ。
すさまじい突風が吹きあれる。
リュージは慌てて結界をバブコと2階で寝てるルコにはる。
ややあって、爆風が収まった。
そこにいたのは……。
「お、オオカミ!?」
リュージが見上げるとそこには、3メートルはあろうという、巨大なオオカミがいたのだ。
うわ毛は青くゴワゴワと、した毛は白くふわふわとしている。
ピンと立った三角耳に、ふさふさのしっぽ。
そしてその凶悪そうな顔は……あきらかにモンスターのそれだった。
「なんじゃ!? 敵か!?」
「……いや、たぶん、違う……かな」
戦闘態勢のバブコに、リュージが右手を差し出して制する。
もし仮に敵だとしたら、爆風が収まるまで待ってるわけがない。
煙幕に紛れて襲ってきたはず。
それに……このオオカミからは、敵意がまるで感じられなかった。
殺気も、害意も感じられない。
『リュージ! アタシ! ルトラ!』
オオカミが大口を開けて叫ぶ。
「る、ルトラじゃと……? そんなまさか……」
「ほんとーなのです!」
すぽっ……! とシーラが、オオカミのふさふさの毛皮から出てきて言う。
「シーラ! なんでそんなところに……?」
「そんなことよりりゅーじくん! 大変なの!」
シーラはカルマの体を見て、リュージと呼んだ。どうやら魂が入れ替わっていると承知してるらしい。
「カルマさんが! カルマさんが!」
「……!?」
ドキリ、と心臓が嫌な撥ね方をした。
……嫌な予感は、見事に的中したらしい。
「シーラ。落ち着いて。母さんは大丈夫だから」
「けどっ……!」
「大丈夫。大丈夫だから、落ち着いて。ね?」
シーラの顔は真っ青だった。
よほど悪い状況にいるらしい。
リュージも動揺しまくっていた。
だがシーラをまず落ち着けることが先決だ。
……リュージは自分に言い聞かせる。
大丈夫、母は大丈夫だ……と。
ややあって、シーラが落ち着く。
母の状況を聞いて、リュージは状況を整理する。
「つまり……母さんは吸血鬼にとらわれて大ピンチってこと……だよね」
「そうなのです! しーら……しーら何もできなくて……」
シーラが自分を責めるように、涙を流す。
リュージは彼女の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。シーラが気に病むこと無いよ」
「けどっ、しーらが何もできなかったから、カルマさんはっ!」
どうやら【死霊祓】を発動できなかったことを、カルマを助けられなかったことを、すごく気にしているようだった。
リュージはシーラのことをむぎゅっと抱きしめる。
「シーラは悪くないよ。相手が強すぎたんだよ」
「けど……」
「……うん」
状況は最悪だ。
今すぐ母の元へ行かねばならない。
だが今この体で、果たしてリュージは、母を窮地から救うことができるだろうか……。
リュージはこの最強邪竜のチカラを、完璧にコントロールできていない。
邪竜のチカラを宿したリュージの体(inカルマ)で、吸血鬼に負けてしまったのだ。
きっとリュージが今行ったところで、仲良く吸血鬼に捕縛されるだけ。
どうしたものか……と思っていたそのときだ。
「リュー!」
「チェキータさん!」
監視者のエルフ、チェキータが、リュージたちの前に出現したのだ。
その額にはびっしょりと汗がかいてある。
「これを持ってきなさい!」
チェキータから結晶を手渡される。
「それが魂交換! 使い方はカルマいる場所へ言って戻れと強く念じなさい!」
どうしてチェキータが、これを持っているのか。
そしてルトラが、なぜチェキータから目を露骨にそらしているのか……。
気になることは多かった。
だがそれを気にする時間は無い。
「ありがとう! みんな!」
リュージは結晶を手にして、【転移スキル】を発動させる。
行き先は母のいる旧・マシモト城。
走るとそうとうな時間がかかるけれど、転移なら一瞬だ。
……というか、あんな長い距離を、ルトラはすごいスピードで駆け抜けてきたのか。
「ルトラ」
びくッ……! とルトラが体を大きく萎縮させる。
リュージは力強く笑うと、
「ありがとう!」
「……………え?」
「きみのおかげで母さんを助けられるよ!」
「…………っ」
じわ……っとオオカミの涙に、大粒の涙がたまる。
小声で何かを呟いていたが……やがてルトラが顔を上げて言う。
【おねがいリュージ! カルマを助けて!】
リュージは力強くうなずく。
そして、転移スキルを発動させた。
「待ってて母さん! いま……助けにいくからね!」