107.息子、母を救出に向かう【前編】
邪竜が吸血鬼によって、影の中に引きずり込まれた。
その様を、人狼のルトラは目の前で目撃した。
「りゅーじくん! りゅーじくんっ!」
兎獣人の少女シーラが、地面に向かって叫ぶ。
たしたしと何度も地面をたたくが、向こうからの反応は無かった。
「りゅーじくん! 返事してっ! りゅーじくん! りゅーじくーーーーーーん!」
シーラは目に大粒の涙を浮かべながら、必死になってリュージの名を呼ぶ。
だがリュージの器に入った邪竜は、すでに吸血鬼の手に落ちた。
相手はSSS級モンスター。
対峙する邪竜は、現在能力を制限されている。
くわえて、邪竜たちは影の中にいる。あそこは吸血鬼の独壇場だ。
彼等が得意とする領域内。……邪竜の勝てる要素は一つも無い。
「…………」
シーラが必死になってリュージ(カルマアビス)を助けようとするその後で、ルトラは考えていた。
すでに母から与えられたミッションは、完遂している。
母からはこの【罠】がしかけられている部屋で、器の体に収まった邪竜と吸血鬼とを戦わせること。
そして、その命を散らすこと。
すでに影に引き込まれた時点で、勝負は決した。
カルマアビスの負けだ。死だ。
任務を無事やりとげたのだ。……だのに、ルトラの心はまったくといって良いほど、晴れなかった。
それどころか曇るばかりである。
気分は落ち込み最低だ。
心が苦しくてしょうがない。
いったい……なぜ……と困惑していたそのときだ。
【ルトラ。わたしの可愛いルトラ】
母から、通信の魔法が入ったのだ。
ルトラはテレパシーで会話する。
【よくやったわルトラ。ほめてあげるわ、わたしの可愛い駒】
……母の言い方は、酷いものだった。
自分の娘を平然と駒と呼ぶ。
こいつに人の心は無いのか……?
しかし……だと思っていても、母に褒められて喜ぶ自分もいた。
ほんと、どうしようもない……。
【ルトラ。任務完了よ。すみやかに帰還なさいな】
「…………」
そう、任務は終わったのだ。
これでもう、この場で友達ごっこを続ける理由も無くなった。
この場を離れて、すみやかに逃げよう。
そう、友達ごっこは終わったのだから。
友達……ごっこ……。
「……………………」
脳裏に、リュージ(カルマ)、シーラとの冒険がリフレインする。
たくさんの場所へ行った。
カルマの起こす暴動に、シーラとともに驚いたり呆れたり、笑ったりした。
一緒にダンジョンへ入るとき、一緒にご飯を食べたとき、一緒に……一緒に……。
「…………」
【ルトラ? どうしたの、わたしのルトラ?】
母からの声を、ルトラは無視する。
目を閉じて考える。
偽りの楽しい日々を思い出す。
そして……今消えかかっている命について、考える。
ルトラは、自分が死にそうになったとき、カルマによって助けられた。
そのときカルマはいったのだ。
友達を助けるのは当然だと。
「とも……だち……」
友達。
それはルトラが欲しくてたまらないものだった。
【失敗作】として、【試作品】たちとともにこの世に生まれ落ちた。
【試作品】たちは皆、【成功作】となるべく切磋琢磨していた。
みなライバルだった。友達なんて、ひとりもいなかった。
……だから、シーラやリュージ、カルマたちと過ごした日々が……輝いて見えた。
毎日楽しかった。
リュージたちと一緒にいるのは、本当に、楽しかった……。
「ああ……そうか……。アタシ、楽しかったんだ……。だから……苦しいんだ……」
ルトラは自分の胸に手を当てて言う。
シーラ。そして、リュージは、友達だ。
友達のお母さんが、死にかけている。
だからシーラは泣いているし、リュージも……泣いてしまうだろう。
……自分のせいで。愚かなる、失敗作の自分のせいで。
【ルトラ? 無視しないでちょうだい。返事は?】
「……いやだ」
【ルトラ?】
「嫌だ!」
ルトラは強く頭を振る。
このまま彼を悲しませるのはいやだった。
このまま友達を失うのはいやだった。
そして、自分を助けてくれた、あの邪竜……いや、リュージのお母さんを見捨てるのは、いやだった。
そうと決まれば……ルトラは意を決する。
「シーラ! いくよ!」
ルトラはシーラのそばにより、腕を引っ張る。
「いくって……でもりゅーじくんが!」
「わかってる! けどアタシたちに助ける力は無い!」
「だからって逃げるって言うのです!?」
「違う!」
ルトラは強く否定する。
そう、逃げるのではない。
応援を呼ぶのだ。
「カルマを呼ぼう! きっとなんとかなる!」
「た、確かに……でも、どうやって?」
「アタシに考えがある。アタシの、人狼の能力を……使う」
そう言って、ルトラはシーラから離れる。
目を閉じる。
……この体は、嫌いだ。
だがこの体に流れる血が、能力が、リュージやカルマを助けられるのなら……。
ルトラは覚悟を決める。
高らかに、こう宣言する。
「変身!」
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