105.邪竜、吸血鬼と対峙する【後編】
カルマたちは落とし穴トラップの先に、隠し部屋を見つけた。
落とし穴の先には針山になっていた。
落下にした人間はここで串刺しになって死ぬのだろう。
現に落とし穴の落下先には、いくつもの白骨化した死体が見て取られた。
カルマはルトラとシーラをお姫様抱っこして、落とし穴の下へとやってきた次第。
「なるほど。ゴールへたどり着くためにはこのトラップにひっかからないといけない。普通の人はこのトラップを回避するだろうし、これに引っかかる間抜けはそもそも生還できない。よって隠し部屋の財宝は守られると……嫌なトラップです」
カルマはそう評する。
「でもでもっ、りゅーじくんがいたおかげで、なんとかなったのです! りゅーじくんすごい!」
「ふふん……そうでしょうとも。りゅーく……リュージはすごいのですよ」
おほほ、とカルマは上機嫌に笑う。
息子がすごいのは天地開闢のころからわかっていることなのだっ。
「こっちに奥へ続く道があります。行ってみましょう」
「はーい!」
「…………」
カルマはシーラ、ルトラを連れて通路を歩く。
ルトラが一番後から、青い顔をしてついてくる。
「ルトラ」
「…………」
「ルトラ?」
「……あ、うん。なに?」
ハッ……! とルトラがカルマを見て言う。
「具合でも悪いのですか? 大丈夫?」
「……うん。平気」
「そうですか。体調が悪いのならすぐにいってください。このぼくの大好きなお母さん特製のスペシャルドリンクがありますので。これを飲めばたちまち元気マックス!」
カルマは腰の袋から、自家製のドリンクが入ったボトルを取り出す。
ちなみに何が入っているかというと、ドラゴンの血を希釈した物が入っている。
ドラゴンの体液には、体力を回復させる能力があるのだ。
体液とはつまり唾液や血など。
カルマはいつ息子に危機があるかわからないので、この回復能力のあるドラゴン印の飲み物を大量に持ち歩いているのだ。
その大量のボトルはどこに入っているのかというと、腰につけた【魔法袋】である。
これは最近一番人気の商業ギルドが発売した便利グッズだ。魔法が付与されており、異空間になんでも収納できる便利アイテムである。
「……大丈夫。平気だから」
「そうですか? ……むっ、ドア発見。お宝の匂いがしますね」
通路を進んでいくと、やがて鉄製の扉を発見した。
「け、結界が張られて」「はい」どぉおおおおおおおおおおおおおん!「なにか?」「りゅーじくんすごーい!」
どうやらドアに結界が張られていたらしいが、カルマがちょっと本気で小突いただけで、吹っ飛んでいった。
「守りガバガバすぎません?」
「……あのトラップで人が厳選されているから、こんなもんでしょ?」
「むぅ、こんな穴の多い結界で大事なものを守れるわけないでしょう。お母さんなら二十……いや、百重くらいの結界を張りますね」
言うまでも無く、リュージを守るための結界である。100でも少ないくらいだ。
まあそれはさておき。
「中は意外と広いですね……って、おおっ」
「わー! すごーいすごーい! お宝の山なのですー!」
ドアの先は、広間になっていた。
王の謁見の間を彷彿とさせる、広く、荘厳な作りの内装。
地面には真っ赤な絨毯が引かれている。
そして最大の特徴は、あちこちに、財宝の山ができていることだ。
「すごいすごいのです! 金貨のお山……銀貨のお山……あっちにはマジックアイテムがたっくさん!」
「ふむ、この程度ですか。まあ最可愛天使の手柄としては、ギリ及第点レベルの財宝ですね」
見上げるほどの黄金の山が、あちらこちらにある。
敷き詰められた絨毯が、金の山で見えないくらいだ。
「こ、こんなたくさん……持って帰れないよぅ!」
「ふふ、あわてなさんな。何のためにこのマジック袋があると?」
「ハッ……! まさか……これ全部を?」
「ええ。これをもって凱旋です。息子……じゃなかった、リュージが見事に財宝を探し当てましたよって!」
わーい! とカルマとシーラが、両手を挙げて喜ぶ。
一方でルトラは、険しい表情のままだ。
「どうしました?」
「……気を抜いちゃダメ。財宝部屋に、トラップも守護者もいないのはおかしいわ」
言われてみれば確かに、とカルマは浮かれていた気分を、引き締める。
「ないすです、ルトラ。あわやガーディアン的なものに返り討ちにされるところでした」
「……ううん、気にしないで。油断しないでいこう」
こくり、とうなずくと、カルマたちは財宝の山を縫って、奥へと進む。
足の踏み場もないくらいの、金貨があたりに散らばっている。
「歩きづらいことこの上ありませんね……吹っ飛ばします?」
「お金を粗末にしちゃ、めっ、なのです。おばーちゃんがそういってたのです」
やがて部屋の奥へと到着。
そこには、財宝の山に埋もれるように、ひとつの【棺】があった。
「ふむ……どうみても怪しさマックスですね」
カルマはあっけらかんと言う。
ルトラの額に汗がたれる。
シーラは青い顔をして震えていた。
「のーぷろぶれむ、ですよ二人とも。大丈夫、お母さん……じゃなかった、ぼくがいます」
カルマがドンッ、と自分の胸をたたく。
息子の友達を守るのもまた、母の役割なのだ。
しっかりと二人を護衛せねば。
「りゅーじくん……かっこいーのです! だ、だぁいすき……はぅうう…………」
自分で言って、自分で照れるシーラ。
魔術師のフードを目深にかぶって、体をくねくねとする。
一方でルトラは、緊張で体が震えているようだった。
「大丈夫です?」
「……リュージ。引き返せるよ。引き返さない?」
「なにをおっしゃる。我々のクエストはこの墳墓の探索。財宝があればそれを持ち帰る。ボスがいればそれを撃破する。それが我々の仕事では?」
「それは……そうだけど。でも、相手は吸血鬼だよ」
「ふむ? ふむん……ま、大丈夫でしょう」
一瞬カルマは、なぜルトラが、【中に吸血鬼がいる】と断定したのか気になった。
だがまあ、棺の雰囲気から、誰だって予想はつくだろう。
そう思って、特に言及しないでおくことにした。
「大丈夫。ぼくがみんなを守りますよ」
「でも……いまあなたは……本調子じゃ……」
「ん? どうしました?」
「………………なんでもない」
ルトラは諦めたような顔で、力なく首を振った。「……ごめんね」と、小さく何事かを呟いていた。だが、カルマには聞こえなかった。
「さてでは……吸血鬼さんに朝の挨拶をかますとしますか」
カルマは剣を持ったまま、棺へと近づく。
黄金の山をざくざくと登り、棺の目の前までやってくる。
「よっと!」
どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
カルマは棺に向かって、剣を思い切り振り下ろした。
当然、棺は真っ二つに粉砕される……。
「や、やったのです……?」
「シーラ。警戒態勢。どうやら向こうは寝起きで不機嫌みたいですよ」
カルマは上空を見上げる。
そこにいたのは……死人色の肌をした、男とも女とも区別のつかないような、存在だった。
ぼろいマントを羽織り、そして空を飛んでいる。
地面に影が映らず、そして極めつけは、
「黄金に姿が映らない……たしか吸血鬼は鏡に映らないんでしたか」
空を飛んでいるのは、紛れもなく吸血鬼だった。
SSS級の、モンスター。
普段の体では楽々倒せるだろう。
だが今はいろいろ制限のある状態だ。
……勝てるだろうか? いや、勝つに決まっている。
いったいこの体が、誰の体だと思っているのだ?
大天使の御身なのだぞ?
負けるわけもないし、傷つけるわけもない。
【我が眠りを覚ますものは、いったいだれだ……?】
上空の吸血鬼が、カルマを見下ろして言う。
「ぼくたちですよ。あなたを倒して、この財宝をいただきに参上しました」
【できるものならやってみろ……下等生物がぁあああああああああああ!】
吸血鬼の目がらんらんと赤く光る。
大きく開いた口からは、鋭い牙が覗いた。
……かくして吸血鬼との戦いの火蓋が、切って落とされたのだった。
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