102.エルフ、【人狼】を見つけ出す
地下墳墓での探索クエスト当日。
朝。
人狼の少女ルトラは、自分の泊まる宿屋で、【母】と通信していた。
【わたしのかわいいルトラ。それじゃあ手はず道理にね】
「…………」
【ルトラ。返事?】
「は、い……。わかり……ました」
重々しくルトラがそう言う。
今日のことは、【母】が仕組んだことらしい。
それによると……今日。
あの邪竜は……とそのときだった。
「なにが、わかったのかしら?」
誰もいないと思っていた、部屋の中。
突如として、背後に気配を感じた。
バッ……! と振り返る。
だが誰もいない……と思ったのだが。
「正面よ」
「あ、あなた……は?」
顔を正面に戻すと、長身のエルフが、そこにいた。
「ハァイ、ルトラ。お久しぶりね」
「ひさし……ぶり?」
そこにいるのは、美しいエルフの女性だ。
すらりと長い手足。
長身。
垂れ目に、驚くほどの巨乳。
こんな美しいエルフに、知り合いはいない。
だのに向こうは、まるで自分を知っているかのような振る舞いをした。
「そうだったわね。この姿だと初めましてか」
エルフが苦笑し、よくわからないことを言う。
「改めて、はじめまして。お姉さんはチェキータ。リューとカルマの……まあ保護者みたいなものよ」
チェキータは優しく微笑みながら、ルトラに語りかける。
優しそうな人だなと思った。
だが気を抜いてはいけない。
このエルフは音もなく、この部屋に侵入して見せたのだから。
「……なんの、よう?」
「そう警戒しないで。お姉さんはただ、お願いに来ただけなの」
「お願い……?」
チェキータは微笑みを崩さぬまま言う。
「魂交換を使ったのは……あなたね」
その瞬間だった。
【殺せ】
と、母から通信が入ったのだ。
母からの命令は絶対だ。
思考する前に体が動く。
ルトラは素早く腰から投げナイフを取り出すと、躊躇無くチェキータに向かって投げる。
獣人は強化された身体能力を持つ。
音を超える速さで、毒ナイフがチェキータの眼球めがけて飛んだ。
この距離なら、まず間違いなく回避不可能……。
キンッ……!
「そ、んな……」
なんとこのエルフ、至近距離で、飛来するナイフを打ち落としたのだ。
その手には、いつの間にか剣が握られている。
……その剣を、どこかで見たような気がした。
だがそんな思考もすぐに消えた。
「あ………………」
自分は、殺されると思った。
だってバレたのだ。
自分が人狼として、リュージたちに近づいたと言うことを。
彼等に気概を際得ようとしていたことを、このエルフに知られてしまった。
きっと……殺される。
死を覚悟した、そのときだ。
「安心なさい。殺すなんて気、ないわ」
チェキータは微笑むと、ルトラの前にしゃがみ込む。
きゅっ……と正面から、優しく包み込むように、抱擁してくれた。
「誰かに命令されてやったのでしょう? 魂交換も、今のナイフも」
「……………………」
恐ろしくて、ルトラは口を開けなかった。
だってここでうなずけば、きっと母は怒るだろう。
自分の素性をばらしたと。
しかし……。
【ルトラ。良いわ。そのエルフに正直に答えてやりなさい】
母から、意外な通信が帰ってきた。
正直に答えて良い……?
するとエルフの表情が険しくなる。
【やはりあなただったのね……メデューサ】
なんとこのエルフ、ルトラと母との通信に、割り込んできたのだ。
通信魔法は秘匿性が高い。
外部から干渉することは不可能なはず。
不可能をやってのけたのだ。
このエルフ、そうとうの魔法の手練れと思われた。
【くふっ。そう怖い声出さないで、デルフリンガー】
【……その名前はやめてちょうだい。もう捨てた名前だから】
バッ……! とルトラはチェキータを見やる。
デルフリンガー……聞き覚えのある名前だ。
冒険者学校での教員が、たしかそんな名前だったと思う……。
そして、ルトラにはもう一人、チェキータ・デルフリンガーという名前に、心当たりがあった。
だがそれを確かめる前に、会話が進んでしまう。
【あなた、こんな年端もいかない女の子を使って、いったい何を企んでるの?】
【言わずともわかるでしょう?】
【……そうね】
チェキータの顔が、不快そうにゆがむ。
【それでデルフリンガー。わたしたちの計画を邪魔しないで欲しいのだけれど、それはゆるさないという認識であってるかしら?】
【当然でしょう。お姉さん、カルマとリューの味方だもの】
【あらあら怖い怖い。それじゃあ今回はここで手を引くわ】
メデューサが、あっさりと手を引いた。
【魂交換はその子は持ってないわ。わたしが持ってる。欲しければ王都まで来ることね】
それだけ言って、母は通信を切った。
チェキータはため息をつくと、悲しそうな顔になる。
「……怖かったわね。あんなのに利用されて、辛かったわね」
ふわり、とチェキータがまた抱きしめてくれる。
自分の痛みを、この人は理解してくれるようだ。自分のしたことを、許してくれるようだ。
ありがたかった。
だが同時に……ちくりと、胸が痛んだ。
同情されて、腹が少し立った。
母をあんなのと呼ばれて、いらだつ自分がいた。
「ルトラ。あなたはもうリューたちのもとへいきなさい。メデューサとの件は、こっちで処理しておくから」
ルトラはうなずいて、部屋を出て行こうとする。
「ルトラ。リューと、カルマと……仲良くしてあげてね」
チェキータは微笑んでそう言う。
ルトラは目を伏せて、ぺこっと会釈をし、その場を後にしたのだった。
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