101.邪竜、依頼を受ける【後編】
魂が母と入れ替わるという異常にも、かなり慣れてきたなと思ってきた頃。
夜。夕飯の後、リュージは台所に立ち、空いた食器を洗っていた。
「りゅーくーん♡」
「わッ……! もう……母さん、びっくりさせないでよ。お皿持ってるんだよ? 落としたら危ないでしょう?」
背後を振り返ると、ニコニコ笑顔のカルマがいた。
リュージの顔で、えへへと笑っている。
「むふふっ♡ りゅーくんは今日も優しいです。割れたお皿の破片でお母さんが足を切らないようにと……なんてけなげで素敵でヴィクトリーな息子でしょう!」
「か、解説しないでよ恥ずかしい……」
それになんだよヴィクトリーな息子って……。
しかしカルマはよく意味も無く謎単語を作り出して言うから、まあいいか。
「しかしりゅーくん、何をしてるのですか?」
「お皿洗ってるの」
「むぅ。使い終わった食器など、万物破壊で壊せば良いでしょうに」
そして万物創造で新しいものを作れば、掃除の手間が省ける。
母の言い分はわかる。
「ダメだよ。もったいない。それに1回使われただけで壊されちゃうなんて、かわいそうだよ」
「はぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん♡ 息子がッ! 我が愛しの天使が! とってもとってもやさいしいよぅ~~~~~~~~~~~~~!」
カルマがくねくねと体をくねらせる。
余り大声を出さないで欲しかった。
今周りに誰もいないから良いけれど……。
「ではお母さん、りゅーくんをお手伝いしますっ!」
「手伝う……? いいの?」
「もちのろんですよ!」
カルマが嬉々として、リュージのとなりに立つ。
リュージの洗ったお皿を、カルマが台ふきんでキレイに拭く。
リュージは嬉しくなった。
こうして母と共同して、家事をできるなんて……と。
「にへへ~♡ お母さん嬉し。りゅーくんとこうして、家事を一緒にできるなんてぇ~♡」
「そ、そうだね……」
母とまったく同じことを考えていた。
なんだろう、妙に恥ずかしい……。
やはり親子は思考が似るのだろうか……?
「似るのではないでしょうかっ!」
「心! 心読むの禁止!」
リュージは顔を真っ赤になって吠える。
カルマは超ご機嫌に「はーい♡」という。
まったく……油断も隙もあった物じゃない母だった。
「読心術なんてスキル、母さん使えたの?」
「ええ。なのでりゅーくんも使えるはずですよ。使います? 知りたい? お母さんの頭の中……?」
わくわく、とカルマが子どものような笑みを向けてくる。
「いや……大丈夫」
スキルなんて使わなくても、リュージにはカルマの頭の中が、容易にのぞけた。
きっといつもりゅーくんりゅーくん言っているんだろう。
「けど母さん、僕、読心術なんてつかえないよ」
「あれ、そうなのですか? なんででしょう?」
「だって僕、母さんが使ったことのあるスキルしか、基本使えないし」
カルマの体には、無数のスキルや魔法を内包している。
りゅーじはカルマの体に入ってはいるものの、そのすべてのスキルや魔法を使えるわけではない。
なぜなら結局はこの力、カルマのものだからだ。
リュージは母が使っていたスキルや魔法を、見よう見まねでまねているだけにすぎない。
「ははん? つまり持ってはいるけど使い方がわからないと」
そう、とリュージがうなずく。
「なるほど……ハッ……! つ、つまりお母さんがりゅーくんに、手取り足取り教えるチャンスなのでは!?」
「全部教わってたらおじいちゃんになっちゃうから、いいよ」
カルマの持つ能力は、それこそ星の数ほどある。
そのすべてを把握するのは、難しそうだった。
そんなふうに雑談しながら、親子仲良く、皿を洗っていたそのときだ。
「そういえばりゅーくん、今度ね、大きな仕事を受けたんですよ」
「大きな……仕事?」
ええ、とカルマ。
「この間、マシモトまで送った商人がいたでしょう? その人がまた、りゅーくんに名指しで依頼をしてたんです」
「へぇ……。どんな依頼?」
「何でも地下墳墓の探索だそうです」
「墳墓……お墓かぁ。なんだか墓荒らしみたいで、気分は余り良くないね」
安らかに眠っているだろう、死者の魂を無理矢理起こすみたいで、リュージは忍びないなと思った。
「優しい……息子が優しい……あいらびゅー」
「なにそれ?」
「一句詠んでみました」
どやぁ……とカルマが得意顔。
しかしリュージは首をかしげる。
イックヨムとは? なんだろう……。
まあカルマが妙ちきりんなことを言うのは、今に始まったことではない。
だから特に気にせずスルーする。
「墳墓はマシモト近くにあるそうです。そこに財宝が隠されているらしく、それを探してくるのが我々の仕事です」
リュージは沈思黙考する。
やっぱりお墓をあらそうとするのは、良心がとがめた。
「お墓を荒らすのがいやだっていうのなら、お母さん依頼を断ってきますよ?」
リュージは驚く。
またもカルマが内心を言い当ててきたのだから。
「また読心術使ったの?」
「まさか」
カルマがニコッと笑って答える。
「息子の気持ちくらい、わかりますよ♡」
リュージは嬉しくなった。
そんなふうに母と心を通わせられることが、たまらなく。
「えへへっ♡ お母さんもたまらなく好き~♡」
「もうっ! 今度はぜったい読心術つかったでしょっ! もー! 恥ずかしいからやめてってば!」
ごめんね♡ とカルマが超ご機嫌で謝る。
「それで……どうしましょう。この体はりゅーくんの体です。あなたが決めてください」
「えっと……そう、だね」
リュージは考える。
確かに墓荒らしは、あまり行儀の良い好意とは思えない。
しかし冒険者として、気に入らないから受けないというのは、少々無責任すぎるのでは無いかと思った。
それに、せっかく名指しで頼んできてくれている仕事だし……無下にはできない。
「母さん。それじゃあ……いってきてくれない?」
「オッケー! 任せてください。お宝全部回収して、りゅーくん大明神に献上してあげましょう!」
なんだその妙な神様……。
この母、すきさえあれば、すぐにリュージを天使だの神だのにしようとする。
「出発はいつなの?」
「あさってです」
「わかった。じゃあ……気をつけてね」
「はいっ! 気をつけていってきますねっ」
隠して母は、でかい依頼を受けることにしたのだった。
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