100.母の一日、息子の一日【後編】
カルマが冒険へ言っている間、リュージは母の体で、家事をこなす。
掃除洗濯はテキパキと。
昼ご飯を作って、孫(娘)たちに食べさせる。
娘たちを昼寝させた後、今度はお夕飯の支度だ。
リュージはスキルで、インスタントに料理を作ることができる。
だがスキルで出すと味が画一的になってしまうのだ。
よりおいしくするためには、自らの手を加えないといけない。
リュージはキッチンにいた。
お鍋の前にいる。
中にはカレールーが入っている。
「かるまー」
「ルコ。どうしたの? おしっこ?」
くいくい、と金髪褐色の幼女が、リュージのスカートの裾をつかむ。
「そー。おちっこー」
「わかった。よいしょっと」
リュージはルコを抱き上げて、トイレへと連れて行く。
ルコを便座に座らせる。
おしっこをさせた後、トイレットペーパーで拭いてあげる。
「おてて洗おうね」
「おー」
カルマはルコを抱き上げて、ルコに水道で手を洗わせる。
「かるま。てなれてる」
「あ、あはは……そうかな」
「なれてる。まえより。よくなってる。よい」
グッ……! とルコが親指を立てる。
「そう、かなぁ……」
「そう。じしん。もつ。かるま。えぼりゅーしょん」
「あはは……ありがとう、ルコ」
リュージは苦笑する。
母は細かい作業が苦手だ。どうしても力が入りすぎてしまうのだ。
リュージと中身が入れ替わった後、リュージがカルマの変わりをしている。
つまりルコが進歩したと評したのは間違えなのだ。単に中身が入れ替わっただけに過ぎない。
「かるま。かわった。やわらかーい」
「柔らかい?」
リュージはお鍋をコトコトと煮込みながら、ルコに尋ねる。
「そう。やわらかーい。かお。しゃべりかた。しぐさ。やわらかい。なった」
「そう……? かあさ……普段もこんな感じじゃない?」
「ちがう。まえ。かるま。がさつ」
「あはは……そうかもね。けどあれは別にがさつじゃなくて、手加減がわからなかっただけだよ。許してあげてね」
「ん。りゅーかい」
そんなふうにルコと話していると、すぐに夕飯時になる。
「さぁルコ。バブコを起こしてこようね。そろそろリュージたち帰ってくるから」
「ぬぉー」
ルコが両手を挙げる。
リュージはすぐに、ルコが抱っこしたがっていることを察した。
ルコをよいしょと抱き上げる。
「かるま。さっし。よくなった。えらいえらい」
「あはは……ありがとう」
バブコを起こしていると、リュージたちが帰ってくる。
「おかーーーさーーーーーーーーん! 今日もいっぱい冒険してきましたよーーーーーーーーーー!」
リビングにいると、母たちが帰ってきた。
リュージの体に入ったカルマが、笑顔で、リュージに、抱きついてくる。
「はいはい。おかえりリュージ。怪我はなかった?」
「もっっちろん! あるわけないですよ! あらゆる敵は指先一つでダウンですよ!」
「それは良かった」
「えらい? ねえねええらいえらい?」
「はいはい。えらいえらい」
リュージはカルマの頭を、優しく撫でる。
カルマは「ぬへへ……♡」とだらしのない笑みを浮かべて、リュージのふくよかな胸に顔を埋めてグニグニする。
「リュージ。手を洗ってきなさい。ご飯ですよ」
「えー。もっとこうしてたいのにー」
「はいはいご飯だからはいいったいった」
「ちぇー」
そうやってカルマを手洗い場へ向かわせる。
その様を、ルコがじっと見ていた。
「ん? どうしたのルコ」
「かるま。まま。ぽい」
「そ、そうかな……?」
リュージは複雑な表情になる。
見た目は確かに母なのだが、中身はリュージなのだ。
ママっぽいと言われても……素直に喜べなかった。あと母には絶対に聞かせてはいけないと思った。
リュージとシーラ、そしてルトラが手を洗って帰ってくる。
夕飯はみんなそろって食べる。
ルトラは、ご飯は一緒に食べるようになった。
しかしそれでも、かたくなに、この家で暮らそうとしない。
寝泊まりは別の場所。ホテルを取っているそうだ。
……別に、パーティメンバー全員が、同居しないといけないという決まりはない。
けれどリュージは疑問だった。
この家には風呂も部屋もある。
料理も毎食出てくる。
宿代も取らない。なのに、ルトラはここへ暮らそうとしないのだ。
それがリュージたちと距離を取っているように思えた、悲しかった。
ややあって、リュージたちがご飯を食べ終わる。
ルトラはそそくさと、家を出ていった。
「さぁお母さん! 一緒にお風呂に!」
「はいはいこれ着替え。湯船は沸いてるからちゃちゃっと入ってきて。シーラがあとで入るんだから」
「あーん。どうして一緒にお風呂入ってくれないんですかー。入りましょうよう。はーいーろーよー」
駄々っ子のように、カルマが言う。
だがこれは決して、ここから駄々をこねているのではない。ポーズのようなものだ。
「はいはい。いってらっしゃい。でてきたらハグしてあげるから」
「ほんとっ? わーい! じゃあお風呂は行ってきまーす!」
結局リュージにはぐしてもらいたいから、こうしてごねた振りをしただけだったのだ。
「まったくもう……」
「えへへ♡ カルマさんほんと、ママっぽくなってるのです~♡」
にこにこーっとシーラが言う。
「え、そ、そうかな……」
「はいなのです。とってもお母さんお母さんしてるのですー!」
なんだろう、お母さんお母さんって……。
まあ言いたいことはわかる。わかる、のだが……。
「どーしたのです? お顔が暗いのです」
「ううん、なんでもないよ……はぁ……」
男として、母っぽいというのはちょっとなぁと思うリュージであった。
そして他の家族たちがお風呂に入った後、最後に就寝の準備をする。
ベッドも布団もしっかりと天日干しされている。
シーツも毎日新品のものを用意してるのだ。
「前から不思議なのですが、どうしてりゅーくんが家事をすると、こうしてベッド周りは完璧なんでしょうか?」
リュージの部屋にて。
カルマが首をかしげる。
「時間あるからね。冒険について行かないし」
そう、息子の冒険について行かなければ、家事をする時間があるのだ。
普段カルマが手を抜いているわけでは決してない。
だが冒険について行くぶんの時間を、ほかの家事に回せるのは事実だった。
「あー! あー! きこえなーい! おやすーみー!」
都合の悪いことは聞きたくないらしい。
カルマは布団に入ると、ぐーぐーと嘘のいびきをかく。
「まったくもう……電気消すよ」
ぱちんっ、と指をなす。
魔法の電球が、ふっ……と明かりを消した。
「ふふっ」
「……どうしたの、母さん?」
「いえ。こういう生活も、いいなぁ……と思いまして」
カルマがリュージのベッドで、仰向けになりながら言う。
「朝起きて、ご飯食べて、母親にいってらっしゃいって送り出されて……。仕事して、帰ってきて、母親に出迎えられて……」
カルマがニコニコしながら、目を閉じて呟く。
「お母さん、そういう生活送ったこと無かったから……」
「母さん……」
そういえば母の出自を、家族構成を、リュージは聞いたことが無かった。
母にも当然、子ども時代があるはず。
だがそれが順風満帆でないことは、リュージにはなんとなく察することができた。
カルマは一度も、自分の両親のことを口にしない。
どういう母親、父親の元で育ったのか。兄弟はいたのか。全然語らない。
それはつまり……そういうことなのだ。
言いたくない。後ろ暗いところがあるということ。
心に闇を抱えていると言うことだ。
「……母さん」
「でもねりゅーくん……いいのです。お母さん……いま、とっても満ち足りてますから……」
ふにゃふにゃと笑い、カルマが目を閉じる。
「息子たちがいて……お母さんは……うるとらはっぴー……ぐぅー……」
カルマはそう言うと、本格的に寝息を立て始めた。
リュージはカルマの部屋のドアを閉める。
「こういう生活も良いな……かぁ」
リュージは呟く。
「僕もだよ……母さん」
今が異常な状態だとわかっていても、こうして入れ替わっている今の状態を、とても心地よいと思ってしまう自分がいた。
この体ならなんでもできた。
この体なら、いつも自信満々でいられた
「けど……ダメだよね。いつまでも、このままじゃ……」
リュージは小さくため息をつくと、廊下を後にしたのだった。