表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/383

100.母の一日、息子の一日【後編】



 カルマが冒険へ言っている間、リュージは母の体で、家事をこなす。


 掃除洗濯はテキパキと。

 昼ご飯を作って、孫(娘)たちに食べさせる。


 娘たちを昼寝させた後、今度はお夕飯の支度だ。

 リュージはスキルで、インスタントに料理を作ることができる。

 だがスキルで出すと味が画一的になってしまうのだ。


 よりおいしくするためには、自らの手を加えないといけない。

 リュージはキッチンにいた。


 お鍋の前にいる。

 中にはカレールーが入っている。


「かるまー」

「ルコ。どうしたの? おしっこ?」


 くいくい、と金髪褐色の幼女が、リュージのスカートの裾をつかむ。


「そー。おちっこー」

「わかった。よいしょっと」


 リュージはルコを抱き上げて、トイレへと連れて行く。

 ルコを便座に座らせる。

 おしっこをさせた後、トイレットペーパーで拭いてあげる。


「おてて洗おうね」

「おー」


 カルマはルコを抱き上げて、ルコに水道で手を洗わせる。


「かるま。てなれてる」

「あ、あはは……そうかな」


「なれてる。まえより。よくなってる。よい」


 グッ……! とルコが親指を立てる。


「そう、かなぁ……」

「そう。じしん。もつ。かるま。えぼりゅーしょん」


「あはは……ありがとう、ルコ」


 リュージは苦笑する。

 母は細かい作業が苦手だ。どうしても力が入りすぎてしまうのだ。


 リュージと中身が入れ替わった後、リュージがカルマの変わりをしている。

 つまりルコが進歩したと評したのは間違えなのだ。単に中身が入れ替わっただけに過ぎない。


「かるま。かわった。やわらかーい」

「柔らかい?」


 リュージはお鍋をコトコトと煮込みながら、ルコに尋ねる。


「そう。やわらかーい。かお。しゃべりかた。しぐさ。やわらかい。なった」

「そう……? かあさ……普段もこんな感じじゃない?」


「ちがう。まえ。かるま。がさつ」

「あはは……そうかもね。けどあれは別にがさつじゃなくて、手加減がわからなかっただけだよ。許してあげてね」


「ん。りゅーかい」


 そんなふうにルコと話していると、すぐに夕飯時になる。


「さぁルコ。バブコを起こしてこようね。そろそろリュージたち帰ってくるから」

「ぬぉー」


 ルコが両手を挙げる。

 リュージはすぐに、ルコが抱っこしたがっていることを察した。


 ルコをよいしょと抱き上げる。


「かるま。さっし。よくなった。えらいえらい」

「あはは……ありがとう」


 バブコを起こしていると、リュージたちが帰ってくる。


「おかーーーさーーーーーーーーん! 今日もいっぱい冒険してきましたよーーーーーーーーーー!」


 リビングにいると、母たちが帰ってきた。

 リュージの体に入ったカルマが、笑顔で、リュージに、抱きついてくる。


「はいはい。おかえりリュージ。怪我はなかった?」

「もっっちろん! あるわけないですよ! あらゆる敵は指先一つでダウンですよ!」


「それは良かった」

「えらい? ねえねええらいえらい?」

「はいはい。えらいえらい」


 リュージはカルマの頭を、優しく撫でる。

 カルマは「ぬへへ……♡」とだらしのない笑みを浮かべて、リュージのふくよかな胸に顔を埋めてグニグニする。


「リュージ。手を洗ってきなさい。ご飯ですよ」

「えー。もっとこうしてたいのにー」

「はいはいご飯だからはいいったいった」

「ちぇー」


 そうやってカルマを手洗い場へ向かわせる。

 その様を、ルコがじっと見ていた。


「ん? どうしたのルコ」

「かるま。まま。ぽい」

「そ、そうかな……?」


 リュージは複雑な表情になる。

 見た目は確かに母なのだが、中身はリュージなのだ。

 ママっぽいと言われても……素直に喜べなかった。あとカルマには絶対に聞かせてはいけないと思った。


 リュージとシーラ、そしてルトラが手を洗って帰ってくる。

 夕飯はみんなそろって食べる。


 ルトラは、ご飯は一緒に食べるようになった。

 しかしそれでも、かたくなに、この家で暮らそうとしない。

 寝泊まりは別の場所。ホテルを取っているそうだ。


 ……別に、パーティメンバー全員が、同居しないといけないという決まりはない。

 けれどリュージは疑問だった。


 この家には風呂も部屋もある。

 料理も毎食出てくる。

 宿代も取らない。なのに、ルトラはここへ暮らそうとしないのだ。


 それがリュージたちと距離を取っているように思えた、悲しかった。


 ややあって、リュージたちがご飯を食べ終わる。

 ルトラはそそくさと、家を出ていった。


「さぁお母さん! 一緒にお風呂に!」

「はいはいこれ着替え。湯船は沸いてるからちゃちゃっと入ってきて。シーラがあとで入るんだから」

「あーん。どうして一緒にお風呂入ってくれないんですかー。入りましょうよう。はーいーろーよー」


 駄々っ子のように、カルマが言う。

 だがこれは決して、ここから駄々をこねているのではない。ポーズのようなものだ。

「はいはい。いってらっしゃい。でてきたらハグしてあげるから」

「ほんとっ? わーい! じゃあお風呂は行ってきまーす!」


 結局リュージにはぐしてもらいたいから、こうしてごねた振りをしただけだったのだ。

「まったくもう……」

「えへへ♡ カルマさんほんと、ママっぽくなってるのです~♡」


 にこにこーっとシーラが言う。


「え、そ、そうかな……」

「はいなのです。とってもお母さんお母さんしてるのですー!」


 なんだろう、お母さんお母さんって……。

 まあ言いたいことはわかる。わかる、のだが……。


「どーしたのです? お顔が暗いのです」

「ううん、なんでもないよ……はぁ……」


 男として、母っぽいというのはちょっとなぁと思うリュージであった。


 そして他の家族たちがお風呂に入った後、最後に就寝の準備をする。


 ベッドも布団もしっかりと天日干しされている。

 シーツも毎日新品のものを用意してるのだ。


「前から不思議なのですが、どうしてりゅーくんが家事をすると、こうしてベッド周りは完璧なんでしょうか?」


 リュージの部屋にて。

 カルマが首をかしげる。


「時間あるからね。冒険について行かないし」


 そう、息子リュージの冒険について行かなければ、家事をする時間があるのだ。

 普段カルマが手を抜いているわけでは決してない。

 だが冒険について行くぶんの時間を、ほかの家事に回せるのは事実だった。


「あー! あー! きこえなーい! おやすーみー!」


 都合の悪いことは聞きたくないらしい。

 カルマは布団に入ると、ぐーぐーと嘘のいびきをかく。


「まったくもう……電気消すよ」


 ぱちんっ、と指をなす。

 魔法の電球が、ふっ……と明かりを消した。


「ふふっ」

「……どうしたの、母さん?」


「いえ。こういう生活も、いいなぁ……と思いまして」


 カルマがリュージのベッドで、仰向けになりながら言う。


「朝起きて、ご飯食べて、母親にいってらっしゃいって送り出されて……。仕事して、帰ってきて、母親に出迎えられて……」


 カルマがニコニコしながら、目を閉じて呟く。


「お母さん、そういう生活送ったこと無かったから……」

「母さん……」


 そういえば母の出自を、家族構成を、リュージは聞いたことが無かった。


 母にも当然、子ども時代があるはず。

 だがそれが順風満帆でないことは、リュージにはなんとなく察することができた。


 カルマは一度も、自分の両親のことを口にしない。

 どういう母親、父親の元で育ったのか。兄弟はいたのか。全然語らない。


 それはつまり……そういうことなのだ。

 言いたくない。後ろ暗いところがあるということ。

 心に闇を抱えていると言うことだ。


「……母さん」

「でもねりゅーくん……いいのです。お母さん……いま、とっても満ち足りてますから……」


 ふにゃふにゃと笑い、カルマが目を閉じる。


「息子たちがいて……お母さんは……うるとらはっぴー……ぐぅー……」


 カルマはそう言うと、本格的に寝息を立て始めた。

 リュージはカルマの部屋のドアを閉める。

「こういう生活も良いな……かぁ」


 リュージは呟く。

 

「僕もだよ……母さん」


 今が異常な状態だとわかっていても、こうして入れ替わっている今の状態を、とても心地よいと思ってしまう自分がいた。


 この体ならなんでもできた。

 この体なら、いつも自信満々でいられた


「けど……ダメだよね。いつまでも、このままじゃ……」


 リュージは小さくため息をつくと、廊下を後にしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ