100.母の一日、息子の一日【前編】
リュージと母の体が入れ替わってから、1週間ほどが経過した。
朝。
リュージは、母の体のまま目を覚ます。
「んんー……よくねたぁ……」
場所はカルマの寝室だ。
この家は1階が母の寝室。2階がリュージたちの部屋となっている。
現在リュージたちは体が入れ替わっている。
他のひとたちにそのことは告げていない。余計な心配をさせないためだ。
リュージ母の部屋で、そしてカルマは息子の部屋で寝ている。
異常事態をさとらせないための措置だった。
「ん? あれ……?」
「がー……ぐー……にへへ~♡ おかー……さー……ん♡ だぁいすき~……♡」
リュージのとなりに母がいるでは無いか。
「もうっ。リュージってば……またお母さんのベッドに潜り込んで……まったくしょうがない人だ」
やれやれ、とリュージが首を振る。
口調は意図的に、母に似せている。
そうしないと、入れ替わりを他者に気取られてしまうからだ。
リュージは立ち上がり、【万物破壊】を発動させる。
ぱっ……! と自分の寝間着を消して、【万物創造】を使い、普段着に着替える。
「あーん……かーさーん……どこ~……」
「はいはい。お母さん朝食を作りますから、良い子で寝てなさいな」
リュージはそう言うと、カルマの額にチュッ……♡ とキスをする。
カルマはだらしのない笑みを浮かべると、くぅくぅと規則正しい寝息を立て始める。
息子たちが起きるには、まだ早い時間帯なのだ。
リュージは着替えた後、寝室を後にする。
「さて……みんなが起きる前に、朝ご飯を作らないとっ」
リュージは指ぱっちんと、ならす。
万物創造のチカラで、テーブルの上には、たくさんの料理が並ぶ。
続いてリュージはまた指を鳴らす。
今度は洗濯かごの中の衣類が、ふよふよと自動で動き出すでは無いか。
これは【遠隔操作】という無属性魔法だ。
無機物を自在に動かす魔法である。
万物破壊と創造を使えば、新しい衣服を作ることはできる。
だがそれだと洗濯物の暖かさや良い匂いが再現できないのだ。
なのでリュージは、こうして洗濯することにしている。
指を動かし、洗濯物を街の外の川へと移動させる。そこで洗剤と洗濯板を使ってゴシゴシと洗い、物干し竿に干す。
その間リュージは別の作業をする。
ぞうきんを使って部屋中をピカピカに磨き上げるのだ。
これもまた指を動かし、【遠隔操作】を使って行っている。
両手の指をよどみなく動かすその様は、一流の指揮者のようであった。
ややあって部屋中がピカピカに、洗濯物は光魔法によってカラッカラに乾く。
「よしっ。みんなー! ごはんですよー!」
リュージが声を張る。
するとふらふら……と二階から子どもたちが降りてくる。
「あうう……カルマさん……おはよーなのれふ~……」
うとうととしながら、シーラが真っ先に降りてくる。
この子はいくら眠くても、腹が空けば、こうして誰よりも早く降りてくるのだ。
「おはようシーラ。他の子たちはまだ来るのに時間がかかるだろうから、先に食べてなさい」
「ふぁー……い。いただきまーふ」
シーラは席について、サクッ……! とサクサクのクロワッサンを食べる。
「~~~~~~~~♪ おいしーのですー!」
シーラは完全に覚醒すると、ばくばくばく! と朝食をその小さな体に納めていく。
「さて……じゃあ起こしに行きますか」
リュージは二階へと上がる。
まずは孫たちの部屋だ。
「ルコー。バブコー。朝ですよー」
孫たちは同じ部屋の、同じベッドで寝ている。
ルコは大の字になって、ぐーぐーと豪快に寝ている。
バブコはルコの手のひらが、顔の上に乗っていて寝苦しそうだ。
リュージは苦笑しながら、まずはルコの手を、バブコからどける。
「ほらルコ。朝ですよ。起きなさいな」
「ぬぅ……。きょひ」
「ダメだってほら。よいしょー」
リュージはルコを抱き上げる。
背中をポンポンと優しくたたきながら、自然と目を覚ますまで待つ。
ややあって……ルコが「ぬ?」と意識を取り戻す。
「かるま。あさ?」
「そうですよルコ。朝です。起きましょうね?」
「おー」
ルコを下ろした後、バブコも同じように起こす。
バブコは普段ツンケンしているのだが、朝は弱いらしく、リュージのされるがママになっている。
ルコとほぼ同じような起こし方により、ほぼ同じように起きるバブコ。
「かるまー。だっこー」
「しょうがないですね。ほら、よいしょっ」
リュージはルコを抱っこして、バブコとともに階段を降りる。
「かるま。さいきん。へん」
「ど、どこが……?」
「かるま。まえより。じょせー。らしい」
「そうじゃな。前より所作が優雅になったというか、よーやくおぬしも落ち着きを手に入れたか」
ルコとバブコがそう言う。
あ、あぶない……まだ完全に、魂が入れ替わったことを、勘づかれてはいないようだった。
バブコたちを連れて1階へと行く。
「あら、ルトラ。おはよう」
すでにルトラが来ていた。
彼女は近くの宿屋で泊まっているのである。
一緒に暮らしても良いのにとリュージ(カルマ)が言っても、彼女はかたくなに首をたてに振らないのだ。
「……どうも」
ルトラは素っ気なく挨拶をすると、食事を取る。
ルコたちを食卓に座らせて、ご飯を食べさせる。
さて……。
「リュージっ! いつまで寝てるのー? もうみんな起きてますよー!」
リュージが天井を見上げて、声を張り上げる。
すると……。
どがぁあああああああああああああああああああああああん!!!
天井を突き破って、カルマが華麗に着地をかます。
破片が食卓に入らないよう、リュージは素早く【結界】の魔法を使って、食事を守った。
「おはよう! 母さん!」
カルマが最高の笑顔を、リュージに向ける。
リュージはあきれながら、【万物創造】を使って、空いた天井の穴をふさいだ。
「もうっ! いつもいつも天井を壊してっ。階段を降りてきなさいって言ってるでしょうっ?」
「えへへ~♡ だぁってすぐに母さんに会いたかったんだもん! かーさんかーさぁ~ん♡」
カルマがだらしなく笑うと、リュージ(母)のふくよかな胸に飛びつく。
ぐにぐにと頬ずりするカルマに、リュージはあきれながら、頭を撫でた。
「ほら、朝食さっさと食べて、冒険に行きなさい」
「はーい!」
……これが、最近の朝の風景だ。
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