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99.息子、空を飛ぶ【後編】




「変身」


 リュージは目を閉じて、そう呟いた。

 制御装置を外し、変化するぞと言う意思を示せば、母は邪竜へと変貌していた。


 それをまねたのだが……どうだろうか。

 本当に邪竜の姿になっているだろうか……?


 期待と不安を胸に抱きながら、リュージは目を閉じて待った。

 ……しかしいくら待っても、体に何か急激な変化が訪れた感は無かった。


【まさか……失敗……?】


 と思った、そのときだった。


「リュー。目を開けてご覧なさいな」


 チェキータの声が、自分の耳元から聞こえてきた。

 恐る恐る、目を開けてみる。

 そこに広がっていたのは……。


【う、うわぁあああああああ! ま、街が! うわっ! わっ! すごーーーーーーーーーーい!】


 ミニチュアサイズの、カミィーナの街だった。

 小さな蛍のような光が、眼下でうごめいている。


 遠くを見やる。


【じ、地面が丸いですっ! すごーい!】


 幼い頃、チェキータから教わった。

 リュージたちが立っているこの地面は、実はすごく大きな球体の表面だと。


 日常生活で、それを実感できることは無かった。

 だがこうして、遥か巨大な存在となることで、その概念を唐突に理解した。


 この星は丸いのだと。

 それに気づけたリュージは、背筋がゾクゾクとした。

 それと同時に、もっと……と思ってしまう。欲が出たのだ。


「良かったわね、リュー。変身できておめでとう」

【チェキータさんっ!】


 お姉さんエルフが、邪竜リュージの顔のすぐ真横に立っている。

 いつも見上げるばかりの彼女が、今は眼下にいる。

 その新たな視点に、リュージの気分はさらに高揚した。


 万能感とでも言うのだろうか。

 今の自分になら……なんだってできると、リュージは心からそう思った。


「それで、空を飛ぶのでしょう? お姉さんもお供するわ。何かあったら大変だからね」


 チェキータがウィンクする。

 彼女がついてきてくれるのなら、心強かった。

 だが、今のままでは、危ない。


【チェキータさん。その……魔法をかけて良いですか?】

「ん? いいけど……どういう魔法?」


【えっと……たしか……【結界バリア】!】


 リュージが魔法の名前を呼んだだけで、彼女に無属性魔法【結界バリア】が発動した。


 すごい……。

 魔法は、精神を集中させ、魔力を消費し打つ、高等なテクニックを必要とする。


 なのにこの邪竜の体では、使いたい魔法の名前を言うだけで、使えた。

 なんて……すごいんだ!


「たしかどんな攻撃も吸収し、どんな環境下でも行動できるようになるバリアの膜を張る魔法ね」


【はい。生身だと危ないかなって】


「ふふっ♡ ありがとうリュー」


 ちゅっ♡ とチェキータが邪竜のほっぺにキスをしてきた。

 恥ずかしい。けどうれしい。けど恥ずかしい。


【えとその……じゃあ行きます。重力魔法を使っておきますので、僕から落ちることはないと思いますけど……気をつけてくださいね】


「安心なさいリュー。お姉さん身軽だから、少しの高さから落ちてもへいちゃらよ」


 チェキータの言葉に、リュージは気まずそうに言う。


【えっと……少しどころじゃないので、しっかり捕まっててください】


「へっ? どういう……」

【いきますよ!】


 長々と会話をしていられる気持ちでは無かった。

 気持ちが高まっていたのだ。

 早く、空を飛んでみたいと。


 バサァッ……!


 リュージは漆黒の翼を、大きく広げる。

 体を曲げる。

 すると体に……力がみなぎってくる。


 体全身、指先、翼の先まで、エネルギーがほとばしっていく。

 体が熱かった。

 もうっ……あとは飛び立つだけだ!


 ぐんっ……!


 バッ……!


 びゅぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううん!!!!!!!


 リュージは上空に向かって飛び立つ。

 すさまじい勢いで、漆黒の邪竜が夜空を駆けた。


 街はあっという間に小さくなり、海を見下ろし、やがて……。


 やがて……リュージは、空を飛び越えて、その先へとやってきていた。


【あらまぁ……リューってば……】


 チェキータの声が、通信の魔法を通して聞こえる。

 それはちょっと呆れているようにも聞こえた。

 

【意外とやんちゃねぇ。まさか宇宙に来るなんてね】


 そう……リュージたちがいるのは、地上を遥か離れた、宇宙空間だ。


 星の海が広がる中、リュージはチェキータとともに、浮いている。


【うわぁ……青い……ほんとうに……青いんだぁ……】


 リュージは目の前の星を見て、感じ入ったように呟く。

 そこには母なる大地、リュージたちが暮らす星があった。


 青い宝石のような、丸い星。

 深い深い藍色の海に、ぽつんとひとつ、緑の大地がある。


【あれ、リューってこの星を見るのは初めてだったかしら?】

【前に一度……母に連れられてきたことありますけど……こうしてまじまじと見たのは初めてです】


 以前、母に黙って、シーラと王都へお泊まりデートへ行ったとき。

 母がデート現場へと乗り込んできて、リュージをさらい、この宇宙へとやってきたのだ(月に監禁された)


 あのときはバタバタしていて、景色を楽しむ余裕は無かった。

 だが今は違う。

 リュージは母なる星を見て……感動の涙を流していた。


【僕たちは……あの星で生きてるんですね】

【そうよぉ。きれいでしょう?】

【はい……とっても……ぐすん】


【まぁ。リューってばどうしたの?】

【いえ……なんか、すごいなって】


 青い星。リュージたちの暮らす天球。

 それは、リュージが普通に生きていたら、一生見れないものだった。


 それを、見ることができた。

 それも……自力で、である。


 星を見れたことよりも、一生かかってもこれないような場所に、自分の力だけでこれた。


 その事実が……リュージに、深い感動を与えた。

 

【チェキータさん。僕……今すっごく、嬉しいです】

【そうねぇ……】


 チェキータは微笑むと、ぺたり……と邪竜のほおに手を触れる。


【リュー。あなたいつも、自信なさげだものね。仕方ないわ。近くにとっても強いカルマがいるんだもの】


 チェキータはリュージの胸中を見抜いているようだった。

 言葉にできない思いを、彼女が代弁してくれる。


【けれど……こうして、たとえ借り物のチカラとは言え、自分の力でここへこれた。自分も、やればできるって、そう気づけた。だから……嬉しいのね?】


 リュージは強くうなずいた。

 すべてはチェキータの語ったとおりだ。


 いつもリュージは、自分は弱いと、過剰に思っていた。

 自分には、母のように、なんでもできないと、そう思っていた。


 けど……できた。

 チェキータが地上で言った言葉のとおりだ。

 

 ……その後リュージは、地上へと帰還を果たす。

 人間の姿に戻ったリュージは、チェキータに言った。


「チェキータさんの言うとおりでした。難しいと思っていた物も、やってみれば意外とあっさり、できるものなんですね……」


 その声は震えていた。

 目から涙がこぼれないよう、必死に泣くのをこらえた。


 リュージは本当に嬉しかった。

 こんなちっぽけな自分でも、やろうと思えば、なんでもできるんだと。


 そう、確信することができたのだから。


「そうよ。リュー。そういうものなのよ……」


 チェキータもまた、瞳に少しばかりの涙が見えた。

 彼女は嬉しいのだろう。

 リュージが、自信を持ってたことが。


 チェキータはリュージに近づいて、優しく抱擁してくれた。

 彼女のぬくもりを感じながら、リュージは、言った。


「僕……この状況を、楽しんでみようと思います」


 その言葉に嘘偽りはなく、確かな力強さがあった。

 心から、この奇異なる状況下を、楽しもうとそう思っていた。


「成長したわね、リュー」

  

 チェキータは優しく、リュージの頭を撫でてくれた。

 その後抱擁を解いてくれて、額にチュッ……♡ とキスをした。


「お姉さんは引き続き、【魂交換】を行った犯人を捜すわ。じゃあね」


 そう言って、チェキータは、夜の闇に消えていった。

 残されたリュージは、息を吸い込んで、吐き出す。


 ……いつもよりも、自信を持って、日々を送れる。そんな気がする、リュージであった。

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