表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/383

99.息子、空を飛ぶ【前編】



 風呂場での騒動を終えた、数時間後。


 深夜。リュージはひとり家を出て、裏庭へとやってきていた。


 今日はよく晴れている。

 空にはまん丸とした大きな月が浮かんでいた。


「……いい夜」


 風が吹くと、黒髪が流れていく。

 母の長い髪が、風にふかれて、まるで泳いでいるようだった。


「…………」


 リュージは自分の手を見やる。

 白く、ぷにっとした腕。

 両手には腕輪がつけてある。

 母曰く、これは制御装置のようなものであるらしい。


 続いて自分の頭を触る。

 側頭部に髪飾りがついていた。こちらも邪神のチカラを制御するための、特別なアクセサリーなのだそうだ。


「魔法が、使えたんだ。だから、こっちも……」


 リュージはまず、腕輪をはずす。

 続いて髪飾りを、取る。


「…………すぅ、はぁ。よしっ」


 リュージが大きく口を開いて、「変し……」といいかけた、そのときだ。


「だぁれだっ♡」


 ふにゅんっ♡


 背後に、ものすごく柔らかなものが当たった。

 南国の花のような、むせ返るほどの甘い匂いが鼻孔をつく。


「ひゃっ……! だ、だれ……」

「もー。リュー。お姉さんよ♡」

「チェキータさん……」


 振り返ると、長身で垂れ目のエルフがいた。

 チェキータはいつもの微笑みを浮かべながら、ぱっと離れる。


「んー? リュー。その反応……なにかやらしいことでも、あったのかしら?」


 にやーっとチェキータが楽しそうに笑う。

「や、やらしいってなんですかっ。そ、そんなことしてないですよっ」

「ふふっ。じゃあそういうことにしておいてあげよっかな♡」


 クスクスと笑うチェキータ。

 隠し事を見透かされているように、リュージには思った。

 このエルフお姉さんは侮れないのである。

「チェキータさんは、その……こんな夜更けにどうしたんですか?」

「ん。リューたちの様子を見にね。体とか、だいじょうぶ?」


「はい。いちおう……からだが入れ替わった以外には、特に」

「そう。良かった……」

 

 チェキータは小さく、安堵の吐息をつく。

 リュージに近づくと、キュッと抱きしめる。


「わわっ」

「ふふっ♡ ほーんと、中身が入れ替わったから、カルマがとっても可愛い子になっちゃったわぁ」

「あの……離して……」

「やーん♡ もっとぎゅっとさせて~♡」


 チェキータが楽しそうに、くっついてくる。

 動くたびグニグニと、柔らかい水蜜桃がぶつかって気持ちが良かった。


「……でも……良かった」


 小さく、本当に小さく、チェキータが耳元でささやく。

 その言葉からは、彼女の優しい気持ちがにじみ出ていた。


 チェキータはいつも、リュージたちのみを案じてくれている。

 彼女の一人称どおり、ふたりにとってのお姉さん的な存在なのだ。

 だから……弟たちの身に異変が起きて、本当はすごく心配してくれていたのだろう。

 あまりそういう内情を、表に出さないエルフなのだ、チェキータは。


「あの……僕たちの体のこと、調べはついたんでしょうか?」


 チェキータはカルマたちの毛髪を採取し、調べるといって王都の調査機関へと行っていたのだ。


「ええ。どうやら【魂交換ソウル・エクスチェンジ】のマジックアイテムが使われたみたいなの」


「魂……交換?」


 こくりとチェキータがうなずく。


「文字通り魂を入れ替える魔道具マジックアイテムよ。これを使うと自分の魂が

相手に肉体に入るの。で、逆もまた起きるわけ」


「つまり……母さんがいっていた、頭をぶつけたから中身が入れ替わったって言うのは……?」


「それは違うわね」


 チェキータが険しい表情になる。


「つまり偶発的な事故じゃ無くて、人為的なものなのよ。今回の騒動は」


「誰かが無理矢理、魂を入れ替えた……ってことですよね? いったい、誰が、何の目的で……?」


 チェキータが首を振る。


「ごめんなさい。そこまではわからないわ」

「そう……ですか……」


 リュージは自分の体を抱き、そして脳裏に母の顔を思い浮かべた。

 きっと、今リュージの体で、気持ちよさそうに眠っているだろう。

 

 いつも堂々としている母、この異常事態でも動じてなかった。

 リュージが眠れないでいる中、彼女はぐーすかぴーすかと寝るのである。


「たいした子よね、カルマは」

「ええ。母さんですから」


 リュージはチェキータとともに笑う。

 

「まぁ誰が【魂交換】なんて使ったのかわからないけれど、犯人の特定はそこまで難しくないわ」


「それは……どうしてですか?」


「【魂交換】は希少なアイテムだからよ。国宝級レベルの超レアアイテムだわ。持っている人間は限られているし、そこから犯人を割り出せるかも」


「犯人って……別に捕まえてとっちめるわけじゃないんでしょう?」


「…………。そう、ね。ただ元に戻るためには、【魂交換】を使って、もう一度入れ替えを行う必要があるわ。早晩、犯人は捕まえないといけないのよ」


 チェキータが一瞬だけ、鋭い目つきになった。

 いつも優しい彼女の目つきが、そのときだけは冷たいナイフの刃のようになっていた……ように、リュージには思えたのだ。


「母さんが【万物創造】スキルで、【魂交換】を作るのはダメなんですか?」

「ダメね。入れ替えたその【魂交換】じゃないと、交換後の魂を元に戻せないのよ」


 なおのこと犯人を捜す必要があった。


「そっちはお姉さんに任せて。リューたちは……そうね。めったにない今を楽しんでいなさいな」


 チェキータは楽しそうに笑うと、リュージの肩に手をかける。


「ところでリュー。いいの?」

「いいの……とは?」


 エルフが優しく目尻を下げると、


「空、飛ぼうとしてたでしょう?」


 やはりチェキータにはバレていたようだ。

「……かなわないなぁ」

「ふふっ♡ お姉さんは何でも知ってるお姉さんだから。リューが密かに、空飛ぶドラゴンに憧れていたこと、知っているもの」


「こ、子どもの時の話じゃないですか……」


 すごい昔。

 まだリュージが5歳とかのころ。

 リュージの夢は、母のような格好いいドラゴンになることだった。


 当時自分が人間で、母がドラゴンであるという区別がついていなかったのだ。


「あの頃のリューはほんと、可愛かったなぁ♡」

「や、やめてくださいよ、からかわないでくださいっ」


 さておき。


「それでリュー。今あなたはカルマの体。つまり邪竜になれるはずよ」

「です……よね。けど……どうやればいいのか、わからなくて」


「やってみなさいな。難しいと思ってた物も、やってみれば意外とあっさりとできたりするものよ」


 チェキータに励まされ、リュージはこくりとうなずく。

 制御装置を外し、深呼吸をして、つぶやいた。


「変身」

漫画版、最新話が更新されています!

マンガUPで読めますので、よろしければぜひ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ