98.邪竜、息子とお風呂に入る
マシモトでの仕事を終えて、リュージたちはホームタウンであるカミィーナへと帰ってきた。
その日の夜。
リュージは、母の体のママ、風呂に入っていた。
「はぁ……疲れたぁ~………………」
湯船に身を沈めるリュージ。
その体には、バスタオルが巻かれていた。
湯にタオルを入れるのはマナー違反……だが今は容赦してもらいたい。
なぜなら今、リュージは母の体に入っているのだ。
まじまじと肌を見るわけには行かない。
リュージは、別に母を異性としてみてはいない。
しかしそれでも、女性の裸を見るのはいけないことだとリュージは思ったのだ。
「いろいろあって……ほんと、疲れたよ……」
身を沈めて、ぶくぶく……と泡をはくリュージ。
今日1日だけで、カルマはいくつもの騒動を起こした。
母が冒険についてくると、本当にいろんなことが起きる。
めまぐるしすぎて、めまいを起こしそうだった……。
「今日は疲れた……お風呂にゆっくりつかって、疲れを癒やそう……」
と、思っていたそのときだった。
すぱーんッ!
「りゅーくん! 一緒にお風呂入ろー!」
すっぽんぽんの母が、風呂に入ってきたのだ。
「ちょっ!? 母さん!? 隠して! 前!」
「前? なんでです……?」
「い、良いからっ隠してッ!」
「隠すこと無いですよ♡ かわいいですし♡」
「かわいいとか言わないでよぉもーーーーーーーー!」
リュージは顔を真っ赤にして吠える。
だがカルマはどこ吹く風。
息子の体で、るんるんとスキップしながら、リュージの元へとやってくる。
「さぁさぁ一緒にお風呂入りましょう?」
「やだよ! 僕出て行くからね!」
「まあまあまあ良いではありませんか。お母さんたちは親子なのです。一緒にお風呂に入っても何もおかしくはありませんよ」
「ぼくもう15歳…………はぁ~………………」
どうせこのワガママママのことだ。
いくら嫌だと言っても、絶対に一緒にお風呂に入ってくるだろう。
またリュージが出て行こうとしたら、あの手この手を使い、風呂から出してくれないはず。
ならもう諦めて、一緒にお風呂に入ろう。
幸いシーラたちもいないことだし。
さて。
リュージたちは並んで、湯船につかる。
「今日はとっても楽しかったです。すっごく充実してましたッ!」
ニコニコ笑顔で、カルマが言う。
どうやら母はこの状況を、ここから楽しんでいるようだった。
一方でリュージは不安だった。
「母さん、どこか体に異変とかない? 大丈夫?」
なにせ体が入れ替わるなんてイレギュラーが発生しているのだ。
何かしらの不具合が、生じていてもおかしくはない。
母にそんなことがあったら……悲しい。
しかし母は「はぁああああああああああん♡ 息子が♡ 息子がお母さんの心配をしてくれるよぅうううううううううううううううう♡ うれしーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
……うん、いつも通りだった。
まあ母が元気で良かった……とおもったそのときである。
「あいてっ」
カルマが顔をしかめてたのである。
「母さん、どうしたの?」
「いや……なんだか腕のあたりがジンジンするんです。なんですかね?」
「み、見せてっ」
母に何かあったのではないか。
リュージは焦って、母の腕をつかんで見やる。
カルマの腕には……擦り傷ができていた。
「なんだ……たいしたことないじゃん。良かった……」
「ご心配おかけしました。しかし……そうか、これが【痛み】というものなのですね」
カルマが遠い目をして言う。
「邪神のチカラを手にしてから今まで、痛みというものとは無縁でしたから。久しく忘れていました。ダメージを負うという、この感覚を」
「…………」
母は昔は、普通の竜だった。
そこに偶然、邪神のチカラを手にして、最強無比なる存在へと進化した。
最強である彼女は、ダメージを負うことは無い。
痛みを感じることは無いのだ。
それが今、彼女は人間の体にいる。
そのことで、久方ぶりにダメージを負うという感覚を得ているのだろう。
「ふふっ」
「どうしたの、母さん? 急に笑って」
「いえ……こういう言い方は不謹慎かも知れませんが、りゅーくんと体が入れ替わって良かったなって思いました」
「良かった……?」
「ええ。こうして痛みを味わうことができましたもの」
「…………」
母は、入れ替わっているこの状況下に、適応していた。
それどころか、楽しんでいる余裕さえある。
異常の中に、【新たな発見】を見いだすほどに。
その一方で……リュージは。
この異常事態に翻弄されるばかりだ。
なれるどころか、何かを発見することもできない。
「…………」
「りゅーくんどうしたの? 浮かない顔して……」
「ううん、なんでもない……」
改めて、母は強いなとうらやましく思った。
この異常事態に動じること無く、どうどうとしている。
持てる力を振るって、元気いっぱいに……。
「りゅーくん。ダメよ?」
カルマは微笑むと、リュージの頭を撫でる。
「何に落ち込んでいるかわかりませんが……暗い顔をしちゃダメです。辛いときでも笑って。そうすれば、なんとかなりますよ」
ね? と母が微笑む。
……本当に、強い竜だなと、リュージは思った。
優しい母だなと嬉しく思った。
「そう、だね。いつまでも……そうだ。落ち込んでちゃダメなんだ」
現状にビクビクするのではなく。
この母のように、堂々としていよう。
この状況を、むしろ楽しむくらいの心意気でいよう。
「…………」
リュージは母の傷を見た。
そして、自分の手を見やる。
さっきまでは、思いつかなかったことだ。
だが今、リュージは今この状況に、適応しようと決めたばかりだ。
下ばかり見ないと決めたばかりだ。
なら、今できることを、試してみるべきでは……?
「母さん。ちょっと腕貸して」
「腕どころかお母さんのすべてを差し出しますけどッ!?」
「腕だけで良いから」
リュージはカルマの腕を手に取る。
生傷ができている。
「…………できる、はず」
リュージは片手を、母の傷口に当てる。 目を閉じて、精神を集中させた。
「りゅーくん? なにするの?」
「母さんは、僕の体で、母さんのチカラを使えた。なら僕も、母さんの体で、母さんのチカラが使えるんじゃないかって……」
この母の体には、最強邪神のチカラが宿っている。
なら使えるはずなのだ。
リュージにも、魔法が。
「…………」
しばらく精神集中していた……そのときだ。
ぽわ……っと、手の先が温かくなってきたのである。
やがてそれは、癒やしの光となって、母の生傷に降り注ぐ。
しばらくして、母の腕の傷は、すっかりと消えた。
「で、できた……」
先ほどのは、初級光魔法(回復魔法ともいう)【小回復】だ。
小さな傷を治す治癒の魔法である。
そう……魔法だ。
「僕にも……魔法が使えた……」
今までのリュージでは、使えない技術だった。
けどやればできた。
やればできたという事実が、リュージに少しばかりの達成感を与える。
それがたとえ、借り物のチカラだとしても……である。
「りゅーくん! すごい! すっごいですよーーーーーーーーーーー!」
ざばぁっ……!
カルマが立ち上がって、笑顔で叫ぶ。
「前! 隠してッ!」
「はぁああんもうっ! りゅーくんはもうほんと天才! すごい! ジーニアスりゅーくん! すごいよーーーーーーーー! えらいよーーーーーー!」
カルマは全裸で、リュージに抱きつく。
その際にリュージの巻いていたタオルが取れた。
ふたり裸で、抱き合っている形になっている。
「母さん! 離れてッ!」
「ううぐす……お母さんの傷まで治してくれて……なんて親孝行な息子なんだぁああああああ! うわぁあああああああああん!」
「だから叫ばないでよ! こんなところ誰かに見られたら……」
と、そのときである。
ガラッ。
「か、カルマさんっ? どうしたのです、いま泣き声が…………………………」
リュージの恋人、ウサギ獣人のシーラが、風呂場に入ってきたのである。
「はわっ、はわわわわわわっ!」
シーラがとたんに、顔を真っ赤にする。
そう、今のこの状況。
全裸の息子が、全裸の母を襲っているように、見えなくも無い。
「し、シーラ違うんだ! これは……」
「見てないのです! しーらなんにも、みてないのですぅうううううううううう!」
シーラがきびすを返すと、風呂場から脱兎の如く逃げていく。
「ぁあああああ~………………」
リュージは頭を抱えた。
シーラにイラン誤解を与えてしまった……。
「どうしたのりゅーくん? スマイルスマイル♡ 笑ってるりゅーくんを、お母さんに見せて~♡」
のほほーんとしている母。
ほんと、のんきというか、なんというか……。
「一日目でこの騒ぎ……。これ、やってけるのかな……」
リュージは深々と、ため息をついたのだった。
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