97.邪竜、ギルドで絡んできた冒険者を手加減して相手する
母がひとりで、地竜を討伐したその後。
商人と別れたリュージたちは、マシモトの冒険者ギルドへとやってきていた。
地竜の前に受けた、護衛クエストの達成を、ギルドに報告に来たのだ。
母が受付のお姉さんに、商人からもらった依頼達成の書類を渡す。
「はい。確かに承りました。こちらが報酬となっております」
カルマが受付嬢から革袋を受け取る。
「りゅーくん見てみて!」
「か……リュージ!」
「おっとすみません。お母さん見て見てー! ぼくちゃんとクエストをこなせましたよー♡」
ほめてー、っと母がリュージの体に抱きついてくる。
カルマのふくよかなボディに、母が顔を埋めているという状況だ。
非常に恥ずかしい……。
と、そのときだった。
「こいつらかよぉ。マザコンの冒険者って言うのはよぉ~?」
柄の悪そうな冒険者が、リュージたちのもとへとやってきたのだ。
その数は5。
全員が男で、武器を持っている。
「……なんですか、貴様らは?」
母がすごく機嫌悪そうに言う。
きっとリュージとスキンシップを取っていたところに、水を差されて、怒っているのだろうと思われた。
「俺たちはマーガレットさんと懇意にしてる冒険者さ」
「まー……誰です、それ?」
首をかしげている母に、リュージは「さっきの商人さんだよ」と耳打ちする。
「マーガレットさんにいつも通り仕事もらおうって思ったらよぉ。マザコンのガキが俺たちの仕事取ったってぇ話じゃあねえか」
どうやらこの柄の悪い冒険者たちが、マーガレットからの依頼をよく受けていたのだろう。
そこにリュージたちが、今回の地竜討伐クエストを横取りしてしまった。
それがこの柄の悪い連中が、気にくわないと思っているのだろう。
「別にあなた方の仕事を取った覚えはありませんけど。向こうが勝手にこちらに依頼してきただけですし」
母が毅然と、冒険者たちを見上げて言う。 それを見てすごいな、とリュージは思った。
リュージただったら、あんな怖そうなひとたちと絡みたくない。
見下ろされただけで、萎縮してしまうだろう。
だのに、母はリュージの体で、臆すること無く、冒険者たちをにらみかえしている。
同じ体なのに、中身が違うだけで、こんなにもちがうのか……と凹む。
「ごたくはいいんだよ。俺たちの仕事を取ったんだ。わびの一つもあってもいいんじゃないか? なぁ?」
「なぜおわびしないといけないのですか。向こうが勝手にこちらに依頼を受けた。我々が先に仕事をこなした。あなた方は選ばれなかった。それだけです」
「口答えしてんじゃあねえぞ! 女みたいな顔した気色悪い男女がよぉ!」
言われ、リュージはさらに気分が悪くなった。
男なのに、女みたいななよなよとした自分が、いやだったからだ。
もっとリュージが背があって、体つきもしっかりとしていれば、母もきっともっと心配せずにいてくれるだろうに……。
と凹んでいたそのときだ。
「………………」
母が、キレていた。
これ以上無いくらい、ぶち切れていた。
そうだ。息子の見た目を馬鹿にしたのだ。
この過保護母さんが、黙っているはずが無い。
「か、母さん! やめて! 殺しちゃダメ!」
リュージが後から、母を羽交い締めにしようとする。
するり、と母が腕をすり抜ける。
ずんずんずん……と母が冒険者たちに向かって歩いて行く。
やばい……。
下手したら死人が出る……!
「に、逃げてください! 危険です!」
リュージは必死になって、絡んできた冒険者たちに訴えかける。
「ぷぷっ! ママに心配されてマチュよ~?」
……どうやら柄の悪い冒険者たちは、勘違いしているようだ。
逃げろといったのは、息子に向かって……と思っているようだ。
「ち、違うんです! あなたたちに身の危険が迫ってます! 速くお逃げください!」
「はぁ? なんだよあのババ……へぶぅううううううううううう!!!!」
ばぎぃいいいいいいいい!
どごおおおおおおおおん!!
……カルマが冒険者の一人に、アッパーを食らわせたのだ。
そいつは天井へ吹っ飛び、頭が天井へと突き刺さる。
「「「…………」」」
「女みたいなぼくに吹っ飛ばされたあいつは、じゃあなんなんだよ。ザコ以下か?」
カルマが感情を押し殺しながら、他の冒険者に向かって言う。
言葉の端々から、怒りが感じ取れた。
「う、うるせえ!」
「やっちまえ!」
柄の悪い連中、残り4人が、母に殴りかかってくる。
「かあさ……リュージ!」
「わかってますりゅーくん。安心なさい」
カルマはそれだけ言うと、冒険者たちを見やる。
「おらぁ!」スカッ。
「死ねぇ!」スカッ。
大ぶりのパンチにキック。
それらを母が華麗にかわす。
ドガッ!「へぶっ!」
バギッ!「ぶぶぅ!」
殴りかかってきた4人のウチ二人が、その場にダウンした。
「な、なにが起こってるんだ!?」
リュージはかろうじて目で追えた。
母は殴りかかってきた連中の攻撃を紙一重で避け、カウンターパンチを、腹部に喰らわせたのである。
「こ、この野郎! しねぇええええええええええええええ!」
冒険者の一人が、背中に背負った斧を振り上げて、カルマに向かって振り下ろす。
「母さん! 危ない!」
リュージが叫ぶが、母は涼しい顔をして、
ピタッ……!
「なぁ!? お、斧をつかんだだとぉ!?」
「……止まっているかのようでした。それで本気なのですか? その程度の実力を誇っているのですか? ……程度が知れますね」
ぐぐ……っと母が指先にチカラを、軽く入れる。
ぱっきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!
男が持っていた斧が、粉々に砕け散ったのだ。
「な、なぁ!? お、俺のA級装備が! 俺の最強の斧がぁああああああああああああああ!」
「軽くつまんだだけで壊れましたけど。そのおもちゃが最強の武器ですか。ほんと、レベルの低い冒険者ですね」
さて残り一人はというと……。
「ば、化け物だ……おれたちAランク冒険者を、ひとりで、易々と……」
がくがくがく、と震えている。
母はそいつのそばまでやってくると、胸ぐらをつかむ。
「ひぃいい! 命だけは勘弁をー!」
「取り消せ」
「…………へ?」
「だから、取り消せ」
カルマが顔に怒りの表情を浮かべながら、押し殺して言う。
「この顔を馬鹿にしたことにたいして、謝罪しろ。……人間には個性があります。人の顔は人それぞれ。そこに優劣をつけることもできないですし、他人の顔を馬鹿にするなど言語道断です」
カルマは本気で切れていた。
本当ならば、この冒険者たちをぶっ殺しているだろう。
しかしリュージの言いつけを、ちゃんと守ってくれていた。
「謝りなさい。この顔は、この子の個性。それを貶すならば……ぼくは絶対に許さない」
……母の蛮行とも取れる行動。
しかしそれは、息子が馬鹿にされたから、貶されたから、怒った。
母は、リュージの代わりに、怒ってくれたのだ。
親からもらった顔を、馬鹿にしてきたことに対して……。
「す、すみませんでしたぁあああああああああああああああああ!!!」
A級冒険者たちは、泣きながらその場を後にする。
リュージたちだけが残された。
「か……リュージ」
リュージは母に声をかける。
カルマがびくーーん! と体をこわばらせた。
「あの……あのねりゅーくん。ほらちゃんと手加減してますよねだからああ怒らないでー!」
うう……とカルマがその場にしゃがみ込んで、半泣きで言う。
それを見て……リュージは首を振った。
「ううん。怒ってないよ」
「……ほんと?」
「うん、ほんと」
母が他人に暴力を振るったことは、悲しかった。
けれど母は、自分のために怒ってくれたのだ。
息子のために、いつも本気で、全力で取り組んでくれる。
今日だってそうだ。
彼女なりに、息子のことを考えて、行動してくれたのだ。
だから……それに対して、怒るはずが無いのだ。
「母さ……じゃなかった。その……リュージ、ありがとう」
するとカルマが、花の咲いたような笑みを浮かべて、リュージに抱きついて言う。
「えへへっ♡ これくらい、お安いご用ですよぅ!
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