92.邪竜、息子と中身が入れ替わる【前編】
※ルットラの名前と種族を変更しました。
ルットラ→ルトラ
山小人→人狼
リュージの学園生活が終了してから、2週間後。
11月の初頭の出来事である。
その日、リュージは仲間【たち】とともに、拠点であるカミィーナの街。
そこから離れた場所にある森まで、討伐のクエストにやってきていた。
森の中。
黒髪黒目の少年が、剣を構えて、モンスターと対峙している。
相手はファイア・ウルフ。
C級のオオカミ型モンスターだ。
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!」
ウルフは、通常のオオカミより一回り大きい。
2本の牙を持ち、先端には炎の魔法が付与されている。
ウルフはリュージに飛びかかってくる。
「やぁっ!」
巨体のオオカミに飛びかかられても、リュージの体はびくともしない。
彼の体つきは華奢だ。
ともすれば女の子に見えなくもない。
そんな線の細い少年が、巨大なオオカミと切り結んでいる。
それは先日、冒険者学校で教えてもらった、魔力操作の技術を使っているからだ。
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
「いける……いけるぞ……!」
体に魔力を走らせている。
魔力には物体を強化するという性質を持っていた。
こうして体に魔力を充満させることで、リュージの筋力がアップしている次第である。
リュージはぐぐっ……! とオオカミを押し返す。
「りゅーじくん! じゅんびおっけーなのです!」
リュージの背後に、小柄な白髪の少女が立っている。
頭部にはうさ耳。
ふっくらとした丸顔。
気弱そうな赤い目。
このウサギ獣人、名前をシーラという。
リュージの恋人であり、パーティメンバー【の1人】だ。
「【疾風刃】!」
シーラが杖を構えて言う。
杖の先から、超高速で風の刃が複数飛ぶ。
リュージをすり抜けて、ウルフの体を切り刻む。
バラバラ死体となって、ウルフは死亡した。
「ふぅ……ありがと、しーら」
「いえいえ♡ あッ……! りゅーじくんっ! うしろー!」
「え……?」
リュージは背後を見やる。
そこにはウルフが、もう一匹いたのだ。
「しまった!」
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
リュージは今、完全に油断していた。
剣による反撃はできない。
シーラの魔法は打つのに時間がかかる。
攻撃を受けるか……と思ったそのときだ。
「リュージ! しゃがんでっ!」
ややハスキーな声が、少し遠くから聞こえてきた。
リュージは【仲間】からの呼びかけに、素直に従う。
ひゅんっ……!
サクッ……!
「AIIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
ウルフの眼球に、【矢】がささっているではないか。
むき出しの眼球に攻撃を食らい、ウルフはのけぞる。
「リュージ! 今!」
「おっけー! たぁああああああああ!」
リュージは素早く魔力を走らせて、剣を振る。
ザシュッ……!
「AI……!!!!!!」
リュージの剣がウルフの胴体を真っ二つにする。
体が消滅し、あとにあは魔力結晶が残された。
「ふぅ……たすかったぁ……」
「まったく。油断大敵だよ、リュージ」
リュージがその場にしゃがみ込む。
そこに、ちょっと離れたところから、一人の少女が近づいてきた。
背丈はリュージよりやや小さい。
つまりその歳の女の子として、平均的な身長。
濃い藍色に、バサバサとした長い髪。
ぴんっ、ととがった犬耳。
ふぁさふぁさ……と動くのは、毛の多い犬のしっぽ。
目は月のような黄金。
そして目を見張るのは、その大きな乳房だ。
チェキータや母ほどではないにしろ、十二分に大きなおっぱい。
彼女が歩くだけで、ゆさっと胸が動く。
「ありがとう、ルトラ」
彼女はルトラ。
人狼の少女だ。
彼女は先日、冒険者学校に通っていたときに、一緒に剣士科として授業を受けていたクラスメイトのひとりである。
あのときは剣士だった彼女だが、今は弓矢を持っていた。
「気にしないでリュージ。仲間を助けただけだから」
ルトラが手を伸ばす。
リュージはその手をつかんで、よいしょと立ち上がる。
「………………」
「どうしたの、ルトラ? 顔赤いよ」
なぜか知らないが、ルトラが顔を真っ赤にしていた。
さっきまでリュージと触れあっていた手を、愛おしそうに撫でていた。
「べ、別にな、なんでもないからッ! 勘違いしないで!」
「え? 勘違いって……?」
「だからその……な、なんでもないわよッ!」
「ああ、そう……」
ルトラと話し込んでいると、ウサギ獣人の少女がてててっと駆け寄ってくる。
「りゅーじくーん、大丈夫だったのです?」
「うん。ルトラが弓矢で助けてくれたから」
「よかったぁ……ルトラさんの弓矢すごいのです! ひゃっぱつひゃくちゅーなのですー!」
「そ、そんなことないわよ……シーラさん」
テレテレと、ルトラが頭をかく。
「でもルトラすごいよね。この間まで剣士だったのに、たった2週間でここまでの弓の腕になるなんて」
「天才さんなのですー!」
ルトラはもともと、リュージと同じで剣士だった。
だが今の彼女の職業は【狩人】。
索敵と弓矢による中距離攻撃を得意とする職業に就いていた。
「……違うよ。アタシの持っている【器用貧乏】ってスキルのおかげだよ」
「たしかどんな職業にも、早熟で技術が伸びるけど、ある程度で成長が止まるってやつだよね?」
「……そう。天才になりきれない、かといって凡人にもなれない。どっちつかずの……いやしいスキルよ」
なぜか知らないが、ルトラが暗い表情でそういった。
リュージたちはどうしたのと尋ねるが、何でもないと首を振る。
「けどルトラは良かったの? 剣士やめて」
「うん。別に剣にこだわりなかったし。それにこのパーティ、近距離と遠距離攻撃だけで、中距離から相手を牽制する役割の人がいなかったでしょ?」
今までは、さっきみたいにとっさのモンスターによる襲撃に対応できなかった。
リュージでは火力が足りず、シーラでは即応性に欠ける。
弓矢を使うルトラが入ってくれたことで、その死角がなくなった。
パーティとして、さらに一段階上にまで成長できたのである。
「ほんと、ルトラが僕たちのパーティに入ってくれて良かったよ」
「ほんとーなのです! ルトラさんありがとー!」
にこーっと純粋に嬉しくて笑うリュージたち。
だが一方でルトラは、
「…………」
辛そうに、一瞬顔をしかめた。
だが次の瞬間には、
「ありがとう。そう言ってもらえると、アタシもうれしいわ」
と笑った。だがその笑みは、どこか弱々しかった。
後ろめたさ? のようなものがあるように、リュージには感じた。
「ルトラがパーティに入ってから1週間。パーティとしてのランクもそろそろ上がってきたし、これからはもっといろんなクエスト受けられるね!」
「はいなのですー! じゃんじゃんお仕事がんばりましょー!」
「「おー!」」
リュージとシーラが手を上げる。
ルトラが恥ずかしそうに、しかし「お、おー……」と手を上げたのだった。
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