91.邪竜、息子のデートについていく【その5】
シーラとのデートの終盤。
リュージたちは、母のチカラで、遥か上空までやってきていた。
浮遊する石畳の上に、リュージたちは乗っている。
眼下には雲の海が果てしなく続いている。
見上げると雲一つない夜空が、大地を追うようにどこまでも伸びている。
「わぁ……! お星様、きれーなのですー……♡」
シーラが空を見上げて、目を輝かせる。
ぴょこぴょことうさ耳が動いてかわいらしかった。
「母さん、僕ら置いてどっかいっちゃうんだもん……もう、こんなとこに放置して……」
ここから自力で脱出することは不可能だ。
母ドラゴンは2時間後にここへまたやってくるという。
なぜ2時間も? と思ったリュージは、すぐに母の意図に思い至る。
「りゅーじくん。ベッドがあるのです。不思議ー」
「……そう、だね」
浮遊する石畳の上。
そこには巨大な天蓋付きのベッドがある。
ベッドのそばには飲み水や栄養ドリンク、精のつく物が置いてあった……。
「はぁ……母さんは、もうっ……!」
母のイラン気遣いを、リュージはため息をつきながらどける。
「座ろうよ、シーラ。どうせ母さん帰ってくるの、そうとう先出しさ」
「あ、うんっ!」
ちょこちょこ、とシーラがリュージのそばまでやってくる。
ふたりは並んで、ベッドの縁に腰を下ろした。
ふたりはちょっと距離を開けて座っていた。
だが、どちらからともなく、二人は距離を近づける。
ぴたり、と肩が触れあう。
柔らかなシーラの体。甘い髪の匂いに、クラクラとする。
リュージの肩に、シーラがこてん、と頭を乗っけてきた。
うさ耳が風に吹かれて、リュージの頬をくすぐる。
「……りゅーじくんといると、とってもほっとするのです」
「それは僕のセリフだよ。シーラといると心が安まるんだ」
シーラの肌の柔らかさやぬくもりだけでなく、【彼女がそばにいる】という事実が、リュージに安らぎをくれるのだ。
「えへへ~……♡ うれしーのです……♡」
ぴょっぴょっとうさ耳が動く。
それが頬をかすめてくすぐったかった。
しばし無言で、恋人と静かな時間を過ごす。
ややあって、リュージは口を開く。
「あのさ……今日は、ごめんね」
リュージはシーラに謝る。
だが向こうは、はて? と首をかしげた。
「なんのことなのです?」
「母さんがほら、デートについてきたでしょう。それでいろいろハプニング起こして……」
「ううん、気にしないで。この数ヶ月で、もうなれちゃったのです」
くすくす、とシーラが笑った。
「そっか。夏に僕らが冒険者になって、今もう秋で、あと少しで冬になるもんね」
あっという間の数ヶ月間だったなと、リュージは思った。
夏。自分の誕生日に家を出て、母が一緒にくっついてきた。
やがてシーラと出会い、ルコやバブコといった娘ができた。
「いろいろあったなぁ」
「はい。いろいろあったのです。だからもう、なれちゃったのです」
「そうだね、天空の城を作ったり、別人になりすましてついてきたり、赤ん坊になったり……」
「毎日びっくりすることがたっくさんあってたのしーのです。カルマさんがいるおかげで、毎日毎日サプライズにあふれてて、とぉってもたのしーのですー!」
思えばいつだって騒動の火種は、カルマだった。
そのたびリュージだけでなく、となりにいるシーラにまでも、迷惑が飛び火していたと思う。
それでも、シーラは迷惑と思っていないのだろう。
この笑顔を見ればわかる。
彼女は優しい女の子だから。
するとシーラは、くしゅんっ、とくしゃみをした。
「大丈夫? 寒くない?」
「へいちゃら……くしゅんっ」
ここは遥か上空。
当然気温は地上の比じゃないくらい寒い。
本来ならこうして普段着で過ごせる環境ではない。
しかし母の結界が作動しているため、こうしていつも通りでいられるのだ。
とはいえ今は冬に近づいた夜。
結界に守られて佩いても、地面からの冷気は防げない。
「シーラ。これ着て」
そう言って、リュージは自分の上着を、シーラに渡す。
「でもでも、りゅーじくんが寒いのです……」
「大丈夫。僕は平気だから。シーラが寒い思いしてる方が嫌なんだ、僕」
シーラはじっとリュージを見やる。
ややあって、ニコッと笑う。
「りゅーじくん、やっぱりやさしーのです」
えへへ……♡ と笑いながら、彼女がリュージの上着を羽織る。
「さっきもそう。りゅーじくん、いつもみんなのこと気にかけてくれる。優しくて……だいすき♡」
カルマが迷惑をかけてないよう、常にリュージは周りに気を配っていた。
大好きな母が、大好きな誰かに迷惑をかけたら嫌だから。
「しーら……幸運だったのです」
ぱたぱた……とシーラがうさ耳を動かして言う。
「夏に、実家を出て、最初に出会ったのがりゅーじくんで……本当に良かった。優しいあなたで、本当に本当に、良かったのです」
目を閉じて、シーラが静かに言う。
リュージはうれしかった。
必要としてくれるだれかがいるということは、本当に嬉しいことなのだ。
「ありがとう、シーラ」
照れくさかったけど、恋人がほめてくれたことがうれしくて、リュージはお礼を言った。
ふたりは微笑むと、「ん……」とシーラが目を閉じる。
リュージはその細い肩をつかんで、抱き寄せる。
柔らかく、小さな彼女の体。
ともすれば折れそうなほど、華奢な肩を……リュージはつかんでそして自分の元へと引き寄せる。
唇が重なる。
彼女を一番近くで感じる。
大好きな女の子が、自分を受け入れてくれたことが、本当の本当にうれしかった。
ややあって、リュージたちは顔を離す。
「りゅーじくんとのキス……久しぶりなのです」
シーラが自分の唇に触れながら、照れくさそうに言う。
「ごめんね、忙しくしてて。これからはさみしい思いさせように、なるべく一緒にいられるから」
「あ、でもでも、いいのです。りゅーじくんは自分のやりたいよーにしてほしーのです。それに……」
「それに……?」
シーラが明るい笑みを浮かべる。
「りゅーじくんはカルマさんのそばにいてあげないとダメなのです。カルマさんがさみしーと、シーラもかなしーになってしまうのです」
ああやっぱりだ、とリュージは思う。
シーラはカルマのことを、本当に、邪魔な存在なんて思ってはいなかった。
リュージは嬉しかった。
大好きな母のことを、大好きな人が、同じように大好きでいてくれることが。
「シーラ。僕、君と出会えて良かったよ」
「そんな。しーらのセリフなのです。とっちゃめっ、なのです」
えへへ……♡ と笑い合うふたり。
ふたりは並んで手をつなぎ、眼下の景色を堪能した。
やがて母が迎えにやってくる。
「じゃ、帰ろうか」
「はいなのです!」
【よっしゃあ! カリュー、ルーマ! もうすぐあなたたちの顔をおがめますよー!】
「もうっ! 何の話してるのさー!」
その後あははと楽しそうにしながら、リュージたちは帰路についた。
こうして、久々のデートは、楽しい思い出とともに、終了したのだった。
次回から新しい展開に入ってきます。
そして、「冒険に、ついてこないでお母さん!」の書籍版の情報が解禁されました!
①オーバーラップ文庫から、
②7月25日に発売!
③イラストレーターさんは【鍵山/clave】さん!@kagiyama_clave
とってもキュートにカルマたちを描いてもらいました!
本編もすごく頑張って書きました!なのでお手にとっていただけると嬉しいです!
書籍版、そして漫画版も、どうぞよろしくお願いします!