91.邪竜、息子のデートについていく【その4】
クレープ屋での騒動の後。
リュージはシーラ、そして母とともに、街を見て回った。
レストランで食事を取った後、ふたり(と母)は、ウィンドウショッピングを楽しむ。
洋服を見たり、武器屋で新しい杖や剣を見たり、本屋で雑誌を見たり。
シーラはその間、ずっとニコニコとしていた。
リュージと手をつないで歩けることが、純粋に楽しいらしい。
一方でリュージは、内心でため息をついていた。
原因はとなりの美女カルマだ。
母が同伴しているため、恋人とのデートを素直に楽しめないのである。
そりゃ、暗がりに隠れて情事をする、といったハシタナイことはしない。
けれどせっかくデートに来ているのだ。
もう少し恋人と、甘い時間を過ごしたい。
たとえばパフェを二人で頼んで、あーんしたり……。
母がいることで、そういう雰囲気には、リュージはなれなかった。
さてそんなふうに歩いて、15時くらいになった頃。
きゅ~~~…………。
「あぅ……」
「シーラ。あなたまたお腹がすいたのですか」
「あうあう……ごめんなさい~……」
カミィーナの大通りにて。
シーラが顔を真っ赤にして、お腹を押さえている。
「仕方ありません。りゅーくん。お母さんあそこの屋台でアイスクリームを買ってきます。あなたたちは噴水公園のベンチで待っててください」
そう言って、カルマはリュージたちを残し、アイスの屋台へと向かった。
後に残されたリュージたちは、公園のベンチに座る。
「えへへ~♡ カルマさん優しいのですー♡」
「そう……だね」
これはチャンスでは、とリュージはドキドキしながら思った。
やっと二人きりになれた。
そしてここは公園。人がそんなにいない。
「……シーラ」
「はい? どーしたのです?」
リュージはシーラの真横に座る。
肩が触れあう。
ふたりは、顔を見合わせる。
「あう……」
しゅぅう……と顔を真っ赤にするシーラ。
だがシーラの目は、涙で潤んでいた。
なんとなく雰囲気を察したのだろう。
そして……顔が自然と近づいた、そのときだった。
「ぱぱー」
バッ……! と二人は顔を離す。
声のした方を見やると、褐色金髪の幼女が、こちらにかけてくるではないか。
「る、ルコ。どうしたの、こんなところで」
「るーちゃんっ♡」
「しーらー」
娘のルコが、シーラめがけて走ってくる。
だが途中で立ち止まる。
「しまった。でーと。じゃましちゃ。め。だった」
ルコが立ち止まり、ぐぬぬと言う。
「おいおぬし、かってに離れるでないぞ」
「そうよ、るーちゃん。リューたちの甘い時間を邪魔しちゃいけないでしょう~♡」
ルコの後から、監視者エルフのチェキータと、娘2号のバブコがやってきた。
「チェキータさん、ここで何を?」
「るーちゃんとバブちゃん連れてお散歩よ。ずっと家にいるとかわいそうでしょう、この子たちが」
母同伴でデートに来ている。
では残りの娘たちはどうするかとなったとき、チェキータが面倒見ることを買って出てくれたのだ。
「ぱぱ。ごめん。るぅ。じゃましない。でーと」
ぺこっ、とルコが頭を下げて、リュージたちから離れる。
チェキータのところへ行き、「だっこー」「はいはいよいしょっと♡」抱きかかえられる。
「偶々通りかかっただけだから。安心して、あのこと違って、お姉さんたち、ふたりの邪魔しないから。ね、るーちゃん、バブちゃん?」
チェキータがルコとバブコを見て言う。
あのことは言うまでもなく、カルマを指す。
「るぅ。やぼ。そんなこと。しない」
「つーかあの邪竜、息子のデートについてくとかどんだけ常識知らずなんじゃよ……」
五歳児に常識で負ける母であった。
物わかりの良い娘たちである。
否、母の物わかりの悪さが異常なのか……?
「ごめんなさいね、リュー」
チェキータが眉を八の字にする。
「え、どうしたんですか、チェキータさん?」
「ほら、カルマのことよ。デートの邪魔しないように、手綱にぎってあげられなかったでしょう?」
言われてみると、確かに。
いつもはこの監視者のお姉さんが、カルマの行き過ぎた行動を制御してくれる。
だが今回は、チェキータはカルマを止めなかった。
言われてみればおかしな話だった。
「でもねリュー。あの子もさみしかったの。わかってあげて」
「さみしかった……?」
チェキータがうなずく。
「冒険者学校であなた、1ヶ月勉強漬けで、あまりカルマのことかまってあげられなかったでしょう?」
シーラにそうだったように、確かにカルマのことをかまってやれていなかった。
とは言え、向こうはからんできっぱなしだったけど……。
「さみしかったのよ。あの子。だからリューとしーちゃんには悪いとは思ったけど、デートについて行くの、止められなかった。ごめんなさい」
言われ、リュージは首を振った。
「チェキータさんが謝ることじゃないです。……僕が、気付くべきでした」
リュージは反省した。
確かにこの一ヶ月くらい、勉強に意識がいっていた。
恋人だけなく、母とも余りふれあう時間がなかったのだ。
「……ごめんなさい。ここ1ヶ月は、自分のことでいっぱいいっぱいでした」
「うん、わかってるわ。カルマもわかってる。だからそんな悲しい顔しないで」
チェキータがルコを抱きかかえながら、片手で、リュージの頭を撫でる。
「それに今は十分にかまってあげられてるでしょう。今のカルマ、とっても楽しそうでうれしそうだもの」
確かに今日の母の浮かれっぷりはすごかった。
昼食の時も、買い物をしているときも、片時も離れず、そしてずっとニコニコしっぱなしだった。
きっと息子とデートできて、本当に楽しかったのだろう。
「ああでもリュー。大丈夫だからね」
「大丈夫、とは?」
にんまり、とチェキータが笑う。
そしてリュージに近づく。
耳もとで、シーラに聞こえないように、小さく呟く。
「……カルマも夜は先に帰ると思うから。あの子も孫の顔が見たいって言ってたもの」
「なっ……!?」
チェキータが顔を離す。
ニコニコと実に楽しそうだ。
一方でリュージは、顔から火が噴きそうなほどになっている。
「それじゃお姉さんたちはこれで退散するわ。リュー。しーちゃん。頑張ってね♡」
「ぱぱー。がんばー」
「よくわからんが、頑張れよおぬしら」
そう言って、チェキータは娘二人を連れて、その場を離れた。
「…………」
「りゅーじくん、どーしたのです?」
シーラが首をかしげる。
胸元がちらっと見えてしまい、リュージはさらに赤面した。
チェキータの言葉で、さらに強く、リュージはシーラに異性を感じてしまう。
そうしていると、カルマがアイスを持って帰ってきた。
100個くらい買ってきたので、大半を無駄にする羽目になったのだった。
☆
さてそんなふうにデートをし、時刻は夕刻になった。
日が沈みかけており、空はオレンジから藍色になりかけている。
最初の待ち合わせ場所まで、リュージたちは戻っていた。
「さてさてさて! いよいよ本日のメインイベントですねッ!」
すごいご機嫌のカルマ。
一方でリュージは、げっそりとしていた。
チェキータに妙なことを言われ以降、シーラを過剰に意識してしまっていたのだ。
カルマもさることながら、いつも以上にシーラの行動がきになってしまったリュージである。
心労は推して知るべしだ。
「メインイベントって……母さんこれから何かするの?」
「ええもちろんっ! とぉっても大事なことをね!」
カルマはリュージとシーラに笑いかける。
手を上空に掲げる。
いったい何をするのだ……と思った、そのときだった。
ごごごごごご………………!!!!!
リュージたちが立っている地面が、突如として揺れ出したのだ。
「な、なんだっ!?」
「ひぅ……! 地震なのです!?」
ふたりがその場に尻餅をつく。
地震は収まらないどころか、勢いを増していく。
「と、とにかく避難所へ行こう!」
「は、はひ~」
リュージはシーラの手をつないで、這ってその場を後にしようとする。
そして……気付いた。
「な、なぁ!?」
「地面がないのですー!」
なんとリュージたちの進行方向に、何もなかったのだ。
縁までやってくると、そこで気付いた。
「そ、空飛んでるー!?」
先ほどまでリュージたちが立っていた地面が、宙に浮いて、ぐんぐんと空へと上昇してるではないか。
「はわわわわっ! い、いったい何が起きてるのですー!?」
何が起きてるかはわからないが、誰の仕業かは一発でわかった。
【ふたりとも、揺れますのでその場から動かないでください】
背後を見やる。
そこには、漆黒の邪竜がいた。
邪竜となったカルマは、リュージたちが立っていた地面をつかんで、空へと飛んでいる最中だったのだ。
【無重力魔法と結界魔法を組み合わせ、りゅーくんたちが立っているところは揺れも空気抵抗も少なく安全です。なのでそこからでないでくださいね】
「でないでもなにも、ここから出たら落ちて死ぬじゃん!」
【大丈夫です。お母さんがすぐに蘇生させますので!】
「そういうことじゃなくてっ! もうっ! なんでこんなことするのー!?」
リュージの叫びを、カルマが無視する。
邪竜はぐんぐんと空を飛んでいき、厚い雲を通り抜ける。
その間寒さを感じなかった。
遥か上空にいるので、ふつうは死ぬほどの寒さを感じるはず。
だがカルマの魔法のおかげで、平地と変わらない環境でいられた。
やがて分厚い雲を突き抜ける。
「うわぁ……! きれー……」
眼下には雲の海が広がっていた。
眼前には、藍色に染まる夜空と、きれいな丸い月。
ここは遥か上空、雲の上。
あらゆる建物はここには存在せず、地平線の彼方まで、雲の海が広がっていた。
最高に景色の良い場所。
そこに、リュージたちはやってきている。
【ではお母さんは2時間くらい空をお散歩してきます。あとは若い二人で、景色をお楽しみください!】
ばちんっ☆ とカルマがウィンクする。
どうやら母は、リュージとシーラをふたりきりにしてあげようとしてるようだった。
「母さん……」
【えっへん。お母さんだって空気を読めるんですよ】
ほめて~と、と邪竜姿で、カルマが息子に笑いかける。
リュージは晴れやかな表情で、お礼を言った。
【では二時間したら戻ってきます。でゅわっ!】
そう言って、邪竜はどこかへと、猛スピードで飛んでいった。
あとには小島に乗っているリュージと、そしてシーラだけが残されたのだった
次回で幕間終了。新しい章に突入します。
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