91.邪竜、息子のデートについていく【その2】
リュージがシーラを、デートに誘った翌日。
休日。午前中。
彼等が拠点としている街、【カミィーナ】。
噴水のある広場にて、リュージは恋人が来るのを、待っていた。
「シーラ……まだかな……」
そわそわ。
ちらちら。
リュージはしきりに、広場の時計を確認する。
時刻はまもなく11時。
集合時刻になる。
「変じゃないかな……」
リュージはしきりに髪の毛を手で直す。
そして来ている服を何度も見やる。
今リュージが着ている服は、この日のために新しく買ったものだ。
普段はシャツにベスト、パンツという簡素な出で立ち。
だがこの日は、ベストの上から薄手のジャケットを着ていた。
リュージなりに、オシャレをしたつもりだった。
「ちょっと服、かっこつけすぎかな……?」
と、そのときだった。
「そんなことありませんよっ、りゅーくん!」
となりに立つ美女が、声高にそういった。
リュージは、はぁ……とため息をつく。
彼のとなりには、絶世の美女が立っている。
母カルマだ。
彼女は普段のサマーセーターの上にカーディガンを羽織っている。
それ以外はいつも通り、ロングスカートにハイヒールというお召し物。
「とってもとっても、と~~~~っても似合ってるよー! 神! 神コーデだよ!」
きゃああああ♡ とカルマが黄色い声を上げる。
リュージは重くため息をついた。
……シーラにデートを申し込んだ夜。
母は息子たちの会話を、盗み聞きしていた。
シーラとのデートに、母もついて行く……と言ってきた。
この母には常識が通じない。
ふつうは、デートに母がついてこない。
リュージは熱弁を振るった。
しかしカルマは、よそはよそ、うちはうちを貫く姿勢。
結局リュージは、何度も何度もついてこないでと言っても、言うことを聞いてくれなかった。
「りゅーくんほらダメですよ。しゃんとして。お母さんが髪の毛とかしますからね」
カルマが【万物創造】で、ブラシと寝癖スプレーを取り出して言う。
「いいからっ! ほっといて!」
「どうしてりゅーくん、寝癖が朝よりもついてるのでしょうか。朝よりツンツンしてる……不思議」
リュージの顔がかぁっと赤くなる。
整髪料を使って、リュージは自分の髪の毛を立たせているのだ。
「お母さんにお任せあれ! 秒で寝癖を直しますから!」
「良いってばっ! ほっといて」「あ、終わりましたよー」「早っ!」
カルマが超高速で手を動かし、息子の寝癖を直したのだ。
やりきった職人の顔で、カルマがうなずく。
余談だがカルマが超高速で動いたため、周囲に突風が吹いていたのだが……。
それはカルマの目には映らなかった。
息子以外どうでもいいのである。
「お洋服も素敵です。ですがりゅーくんは黒いジャケットよりも青が似合います。これとかどうでしょう?」
パチンッ!
ずらーーーーーーーー!
超長いハンガーラックが出現した。
そこには様々なデザインの、青色のジャケットがかけてあった。
「母さん! ここ外! 目立つのやめて!」
「これとかどうです? こっち……いや、こっちも似合ってる……ああ、息子のデートですもの、きちんとお母さんコーデしないと!」
「話しきいてってば! もうっ! もうっ!」
母は普段よりも張り切っていた。
息子が恋人(カルマは認めた)とデート。初のデート。
「息子のデートを完璧なものにする義務が、お母さんには……ある!」
「ないよっ! もう帰ってってば!」
母の出したジャケットを消させ、ぐいっとリュージがその背中を押す。
「しかしシーラは遅いですね。もう11時になりますよ。いつまで待たせるのでしょうかっ」
「集合時間が11時なんだからいいの!」
と、そのときだった。
「りゅ、りゅーじくーん」
広場に、シーラがやってくる。
ぱたぱたと小走りで、リュージのそばまでやってきた。
「お、遅くなってごめんなさいなのです!」
ふぅふぅと息を切らしながら、ばっ! とシーラが頭を下げる。
「ううん、シーラ。気にしないでよ。時間ぴったりだからさ」
ね? とリュージが笑う。
シーラがパァッ、と顔を明るくする。
「そのとおりですよ、シーラ!」
……和やかな雰囲気を、ぶち壊すドラゴンがここに1匹。
カルマは腕を組み、仁王立ちで、シーラを見下ろす。
「りゅーくんは30分も前にここへ来ています。愛しい我が子……いや、自分の恋人を30分も待たすとは何事です! 嫁失格ですよ!」
「はうっ……! ごめんなさいなのです、カルマさん……」
しゅーん……とシーラのうさ耳が垂れる。
リュージは恥ずかしくてしょうがなかった。
「もうっ! もうっ! 僕がいつここ来てたって言わなくて良いから!」
「よくありませんよ! りゅーくんを待たせるとはシーラ、あなたには大天使りゅーくんの恋人であるという自覚が、足りないのではなくってッ?」
カルマはいつの間にか、メガネとスーツ姿になる。
その手にはバインダーとペン。
「待ち合わせに遅れてくる……マイナス5ポイント!」
「あうぅう……また引かれてしまいましたぁ~……」
どうやらお母さん面接のときどうよう、カルマはシーラの行動を採点しているようだった。
「母さん! 余計なことやめてよ! シーラを困らせるようなことしないで!」
「いじめではありません」
くいっ……とカルマがメガネを押し上げる。
「これはシーラが、きちんと我が愛しの息子とデートできたか。見極めてるだけです」
「そういうのが余計だっていってるの! もう僕らをほっといてよ!」
ぐいーっとリュージは母の背中を押す。
だが根っこが生えてるのかと思うほど、母は微動だにしなかった。
カルマはその間にも、シーラを評価していく。
「ほう、薄ピンクのチェニック。下は短パンですか。あえてスカートを選択しないあたり、普段とは違う姿を見せたいという心意気を感じられます。小物もいつもの子どもっぽいものではなく、大人っぽいポシェットですか。髪型も後で縛ることで違ういんしょうをあたえて……ふむ。及第点ですね」
カルマがシーラの出で立ちを採点していた。
シーラは、普段と違って、ちょっとボーイッシュな服装だった。
「しーら、及第点なのです?」
「ええ。がんばりましたねシーラ。その調子です。りゅーくんの恋人にふさわしいをこれからも続けてください」
「はーい!」
「…………はぁ」
この状況で、リュージだけが精神的負荷を感じていた。
シーラは、カルマがそばにいることを、そんなに嫌がってない様子だった。
「ところでりゅーくん、いけませんよ!」
「……急にどうしたの?」
カルマはメガネをすちゃっとあげる。
「恋人がオシャレをしてやってきたのです。その感想を言ってあげないとだめでしょう? 常識ですっ」
……非常識に常識を問われるとは。
しかしカルマの言っていることはもっともだ。
さっきから、シーラがチラチラと、期待のまなざしを、リュージに向けてくる。
「えっと……とってもかわいいよ」
なんとか、そんな安易な感想をひねりだす。
もっとひねった感想を……と思ったのだが。
「えへへ~♡ うれしいなぁ~♡ りゅーじくんに褒めてもらったのですー!」
とっても嬉しそうに、シーラが笑ってくれた。
彼女の明るい笑みは、リュージが大好きだ。
「さぁお二人とも! 早速デートに行きますよ! れっつらごー!」
「おー! なのですー!」
「……はぁ。不安だなぁ」
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