90.息子、卒業する【後編】
息子が卒業証書をもらった、数時間後。
冒険者学校の教室。
その外の廊下に、カルマは立っていた。
無事卒業が決まったリュージたち。
後は解散し、おのおのが活動する拠点へと帰っていく。
なにもせず帰るのはさみしかろう。
そこでリュージが提案したのだ。
帰る前に、お別れ会を開こうと。
息子の友達たちは賛成。
カルマも、リュージが喜ぶならと思い、彼等のために料理を作った。
現在、教室の中で、カルマの作った料理を食べながら、リュージたちはお別れ会をしているところである。
カルマは息子の邪魔をしちゃいかんと、教室の外に出た次第。
「ふふ……息子のために行動している……私いま、最高に母親してる……!」
グッ……! とカルマが笑顔で、拳を握りしめる。
そう言う所作は母親っぽくはなかった。
「さてりゅーくんたちが終わるまで、ただこうして待ってるのも暇だし、どうしますかね……?」
と、そのときだった。
こつ……。こつ……。こつ……。
ダークエルフの女教師が、カルマの元へとやってくる。
「……貴様。そこでなにをやっている?」
デルフリンガーがカルマを見て言う。
「息子たちが中でお別れ会をしてるので、外で終わるのを待っているんですよ」
ハッ……! とカルマが何かに気付いたような顔になる。
「もしかして早く帰れっていいに来たのですかっ? だめですよ! ここは通しません!」
ばっ……! とカルマが両腕を広げる。
「……そんな野暮なことはしない。ただ通りすがっただけだ」
「あ、そうですか」
カルマが、ほっと安堵の吐息を付く。
「……これで失礼する」
こつ……こつ……とデルフリンガーが去ろうとする。
カルマは、気になっていたことを言った。
「そういえばあなた。いつまでその変な格好と口調を続けるのですか?」
カルマは、デルフリンガーの背中に向かって言う。
「チェキータ」
と。
……ダークエルフの、剣士科の先生に向かって。
それに対して、彼女はというと……。
「なぁんだ。バレていたの?」
くるっと、デルフリンガーがカルマを見やる。
その肌が……すぅ……っと白くなる。
髪の色も銀から金へ。
格好も、いつものラフなシャツとチノパンへと変貌する。
「まぁ、結構ぼろ出てましたよあなた」
「そう? 頑張って別人のように振る舞ってたんだけどねぇ」
チェキータはいつものように、ニコニコ笑いながら、カルマのそばへやってくる。
「いつわかったの、デルフリンガーがお姉さんだって」
「……まあ、最初からあの暴力教師には、どこかで感じたことのあるような嫌悪感がありました。それに……決定打はあのときです」
「あのとき?」
「卒業試験で、私が邪竜の姿になったとき。あなた、驚いてなさ過ぎです」
転移クリスタルが誤作動を起こし、生徒たちがダンジョンに閉じ込められた。
カルマは邪竜の姿へと変身し、事件を解決した。
その場にはデルフリンガーも居合わせていた。
そして、デルフリンガーは、人間の女が、邪竜へと変身した姿を見ても、何も驚いていなかった。
それは、カルマの正体が、邪竜であると知っている人の所作だった。
「私の正体を知ってる人間なんてごく少数ですからね。必然的に、あなたがデルフリンガーだってわかりました」
「そっかぁ~。お姉さんの変装の腕も、落ちちゃったものねぇ」
くすくす、と監視者エルフが笑う。
「その言い方だと昔はよく変装をしてたのですか? 昔なにやってたんです?」
「ん~? ひ・み・つ♡」
「あっそ」
このエルフの過去など、死ぬほどどうでも良かったので、それ以上の追求はしないことにした。
「というかチェキータ、なぜこんなことしたんです?」
「ん~、こんなことって?」
「だからなぜ変装してまで、りゅーくんの教師をやろうとしたのかって」
ああ……とチェキータがうなずく。
「それは簡単よ。お姉さんもね、りゅーのために協力してあげたかったのよ」
チェキーは続ける。
「あの子、強くなりたいって伸び悩んでいたでしょう。それを見てお姉さんも、カルマのように、あの子の力になってあげたいって思ったのよ。お姉さんにとって、リューは弟みたいなものだからね」
ふふっ……とチェキータが笑う。
「……まあ、息子のようなと言わなかった点は評価してあげましょう。あとりゅーくんのために行動したということ、それのみは許してあげます」
「ふふっ♡ ありがとカルマ」
チェキータはカルマのとなりに、突然現れると、きゅっと抱き寄せる。
「無駄肉をくっつけないでくださいよ」
「いいじゃない♡」
「まったく……。しかしあなた、冒険者の資格なんてもっていたんですね。意外です」
冒険者学校の教員は、冒険者のOB・OGだという。
デルフリンガー(チェキータ)が教鞭を執っていたと言うことは、冒険者の資格があったということだ。
「ええ。昔ね」
「ふぅん……いろいろやってんですね」
「もちろんよ。お姉さんにも過去がある。あなたの知らないお姉さんの一面だってあるのよ」
言われ、まあ確かにとうなずく。
カルマとこのエルフが関係を持ったのは、百年前。
エルフは長命だ。
それより前からこの女は生きている。
当然、カルマと出会う前のチェキータというものも存在するのだ。
「知りたい? お姉さんのひ・み・つ♡」
「ミジンコよりも興味ないので、いいです」
カルマにとっての関心事は息子オンリーなのだ。
「強がっちゃって~♡」
「強がってないです。きもいので離れてください」
ぐいっ、とカルマがチェキータを押しのける。
「そういえばカルマ。今回はすっごくお手柄だったわね」
「なにかしましたっけ?」
「リューの友達を助けたじゃない」
「は? それが……なに?」
わけがわからなかった。
「あなた他人に興味ないでしょう。なのにクラスメイトたちを、あなたは助けた。たいした成長よ」
「? ?? いや、ふつうに助けるでしょう。大事な息子が、初めて作った友達ですよ?」
むしろなぜ助けないというのか……?
「あそこで友達を助けなかったら、りゅーくんが悲しみます。りゅーくんの涙は見たくない。そのために動いただけです。それが何か特別なことでしょうか?」
カルマの言葉に、チェキータが目を丸くする。
「それもそうね。ふふっ♡」
チェキータはカルマのことを、正面からハグする。
「カルマ。あなた、ちゃんと母親として成長してるのね♡」
カルマは、口元が緩みそうになった。
だがそれもつかの間。
「ひっつくな。うっとおしい無駄肉ですね!」
ぐいっ、とカルマがチェキータを押しのけ、そっぽを向く。
「照れてる?」
「照れてない」
「照れてる照れてる♡」
「照れてないってば!」
そんなふうにじゃれていると、ガラッ……! と教室のドアが開く。
中からリュージと、そしてクラスメイトたちが出てきた。
「りゅーくん。お別れはすみましたか?」
カルマが最高の笑顔で、息子を出迎える。
「うんっ!」
リュージもまた、晴れやかな表情で返す。
目元が少し赤かったが、それでも。
今は笑っているから、大丈夫なのだろう。
「さてじゃありゅーくん。帰りましょうか」
「そうだね」
りゅーじはカルマのそばに行く。(いつの間にかチェキータは消えていた)
「それじゃあリュージくん。さらばだ」
「離れてもおれら友達じゃん!」
「連絡先教えてもらったから、遊びに行くんだなぁ~」
イボンコたちクラスメイトが、リュージに言う。
「……リュージ」
ルットラが、リュージの前にやってくる。
「ありがとう。助けてくれて……本当に、うれしかったよ」
ルットラが淡く微笑む。
リュージは照れくさそうに、頭をかいた。
「でもあれ……僕が助けたわけじゃないから」
「だとしても、アタシのこと心配してくれたのはリュージじゃん。本当に、ありがとね」
すっ……とルットラがリュージに手を伸ばす。
息子は友達と握手を済ませる。
手を離し、リュージはクラスメイトたちに言う。
「それじゃあみんな……バイバイ!」
元気よくリュージが手を振る。
「「「さよならー!」」」
クラスメイトたちに別れの言葉を聞いた後、カルマは転移スキルを発動させる。
一瞬にして、カルマは息子を連れ、我が家へと帰ってきた。
家の前にいると、
「りゅーじくんっ!」
「ぱぱー」「りゅーじ!」
二階の窓から、シーラたちが顔を覗かせている。
息子はホッ……と安堵の吐息を付いていた。
「ただいま、みんな!」
明るい笑顔で、息子がシーラたちに手を振る。
シーラたちは一度窓から顔を引っ込めた。
おそらく、降りてく来て、リュージを出迎えようとしているのだろう。
「そうだりゅーくん! 忘れてたー!」
カルマはそう言うと、リュージより先に、部屋の中に入る。
そしてドアを開けて、カルマは笑顔で、リュージに言う。
「おかえり、りゅーくん! お疲れ様!」
息子は目をむいて、しかし優しく微笑むと、
「ただいま、母さん。お疲れ様」
……かくして、長いようで短かった、息子の学園生活は終わり、日常が戻ってきたのだった。
学園編、これにて終了です。
次回から何話か特別編を挟んで、新章へと突入するつもりです!
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このあと数分で、最新話が更新されます!(30日0時に)
漫画版めちゃくちゃ面白くなってます!まだの方は是非!