表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

144/383

90.息子、卒業する【前編】



 冒険者学校の試験が終わった、その日の夜。


 冒険者ルットラは、学校の医務室にいた。

 つい先ほどの実技試験で、怪我を負ったからだ。

 とは言っても、リュージの母が、高位の回復魔法を施してくれた。

 そこまで外傷はない。


 目に見えない怪我があるかもということで、医務室にて精密検査を受けた。

 その結果は明日出る。

 今日は大事を取って、医務室で泊まることになっていた。


 医務室のベッドに、ルットラが横たわっている。

 天井をみあげながら、考えるのは、【彼】のことだ。


 自分の危険に、心から心配してくれた、【彼】。

 自分を友達と言ってくれた、優しい少年に。


「…………」


 ルットラは顔を赤らめる。

 彼を思うと胸がドキドキとする。

 こんな感覚は初めてだ。どうしてしまったのだろうかと困惑する。

 そして一つの結論に至るのだ。ああ、自分は、彼のことが……。


 と、そのときである。


「ルットラ。具合はどうかしら?」

「…………!」


 自分のベッドの横に、背の高い女が立っていた。

 年齢は二十代前半くらいだろう。

 白髪で、病的なくらい真っ白な肌。


 血のような深紅の瞳と、真っ赤な口紅。

 縁のないメガネは、大人な雰囲気を醸し出している。


 縁のないメガネの奥の、切れ長の瞳は、捕食者を彷彿とさせる。


「【メデューサ】、様……」


 ルットラは白髪の女性……メデューサに声をかける。

 

「様、はよしなさいな。ルットラ。なにせわたしは、あなたの母親だもの。ねぇ……」


 クスッ、とメデューサが笑う。

 近くにあったイスをたぐり寄せ、ルットラの隣に座る。


「怪我はもう良いの?」

「は、はい……」


 ルットラが真っ青な顔で言う。

 ブルブル……と体が震えていた。


「あ、アタシは……処分されるのでしょうか?」

「処分? どうして?」

「……あなたの指示に、背いたから」


 メデューサは「そうねぇ」と呟く。


「確かにあなたはわたしの命令を無視したわ。ダンジョンに細工をし、外部から侵入できないようにした。転移クリスタルも、あなたのもの以外は誤作動を起こすようにした。ここまではわたしの指示通り」


 けど……とメデューサが続ける。


「なぜ本番になって、自分がいくべきルートと、【彼】のルートとを取り替えたのかしら?」

「そ、それは……」


 本当ならリュージが行ったルートを、ルットラは行くはずだった。

 ……そう、今回の誤作動は、すべてルットラがやったことだ。

 とは言え、メデューサに命令され実行したことだが。


「その……あの……」

「まぁいいのよルットラ。かわいい我が子」


 ふわり、とメデューサは微笑むと、ルットラの頭を抱く。


「彼に同情してしまったのね。死んでしまったらかわいそうと」

「そ、そう、です……すみません」


「いいのよルットラ。その反応は、正常なものだわ」


 慈愛に満ちた目を、メデューサがルットラに向ける。

 よしよしと優しく頭を撫でる。その様は、母のそれだった。


「むしろあなたに辛いミッションを与えた、愚かな母を許してくれる?」

「…………」


 素直に、うなずけなかった。

 リュージたちと交流を持たなければ、他人のママならば、うなずいただろう。

 しかし今や、リュージは友達以上だ。


 そんな彼をおとしめるようなまねをさせた母を、許せるか……?

 ……難しかった。


「ルットラ。今は体を休めなさい」


 すっ……とメデューサが立ち上がる。


「お、お母さん……」

「あら、どうしたの?」

「その……あ、アタシの処遇は?」


 恐る恐る、メデューサが尋ねる。


「安心なさい。今回は見逃してあげますわ。初めて人を殺そうとしたのですもの。失敗しても仕方ありませんわ」


 ですが……とメデューサが続ける。

 すっ……と母が右手を伸ばす。


 服の袖から、【なにか】がヒュッ……! と飛び出る。

 がぶっ……!


「ひっ……!」


 ルットラの首に、【何かが】かみついていた。

 よくみると、それは白い蛇だった。


 太く長い蛇が、母の服から伸びている。

 そしてルットラの首筋に、浅く噛みついていた。


「【次】もまた失敗したら……そのときは、我が子だろうと、容赦なく【お仕置き】をせざるを得ないでしょうね」


 ぱっ……と白蛇が口を離す。

 母のもとへ戻り、首に巻き付く。

 さながらストールのように。


「今日はもうおやすみなさいルットラ。追って指示は出します。しばらくは自由にしてなさい。いいわね?」


「……は、はい」


 うなずくルットラに、メデューサがにこやかに笑う。


「ルットラ。あなたは、どこの誰かしら?」


 メデューサは娘を見て、唐突に言う。


「い、いきなりどうしたの?」

「あなたの心に迷いが見て取れたの。だから改めて、いってご覧なさい?」


 母はいつも通り微笑んでいる。

 だがその笑みが、決して額面通りでないことはわかっている。

 怖くて、震える。

 唇を震わせながら、言う。


「あ、アタシはルットラ……。魔王四天王のひとり、【後方】の【メデューサ】が作り出した手下むすめのひとり、です」


 そう……この白女は、魔王四天王のひとりだったのだ。

 前方のルシファー。左方のベルゼバブに続く……魔王の後方を守る守護者。


 右方を守る【残り一体】と、メデューサは、長きにわたる封印から、すでに復活していたのだ。


「はい、よく言えました。ルットラ」


 満点を取った子どもを褒める、母のように笑った。


「ゆめゆめ忘れないことね。ルットラ、あなたは魔王様復活のために、存分に働いてもらわないといけないのだから」


 そう言って、メデューサはきびすを返し、その場を後にする。


「おやすみルットラ。かわいい我が下僕むすめ 」


 メデューサが去った後、ルットラはぽたり……と涙を落とす。


「ごめんね、リュージ……。アタシ気付いたよ、あんたのこと……好きだ。なのに……アタシは……ごめんね……」


 ルットラの嗚咽は、夜明けまで続いたと言う。


    ☆


 翌日。剣士科の冒険者学校の卒業証書授与式が行われていた。


 試験の結果は、全員合格だった。


 ルットラもボスを倒していたらしい。

 悲鳴が上がった直後に、隙を見てボスを倒したそうだ。


 筆記・実技試験の結果も、全員が合格ラインに達していた。


 なので剣士科メンバーは、合格の証を、担任のデルフリンガーから受け取れることになった次第だ。


「次。リュージ。前に出ろ」

「はいっ!」


 教壇では、デルフリンガーが立っていて、生徒たちひとりひとりに、卒業書を手渡している。


 名前を呼ばれたリュージは、デルフリンガーの前に立つ。


「貴様は本当によくやった。成績最下位から、まさか首席で卒業するとはな。ここまで成長するとは思わなかったぞ」


 リュージは筆記試験、そして実技試験を、ほぼ満点の成績で突破したのである。(それを聞いた母は、嬉しすぎて失神した)


「卒業したことで貴様のランクはC級ランク。今日から貴様も、中級者の仲間入りだ。おめでとう」


「「「おめでとー!!!」」」


 クラスメイトたちが、パチパチと拍手する。


「おっめでとーーーーーーー!」


 どーーーーーーーーーーーーん!


 母が窓を開けて、魔法の花火を上げる。

 どうやら祝砲のつもりらしい。


「さっすがりゅーくん! お母さんの自慢の息子だよー!」


 カルマは全速力でリュージに近づいて、むぎゅーーー! っと抱きしめる。


「か、母さん離れて! みんな見てる! それにまだ式の途中!」


「やー♡ 離れたくありません~♡ お祝いのハグの途中なんですぅ~♡」


 ぐりぐり、と母が自分の乳房を押しつけてくる。

 甘い匂いと、柔らかな感触に気が遠のきそうになる。


「離れろ。まだ授与式は終わってない」

「チッ……! わかりましたよ」


 しぶしぶと、母がリュージを解放してくれた。


 リュージはペコッと頭を下げ、卒業少々を持ち、デルフリンガーの前から去る。


 教壇の前に、クラスメイトたちが並んでいる。

 彼等を見回す。


「すまなかなった。私の不注意で、貴様らを危険な目に遭わせてしまった」


「い、いや先生のせいじゃないですよ!」

「急に場所が変更になったのがわるかったんだんじゃん!」


 と生徒たちはデルフリンガーを擁護する。

 リュージも同意見だった。

 元々は別の会場でやる予定だったのだ。

 それが急遽変更になったのがいけない。


 デルフリンガーがありがとうと礼を言う。

「さて、これで貴様らは卒業する。今日まで学んだことを生かし、冒険者として頑張ってくれ」


 ふっ……とデルフリンガーが微笑む。


「貴様らならきっと、大きな事を成し遂げられる。自信を持て。いいな?」


「「「はいっ……!!!」」」


 ……こうして、リュージの1ヶ月におよぶ、学園生活が、幕を引いたのだった。

漫画版、「マンガUP!」で好評連載中です!


まだの方は是非!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ