90.息子、卒業する【前編】
冒険者学校の試験が終わった、その日の夜。
冒険者ルットラは、学校の医務室にいた。
つい先ほどの実技試験で、怪我を負ったからだ。
とは言っても、リュージの母が、高位の回復魔法を施してくれた。
そこまで外傷はない。
目に見えない怪我があるかもということで、医務室にて精密検査を受けた。
その結果は明日出る。
今日は大事を取って、医務室で泊まることになっていた。
医務室のベッドに、ルットラが横たわっている。
天井をみあげながら、考えるのは、【彼】のことだ。
自分の危険に、心から心配してくれた、【彼】。
自分を友達と言ってくれた、優しい少年に。
「…………」
ルットラは顔を赤らめる。
彼を思うと胸がドキドキとする。
こんな感覚は初めてだ。どうしてしまったのだろうかと困惑する。
そして一つの結論に至るのだ。ああ、自分は、彼のことが……。
と、そのときである。
「ルットラ。具合はどうかしら?」
「…………!」
自分のベッドの横に、背の高い女が立っていた。
年齢は二十代前半くらいだろう。
白髪で、病的なくらい真っ白な肌。
血のような深紅の瞳と、真っ赤な口紅。
縁のないメガネは、大人な雰囲気を醸し出している。
縁のないメガネの奥の、切れ長の瞳は、捕食者を彷彿とさせる。
「【メデューサ】、様……」
ルットラは白髪の女性……メデューサに声をかける。
「様、はよしなさいな。ルットラ。なにせわたしは、あなたの母親だもの。ねぇ……」
クスッ、とメデューサが笑う。
近くにあったイスをたぐり寄せ、ルットラの隣に座る。
「怪我はもう良いの?」
「は、はい……」
ルットラが真っ青な顔で言う。
ブルブル……と体が震えていた。
「あ、アタシは……処分されるのでしょうか?」
「処分? どうして?」
「……あなたの指示に、背いたから」
メデューサは「そうねぇ」と呟く。
「確かにあなたはわたしの命令を無視したわ。ダンジョンに細工をし、外部から侵入できないようにした。転移クリスタルも、あなたのもの以外は誤作動を起こすようにした。ここまではわたしの指示通り」
けど……とメデューサが続ける。
「なぜ本番になって、自分がいくべきルートと、【彼】のルートとを取り替えたのかしら?」
「そ、それは……」
本当ならリュージが行ったルートを、ルットラは行くはずだった。
……そう、今回の誤作動は、すべてルットラがやったことだ。
とは言え、メデューサに命令され実行したことだが。
「その……あの……」
「まぁいいのよルットラ。かわいい我が子」
ふわり、とメデューサは微笑むと、ルットラの頭を抱く。
「彼に同情してしまったのね。死んでしまったらかわいそうと」
「そ、そう、です……すみません」
「いいのよルットラ。その反応は、正常なものだわ」
慈愛に満ちた目を、メデューサがルットラに向ける。
よしよしと優しく頭を撫でる。その様は、母のそれだった。
「むしろあなたに辛いミッションを与えた、愚かな母を許してくれる?」
「…………」
素直に、うなずけなかった。
リュージたちと交流を持たなければ、他人のママならば、うなずいただろう。
しかし今や、リュージは友達以上だ。
そんな彼をおとしめるようなまねをさせた母を、許せるか……?
……難しかった。
「ルットラ。今は体を休めなさい」
すっ……とメデューサが立ち上がる。
「お、お母さん……」
「あら、どうしたの?」
「その……あ、アタシの処遇は?」
恐る恐る、メデューサが尋ねる。
「安心なさい。今回は見逃してあげますわ。初めて人を殺そうとしたのですもの。失敗しても仕方ありませんわ」
ですが……とメデューサが続ける。
すっ……と母が右手を伸ばす。
服の袖から、【なにか】がヒュッ……! と飛び出る。
がぶっ……!
「ひっ……!」
ルットラの首に、【何かが】かみついていた。
よくみると、それは白い蛇だった。
太く長い蛇が、母の服から伸びている。
そしてルットラの首筋に、浅く噛みついていた。
「【次】もまた失敗したら……そのときは、我が子だろうと、容赦なく【お仕置き】をせざるを得ないでしょうね」
ぱっ……と白蛇が口を離す。
母のもとへ戻り、首に巻き付く。
さながらストールのように。
「今日はもうおやすみなさいルットラ。追って指示は出します。しばらくは自由にしてなさい。いいわね?」
「……は、はい」
うなずくルットラに、メデューサがにこやかに笑う。
「ルットラ。あなたは、どこの誰かしら?」
メデューサは娘を見て、唐突に言う。
「い、いきなりどうしたの?」
「あなたの心に迷いが見て取れたの。だから改めて、いってご覧なさい?」
母はいつも通り微笑んでいる。
だがその笑みが、決して額面通りでないことはわかっている。
怖くて、震える。
唇を震わせながら、言う。
「あ、アタシはルットラ……。魔王四天王のひとり、【後方】の【メデューサ】が作り出した手下のひとり、です」
そう……この白女は、魔王四天王のひとりだったのだ。
前方のルシファー。左方のベルゼバブに続く……魔王の後方を守る守護者。
右方を守る【残り一体】と、メデューサは、長きにわたる封印から、すでに復活していたのだ。
「はい、よく言えました。ルットラ」
満点を取った子どもを褒める、母のように笑った。
「ゆめゆめ忘れないことね。ルットラ、あなたは魔王様復活のために、存分に働いてもらわないといけないのだから」
そう言って、メデューサはきびすを返し、その場を後にする。
「おやすみルットラ。かわいい我が下僕 」
メデューサが去った後、ルットラはぽたり……と涙を落とす。
「ごめんね、リュージ……。アタシ気付いたよ、あんたのこと……好きだ。なのに……アタシは……ごめんね……」
ルットラの嗚咽は、夜明けまで続いたと言う。
☆
翌日。剣士科の冒険者学校の卒業証書授与式が行われていた。
試験の結果は、全員合格だった。
ルットラもボスを倒していたらしい。
悲鳴が上がった直後に、隙を見てボスを倒したそうだ。
筆記・実技試験の結果も、全員が合格ラインに達していた。
なので剣士科メンバーは、合格の証を、担任のデルフリンガーから受け取れることになった次第だ。
「次。リュージ。前に出ろ」
「はいっ!」
教壇では、デルフリンガーが立っていて、生徒たちひとりひとりに、卒業書を手渡している。
名前を呼ばれたリュージは、デルフリンガーの前に立つ。
「貴様は本当によくやった。成績最下位から、まさか首席で卒業するとはな。ここまで成長するとは思わなかったぞ」
リュージは筆記試験、そして実技試験を、ほぼ満点の成績で突破したのである。(それを聞いた母は、嬉しすぎて失神した)
「卒業したことで貴様のランクはC級。今日から貴様も、中級者の仲間入りだ。おめでとう」
「「「おめでとー!!!」」」
クラスメイトたちが、パチパチと拍手する。
「おっめでとーーーーーーー!」
どーーーーーーーーーーーーん!
母が窓を開けて、魔法の花火を上げる。
どうやら祝砲のつもりらしい。
「さっすがりゅーくん! お母さんの自慢の息子だよー!」
カルマは全速力でリュージに近づいて、むぎゅーーー! っと抱きしめる。
「か、母さん離れて! みんな見てる! それにまだ式の途中!」
「やー♡ 離れたくありません~♡ お祝いのハグの途中なんですぅ~♡」
ぐりぐり、と母が自分の乳房を押しつけてくる。
甘い匂いと、柔らかな感触に気が遠のきそうになる。
「離れろ。まだ授与式は終わってない」
「チッ……! わかりましたよ」
しぶしぶと、母がリュージを解放してくれた。
リュージはペコッと頭を下げ、卒業少々を持ち、デルフリンガーの前から去る。
教壇の前に、クラスメイトたちが並んでいる。
彼等を見回す。
「すまなかなった。私の不注意で、貴様らを危険な目に遭わせてしまった」
「い、いや先生のせいじゃないですよ!」
「急に場所が変更になったのがわるかったんだんじゃん!」
と生徒たちはデルフリンガーを擁護する。
リュージも同意見だった。
元々は別の会場でやる予定だったのだ。
それが急遽変更になったのがいけない。
デルフリンガーがありがとうと礼を言う。
「さて、これで貴様らは卒業する。今日まで学んだことを生かし、冒険者として頑張ってくれ」
ふっ……とデルフリンガーが微笑む。
「貴様らならきっと、大きな事を成し遂げられる。自信を持て。いいな?」
「「「はいっ……!!!」」」
……こうして、リュージの1ヶ月におよぶ、学園生活が、幕を引いたのだった。
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