89.息子、卒業試験に挑む【後編】
実技試験を終え、転移クリスタルで、カルマたちの元へ帰ってきた。
ほっと一息つくまもなく、トラブルが発生する。
学校所有の、簡易ダンジョンの入り口前。
ダークエルフの先生、デルフリンガーが、珍しく焦った様子で、通信の結晶に声をかける。
「どうなっている!? 転移クリスタルが作動しないだと!?」
通信先は、イボンコのようだった。
【はい先生。ぶじボスは討伐できたのですが、転移クリスタルに触れても転移が開始されません。難度も試しましたが無理でした】
つづいてスターチから連絡が入る。
【おれのところも同じじゃん。元来た道から出ようと思ったんじゃん。けどボス部屋は一方通行で外に出れないじゃん】
ノックスからも、無事と、そしてクリスタルが故障している連絡が入る。
「クソ……!! 今行く! 動くなよ!」
「ぼ、僕も!」
デルフリンガーとリュージは、ダンジョンの入り口へ向かって走る。
だが……。
バチッ……!!!!
「な、なんだぁ!?」
「これは……結界? クソッ! 誰がこんなものを!」
デルフリンガーが剣を取り出す。
魔力を込めて、勢いよく結界に切りつける。
がきぃいいいいいいいいいいいいいいん!!!
デルフリンガーの渾身の一撃が、はじかれる。
どうやら、かなり強力な結界が、ダンジョンの入り口に張られているようだった。
リュージも一緒になって、何度も結界を切りつける。
だが一向に壊れる様子はなかった。
「クソが! 生徒たちが完全に閉じ込められたッ!!! 私のせいだッ!」
デルフリンガーがギリ……! と歯がみする。
「ど、どうしようっ。このままじゃ……みんなが……」
いちおう、生徒たちは装備を調えてダンジョンに潜って入る。
試験とは言え何があるかわからない。
食料や救急キットは持ち合わせている。
しかしそれも有限だ。
何日も閉じ込められたら、彼女たちは死んでしまうだろう。
「……か、かあさ」
言って、リュージは口を閉ざす。
……また、リュージは母を頼ろうとしてしまった。
リュージは、自立するために街へとやってきた。
何でもできる母のそばにいたら、いつまで経っても一人で生きていけない。
自分の力で生きていけるように、リュージは外に出てきた。
すべては、母に頼らないで、しっかりと生きていけるように。
しかし結局これだ。
結局、リュージは母を頼ろうとしてしまう。
今、そんなちっぽけなことに悩んでいる暇は無い。
クラスメイトたちが閉じ込められているのだ。
しかしそれでも……リュージは躊躇してしまう。
母に頼り、状況を打開してもらうことに……。
と、リュージが悩んでいた、そのときだ。
【きゃぁああああああああああああああああああああああ!!!!】
デルフリンガー先生の持つ、通信クリスタルから、女の悲鳴が聞こえてきたのだ。
「ルットラ! どうしたの、ルットラ!?」
リュージはすぐに、ルットラの声だとわかった。
「どうしたルットラ!? 何があったんだ答えろ!」
「どうしたのっ!?」
デルフリンガーとともに、クリスタルに声をかける。
だがあれっきり返答がない。
「クソッ! 間の悪い……おそらくボスモンスターとの戦闘で負傷したんだ!」
デルフリンガーの推察に、さぁ……っと
リュージが青い顔になる。
ルットラは、クラスメイトたちの中で一番弱かった。
リュージを含めた生徒たちが、ボスを突破しているさなか。
おそらくルットラは、まだボスと戦闘中だったのだろう。
そして戦闘で負傷した。
……このままでは、彼女は。
考え、そしてリュージは、つまらないプライドを捨てることにした。
つまり、母に頼る決意をしたのだ。
振り返り、母に救援を求めようとする。
だがなんて言えば良い?
母は、リュージ以外のすべてがどうでもいいと思っている節がある。
ゆえに、人を助けてと言ったところで、断られる可能性が高かった。
だが……関係ない。
リュージは母を説得しようと心に決めて、
「母さん!」
と母の名前を呼んだ……そのときだった。
「大丈夫。わかってますよ」
カルマがすぐそばにいた。
微笑んで、リュージのそばに立っている。
カルマは真剣な表情になると、右手に【万物破壊】の雷を宿す。
「はぁああああああああああ!」
ばごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
すべてを破壊するスキルを纏わせ、カルマはダンジョン入り口の結界を殴った。
すさまじい音と衝撃。
……しかし結界には、傷一つ、ついてなかった。
「攻撃が効かない……? なるほど、魔力を拡散する術式が織り込まれてるのですね。こざかしい技です。転移スキルはボス部屋には使えないから、まあまあ良い手ではありますか」
ふん、とカルマが不機嫌そうに言う。
「母さん……?」
「カルマ、あなた……」
リュージ、そしてデルフリンガーが目をむく。
驚いた。
母が、リュージが何も言わないウチから、結界を破壊しようとしたからだ。
結界の破壊。
つまりは、リュージ以外の人間の救出。
それを、カルマがしようとしていたのだ。
あの、リュージ以外の森羅万象は、どうでもいいと公言する母が……である。
「大丈夫ですりゅーくん。何も言わずとも、お母さんにはあなたのしたいことが、わかってますよ」
カルマは優しく微笑みかける。
「中にいるお友達を助けたいのでしょう? 大丈夫、お母さんに、任せなさい」
これほどまでに、頼りになる言葉が、この世に存在するだろうか。
リュージは困惑していた。
なぜ母が、人助けのようなまねをするのかと。
だがそんなのは些事だ。
「お願い母さん! 僕の大事な友達を助けて!」
「委細承知。おさがりなさい、二人とも」
デルフリンガー、そしてリュージがうなずき、カルマから距離を取る。
「変身」とカルマがつぶやく。
そこには、見上げるほどの巨体の、黒いドラゴンが出現した。
あれこそが、母の正体。
邪神を喰らい、最強となった邪竜カルマアビス。
「……それで貴様、これからどうするというのだ?」
デルフリンガーが、カルマを見上げながら言う。
……リュージはそこに、激しい違和感を感じた。
【入り口の結界が破壊できない以上、別の手段であの子らを助ける必要があります】
「……それをどうすると聞いてる?」
【簡単ですよ。ダンジョンまるごと、ブレスで吹っ飛ばします】
「「はぁ!?」」
驚愕するリュージたち。
「か、母さんやめてよっ! 中のみんなが死んじゃうよ!」
【安心してりゅーくん。中のみんなが、死ななければ良いのでしょう?】
カルマはリュージを見下ろしながら、静かに言う。
【探知のスキルで、あの子たちの居場所は把握しています。結界の魔法を、魔力が拡散されない位置から遠隔で、あのこたちにかけます】
カルマの顔の前に、魔方陣が出現する。
結界の魔法が発動。
物理、魔法攻撃を防ぐ魔法を、ダンジョン内のイボンコたちにかけたのだと思われた。
リュージたちの周りにも、結界が張られている。
おそらく母の攻撃による、衝撃に備えるためだろう。
【これでブレスを喰らっても、あの子たちは無事です。ではいきますよ!】
バサァッ……!!
カルマが船の帆のような翼を広げる。
翼を羽ばたかせ、すさまじいスピードで、上空へと移動。
【大事な息子の、せっかくできたお友達……】
こぉおおおお……………………。
カルマの口に、超高密度な魔力が収束していく。
リュージはその場に伏せる。
結界が張られているとは言え、母のブレスは強力だ。
カルマは体をのけぞらす。
そして……。
【それを助ける……それが母親というものです!】
ビゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
母の口から放たれた、破壊の光線が、ダンジョンにぶつかる。
どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!
極太のレーザーが、一瞬でダンジョンをまるごと焼き尽くす。
地面が激しく揺れ、リュージはその場から動けないでいた。
ややあって……。
カルマが人間姿に戻り、華麗に着地する。
リュージたちの結界を解く。
「さぁりゅーくん。お友達を助けにいきますよ」
「う、うん……」
リュージが立ち上がる。
カルマがリュージをお姫様抱っこすると、さっきまでダンジョンのあった穴に、ひょいっと飛び降りる。
深い穴の、そこへと落ちていく。
ややあって、地面に柔らかく着地。
真っ黒に焦げた地面。そして……。
「みんな! 大丈夫!?」
リュージは、あたりにクラスメイトたちがいるのに気がついた。
「あ、ああ……リュージ君」
「おれ……生きてるじゃん?」
「さっきのあれ……なんだったんだなぁ……?」
イボンコもスターチも、そしてノックスも、無事のようだった。
カルマの超強力な結界が、母のブレスから守ったのだろう。
ほっ……とするのもつかの間。
「! そうだ! ルットラ! ルットラ-!」
リュージはあたりを見渡す。
負傷してるだろうルットラを探し回ることしばし。
「! ルットラ! 大丈夫!?」
片隅で倒れる、同級生のルットラを発見。
リュージは慌てて、彼女のそばまで駆け寄る。
「うう……」
ルットラは全身傷だらけだった。
頭から出血している。
リュージが手当をする前に、カルマが治癒魔法を施してくれた。
「母さん……ありがとう! ほんとにありがとうっ!」
「お礼などいいのです。愛しい息子が初めて作った学校の友達です。大事にしないとですからね」
理由はどうあれ、リュージは母がそうやって、他者に優しくしてくれたことが、本当に嬉しかった。
ややあって……。
「うう……」
「! ルットラ! 良かった……目が覚めたんだね!」
リュージは小柄な少女を持ち上げる。
彼女はカルマの治癒により、外傷は完全になくなっていた。
「……リュージ。……ごめんね」
じわり……とルットラが眼に涙をためて言う。
おそらくは、【心配かけて】ごめんねと言いたいのだろう。
リュージは首を振る。
「大丈夫。それより、君が無事で良かった……」
「リュージ……」
ルットラがリュージを見上げる。
リュージは彼女に笑いかけた。
ルットラは安堵したように吐息を付くと、そのまま目を閉じ、眠りについた。
……かくして、最後にトラブルはあった物の、母のおかげもあり、全員無事で、試験を終えられたのだった。
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