89.息子、卒業試験に挑む【中編】
冒険者学校の卒業のかかった、試験に挑んでいるリュージ。
筆記を終えて、いよいよ実技の試験。
ダンジョンに潜り、そこにいるボスモンスターを倒せという試験内容だ。
学校が管理している簡易ダンジョンに入ったリュージ。
ドアを開けると、そこには土がむき出しになった通路があった。
全体的に薄暗く、曲がりくねった道は、本物のダンジョンと遜色なかった。
リュージは武器や道具を携帯し、ダンジョンの奥へと進んでいく。
途中、何度か雑魚モンスターとの戦闘になる。
だが冒険者としての知識、技量のあがっているリュージにとって、容易く対処できる相手だった。
ザコを一蹴しながら、適宜休憩を取り、いよいよリュージは、ボス部屋の前へと到着したのだった。
「ふぅ……結構時間かかったなぁ」
ボス部屋の前は、広場になっている。
端っこの地面に腰を下ろし、水筒から水を飲んで一息つく。
「母さん……心配してるよね……」
脳裏にちらつくのは、過保護なドラゴン母。
息子の身の安全を常に気にする彼女。
リュージがちょっと彼女のそばを離れるだけで、情緒不安定になる。
「母さん、今のところ付いてくるの我慢してるけど……大丈夫かな?」
試験に出発する直前。
リュージは母に、絶対についてこないでねと念を押した。
カルマは渋ったものの、最終的には折れ、了承してくれた。
現在、リュージの帰りを、ダンジョンの外で待っていてくれている。
「母さん待ってて……僕、合格してみせるから」
リュージは天井を仰いで言う。
おそらく母のことだ。
魔法を使って、リュージの行動を監視しているだろう。
母に届くように、決意を込めていった後、
「よし……いくぞ!」
リュージは立ち上がり、ボス部屋の前へと移動。
分厚い鉄のドアを開ける。
ごごごごご………………。
ドアがゆっくりと開く。
中は広い空間になっていた。
これもまた、本物のボス部屋と同じだろう。
「ボスはどこだ……?」
と探していた、そのときだ。
「!」
リュージは殺気を感じ取った。
剣を抜いて、自分の斜め後ろに向かって、剣を振る。
がぎぃいいいいいいいいいい!!!
「AOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!」
爪と剣とがぶつかる。
獣遠吠え。
そこにいたのは……。
「こ、犬人!」
リュージは緊張で表情がこわばる。
犬人。二足歩行する犬のモンスターだ。
人間の大人ほどの身長。
筋肉質な体格。
鋭い爪と牙を持った……強力なモンスターである。
「…………」
リュージはゴクリ、と息をのむ。
このモンスターとリュージとは、浅からぬ因縁があった。
この学校に通おうと思ったきっかけが、犬人に負けたからだ。
シーラはこいつに勝てたのだが、リュージは負けてしまった。
チカラ不足を、守りたい女の子の前で、痛感させられた。
リュージにとっては、苦い思い出だ。
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
ビクッ……! とリュージは体を萎縮させる。
また負けたら……? と敗北のイメージが脳裏をよぎった。
今度はサポートしてくれるシーラも、そしていつも助けてくれる母もいない。
自分一人で対処しないといけない。
できるのか……?
否!
「できるかじゃない……やるんだ!」
リュージは剣を構え、丹田に力を込める。
魔力を素早く練り上げる。
体全身、そして剣に、魔力を走らせた。
「いくぞ犬っころ! 勝負だ!」
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!」
犬人がリュージめがけて突っ込んで……来ない。
ふっ……とその姿を消したのだ。
「【隠蔽】スキルか……」
リュージは冷静に、状況を分析する。
「モンスターの中でも、スキルを使える個体はいる……」
学校で習った知識が、ちゃんと生きていた。
かつてのリュージならば、いきなり敵が消えて、動揺しまくっていただろう。
だが今は違う。
彼は学び、そして力をつけたのだ。
すっ……とリュージは目を閉じる。
剣を正眼に構えたまま、その場で動かなくなる。
ややあって……。
ひゅっ……。
「そこだ!」
ざしゅぅ……!!!
「AOOOOOOOOOOOOOOOO………………!!!!!!」
リュージが背後を振り向いて、剣を水平に振る。
それが犬人の土手っ腹に命中。
見事致命傷を負わせた。
「GU……GUUU…………」
ぼたぼた……と犬人の腹から、大量の血が垂れる。
「どうしてって顔だね? ……魔力を操作し、聴覚を強化してたんだ」
デルフリンガーは授業で言っていた。
魔力操作は、奥が深いと。
魔力を体に走らせることで、身体能力が強化される。
斬撃の攻撃範囲が拡張される。
魔力は思っている以上に、いろんなものを強化するのだと、リュージは知った。
そして仲間たちと練習するうちに、魔力を体の一カ所に集めることで、【五感】さえも強化させられることに気付いたのだ。
「最初の不意打ちもそれで防いだんだよ。……それに、犬人はこずるい。常に死角から責めようとする習性があるんだよね?」
リュージは犬人を注視していう。
「GURU……GURUUU……!」
犬人は怒っているようだった。
リュージのような、華奢な、いっけんすると弱そうな存在に、追い詰められているからだろう。
しかしリュージは、弱いが、弱者ではない。
彼は自分が弱いと自覚している。
だからこそ、強くなろうと考える。
工夫する。訓練する。努力する。
今、リュージが優位に立っているのは、彼が努力したからだ。
学校でモンスターの知識を学び、戦い方を身につけ、仲間と協力して、新しい強さを手に入れた。
弱さを自覚しているがゆえの強さ。
【強くなろうとする】強さ。
それが……リュージという少年の持つ、最大の武器だった。
「AO……AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!」
瀕死の犬人が、よだれをまき散らしながら、リュージに襲いかかる。
最後の特攻……いや違う。
リュージは勉強した。
犬人は……思っている以上に、小ずるいと。
ばさぁあああああああ!!!!
犬人は突っ込む振りをしてその場に立ち止まる。
そして足で地面を蹴り、砂をリュージの顔めがけてかけてきたのだ。
大量の砂が、犬人によってまき散らされる。
視界が不明瞭になる。
「GURURUU…………」
しめた、と犬人が笑った。
今、獲物は視界を奪われて、混乱しているだろうと、思っただろう。
犬人は嗅覚に優れる。
たとえ視界が開けててなくとも、獲物の姿を捉えることはできる。
そのすきに反撃を!「しかけようって、算段だよね?」
そのときだ。
犬人の背後を、リュージが取る。
「AO……!?」
「読んでたよ、それくらい。勉強したんだ!」
砂かけ攻撃が来る寸前、リュージは目を閉じた。
目を閉じた状態で、そのほかの五感を魔力で強化。
犬人の背後に回った次第だ。
そして……。
「っらぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」
腕に全魔力を集中させる。
腕力が強化された。
リュージは剣を上段に構えると、そのまま斜めに切り下ろす。
ざしゅぅ………………!!!!!!!
「GI……GIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
魔力により腕力が強化されていた。
犬人の体を、斜めに切断したのだ。
どさ……っと犬人が倒れる。
そして後には、魔力結晶が残された。
「はぁ……はぁ……や、やった! やったぞ! 自力で犬人、倒せたよーーーー!」
リュージは剣を持ったまま、ばっ……! と両手を挙げる。
歓喜で体が震えた。
ずずぅう………………ん。
ごごごごごごご………………!!!
「な、なんだ!? 地面が揺れてる……地震!?」
【りゅーくんすっごいよーーーー! かっこよかったよーーーーーーー!!】
遠くから、くぐもった母の声が聞こえてきたではないか。
リュージは警戒を解いて、ため息をつく。
「……なんだ、母さんか」
おそらく母がぴょんぴょんとはしゃいでジャンプしたのだろう。
飛び跳ねただけで地震を起こすとか……。
相変わらず規格外の母だった。
「まあでも……うん、母さんに成長したところ見せられて、良かった」
ほっ……と安堵の吐息を付くリュージ。
「さて……じゃあ帰ろう!」
ボス部屋の奥へと進む。
そこには台座にのった、手のひらサイズの結晶があった。
「これが転移のクリスタル……。これを取れば、外に転移されるんだよね?」
リュージは結晶を見て呟く。
結晶に手を伸ばす。
「……今の地震で、壊れて転移できなかったら、ど、どうしよう?」
いや、大丈夫だと自分に言い聞かせ、リュージは結晶を手に取る。
ぱぁああああああ………………!!!
結晶が輝く。
リュージの周囲に魔方陣が展開。
ブンッ……!!!
……気付けばリュージは、明るい場所にいた。
目をこらして、周囲を見渡す。
そこは……。
「お帰りりゅーーくーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
びょんっ! だきぃっ!
「か、母さん……」
「お帰りりゅーくん! かっこよかったよー!」
リュージがいるのは、ダンジョンの外だ。
転移結晶は、問題なく作動したようだった。
リュージはカルマに抱きつかれる。
「あ、ありがとう母さん……」
「えへへ♡ クリアしたのはりゅーくんが一番です! すごい! さすがりゅーくん! お母さんの誇り!」
えへへ~♡ とカルマが笑みを浮かべる。
見回すと、そこはデルフリンガー先生以外の生徒が、誰もいなかった。
「先生、僕以外はまだですか?」
「いや、おそらくじきに終わるだろう……」
と、デルフリンガー先生が答えた、そのときだった。
【助けてください先生! 転移クリスタルが、作動しません!!!】
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