89.息子、卒業試験に挑む【前編】
冒険者学校、卒業試験の日になった。
試験は午前中に筆記の試験。
午後に実技試験という時間割だ。
リュージたちは教室で、筆記のテストを受ける。
内容はかなり難しいものだった。
しかしテスト勉強を頑張ったリュージには、容易く突破できるレベルのものだった。
午前中丸々イッパイかけて、筆記テストは終了。
結果はまだ出てないが、受かったという確信がリュージにはあった。
お昼休みを挟み、いよいよ午後の実技の試験となった。
実技試験は、王都の外にある、森で行われることになっていた。
リュージたちは王都から数キロ離れた場所にある、森の中にいる。
「これで本当に最後じゃん!」
「ああ、みんな、がんばろう」
「おーなんだなぁ~」
皆がいるのは、地下迷宮の入り口だ。
これは、国立冒険者学校が管理するダンジョンである。
卒業試験のために作られた、簡易的なダンジョンだ。
このダンジョンで試験が行われる……のだが。
「せ、先生。ルットラがまだ来てないです」
「……なんだと?」
集合場所には、山小人のルットラの姿だけがなかった。
ここにはイボンコ、スターチ、ノックス、デルフリンガー、リュージ。そして……。
「りゅーくんがんばっ! 頑張れりゅーくん! FU~♪」
当然のように、カルマがそこにいた。
息子の邪魔をする気はない。
単に試験に挑む息子の姿を見たかっただけだ。
デルフリンガーは、息子の試験の邪魔をしないならと、カルマの見学を許可したのである。
それはさておき。
「ルットラのやつどこいったじゃん?」
「お昼ご飯の時まではいたんだぁ~」
「昼を取った後は、各自試験会場であるここへ来るように……とデルフリンガー先生が言っているのを、みなで聞いてたはず何だがな」
ううん……とリュージたちは首をひねる。
「……もう少し待ってから私が様子を見に行く」
とデルフリンガーが言った、そのときだった。
「デルフリンガー先生。ちょっとよろしいかしら?」
そこに、一人の女性がやってきたのだ。
メガネをかけた、白髪の女である。
特徴的なのは、全身が病的なまでに真っ白なこと。
そして目が、血のように真っ赤であることだ。
「……ペルセウス先生。どうかしたのか?」
デルフリンガーが、白女……ペルセウスを見て言う。
先生、と呼んでいることから、どうやら冒険者学校の教員であることがわかった。
「剣士科の試験会場が急遽変更になりましたの」
「……なんだと?」
変更?
とリュージは首をかしげる。
「本来のA試験会場ではなく、B試験会場へ行ってくださいません?」
学校が管理しているダンジョンは、ここひとつだけではない。
いくつもあるのだ。
「……そんなこと聞いてないぞ?」
「わたしもついさっき今聞いたばかりなのよ」
にっこり、とペルセウスが笑う。
……だがなぜだろう。
その笑みは、わらっているようには、リュージには思えなかった。
「なんでも転移クリスタルの調子がおかしいんですって。中に入って、クリスタルが作動しなかったってなったら、生徒たちがかわいそうでしょう?」
ペルセウスがリュージたち生徒を見回して言う。
一瞬、ペルセウスと、リュージの目が合った。
にぃ……と彼女が笑った? ように思えたのだが、すぐに戻った。
「……確かに危険だが」
「でしょう? だからおとなしくB会場へおゆきなさいな、デルフリンガー先生?」
微笑をたたえたまま、ペルセウスが言う。
デルフリンガーはしばし黙考した後。
「……承知した」
とうなずいた。
ペルセウスは満足そうにうなずく。
「ではわたしは、魔術科の試験があるのでこれで。あぁそうそう」
ぽんっ、とペルセウスが手をたたく。
「わたしがここへ来る途中、剣士科のルットラさんに出くわしたの。彼女にはわたしの方から、会場が変更になったことは伝えておいたわ。先に会場へ行ってると思うから、だからあの子を待つ必要はないわよ」
それだけ言うと、ペルセウスはきびすを返す。
リュージと、そしてカルマを見て……。
「ごきげんよう♡」
ニコッと笑って、白髪をたなびかせながら、ペルセウスは帰っていった。
「……ということだ。別会場になった。みな、移動するぞ」
「「「はーい!」」」
デルフリンガー主導の下、リュージたちはB試験会場へと向かう。
そこにもさっきいた場所と同じで、地下迷宮への入り口があった。
「あ、ルットラ!」
リュージが見やる先に、山小人の少女がいた。
リュージは駆け寄る。
「…………」
「大丈夫? 迷わなかった?」
ハッ……! とルットラが正気に戻る。
「……うん。大丈夫だったよ。途中でメデュ……ペルセウス先生が道を教えてくれたから」
「そっか。良かったぁ……」
ほっ、とするリュージ。
「迷子になって試験受けられなかったら、困るもんね! みんなで卒業したいし!」
晴れやかな表情を浮かべるリュージ。
友達が試験を受けられるようで、良かった。
その一方で、ルットラは辛そうにキュッ……と唇をかんでいた。
「どうしたの? やっぱり具合悪いの?」
「……ううん。平気だよ。心配してくれて、ありがとう」
そう言うルットラからは、以前のようなとげは感じられなかった。
王都でみんなと遊んで以来、彼女の態度は、少しずつ軟化していった。
今ではクラスメイトたちとも、そしてリュージたちとも、仲良く話せるようになってきているのである。
「試験頑張ろうねっ!」
「…………」
「ルットラ?」
「あ、うん。ごめんね。……がんばろう、ね」
「うんっ……!」
生徒五人がそろったところで、デルフリンガーが、試験の説明をする。
「貴様らの実技の試験内容は、この地下迷宮に潜ってもらう。ダンジョンを踏破し、最後にいるボスを倒して戻ってくるというものだ」
冒険者学校の卒業試験というだけあり、ハードな内容だった。
「この簡易ダンジョンは入り口は共通だが、中に入るとルートがいくつかある。ルートごとに出るモンスターはことなるが、おおむね難度は一定だ。どこが有利不利ということはない。完全なランダムだから、好きなルートを選べ」
「…………」
デルフリンガーの説明に、ルットラが青い顔になる。
緊張しているようだ。
体が震えていた。
そして……。
そして、リュージを見た。
「? どうしたの?」
「……ごめん。なんでもない」
追求したかったが、おしゃべりしているとデルフリンガー先生に怒られそうだったので、やめた。
デルフリンガーが説明を続けている。
「ルートに入ったら一本道だ。奥へと進め。出てくる雑魚をおのおのが対処しろ。そして最後にボス部屋がある。そこにいるボスを倒せ。すると転移クリスタルがある。そのクリスタルを触れば、ダンジョンの外までやってこれる。そこで試験終了だ」
ふぅ……とデルフリンガーが一息つく。
「……何か質問は?」
「はいはいっ! ボスモンスターってどの程度の強さなんですかー! 息子に危険があったらどうするんですかー!」
カルマが真っ先に手を上げる。
「……生徒らの実力でギリギリ勝てるボスが出てくる。絶対に叶わない高レベルのモンスターは出ないから安心しろ」
「では途中で無理だと思ったらリタイアとかできるんですか!?」
またもカルマだ。
息子の身を心配して、質問しまくっているみたいだ。
「……貴様らには通信のクリスタルを渡す。魔力を込めずとも声をかければ私に繋がる。無理だと思ったら連絡を入れろ。ほかには?」
「はいはい!」
「……貴様は少し黙ってろ」
むぐぐ……とカルマが黙る。
生徒たちからの質問はないようだった。
デルフリンガーはうなずく。
「……よし。では各自ダンジョンに入れ。入った瞬間から試験開始だ」
「「「はいっ!」」」
リュージたちは、簡易ダンジョンの入り口前に並ぶ。
ひとりずつ、ダンジョンへと足を進める。
入り口を抜けると、そこにはホールのような物があった。
ホールには扉がいくつもあった。
「…………」
ルットラが、真っ先に、一番端っこのドアを選ぶ。
「んじゃリュージ。がんばるじゃん!」
「皆で卒業しよう」
「がんばろーなんだなぁ」
「うんっ! 頑張ろうねっ!」
生徒たちが、おのおの好きなドアを選ぶ。
リュージは、ルットラのとなりのドアにした。
彼女にはまだ、励ましの言葉を投げかけてなかったからだ。
「ルットラ」
「……ッ!」
ビクッ……! とルットラが体を萎縮させる。
「……な、なに?」
「いやその……がんばろうねって話」
にっこりとリュージが笑う。
「…………」
「ルットラ大丈夫だって。受かるかどうか、心配なんでしょう? だからさっきから、ちょっとおかしいんだよね?」
でも……とリュージは続ける。
「大丈夫だよ! ルットラが頑張り屋さんなの僕知ってるもん。僕らが帰った後、一人で自主練してたんでしょう? それに朝も一番早く来て練習してる」
「な、なんで知ってるの?」
「えへへ……いっかい教室に忘れ物して帰ったことあったんだ。そのときに……見かけて」
「…………」
ルットラがうつむく。
恥ずかしがっている……?
否、違った。
顔が、真っ青だった。
たぶん、緊張でがくがくぶるぶるなのだろう。
リュージは微笑むと、彼女の手を包む。
「えっ?」
「前にチェキータさん……僕の知り合いなんだけど、緊張してるときは、こうして誰かに手を握ってもらって、手を温めてもらうのがいいんだって」
ルットラの手は、氷のように冷たかった。
そこまで緊張していたのだろう。
リュージは彼女の緊張が解けますようにと、いっしんに彼女の手を握った。
「……リュージ。あんた」
ぎゅっ……とルットラが唇をかみしめる。
「……どうして、そこまでしてくれるの? 他人の、あたしに?」
「そんなの、友達だからに決まってるじゃん!」
友達に、優しくすることなど、リュージにとっては、当たり前すぎることだった。
「…………」
じわ……っとルットラの眼に涙がたまる。
ややあって、彼女の手が温かくなった。
「これで大丈夫かな?」
「…………うん。あんがと」
「いえいえ。さっ! 試験頑張ろうね!」
リュージがドアを開けようとした、そのときだ。
「りゅ、リュージ!」
がッ……! とルットラが、リュージの手を握ってきたのだ。
「どうしたの?」
「あたし、そっちの部屋が良い。交換してくれない?」
「? いいよ。どうぞっ」
リュージとルットラは、部屋を交換することにした。
リュージはさっきルットラがいた、端っこの部屋へ。
そして……ルットラは、端っこから二番目の部屋へ。
「がんばろうね!」
「…………うん」
リュージはドアを開ける。
そして部屋の中に、入る。
ごごご……っとドアが閉まる。
そして……。
「さよなら……リュージ。……あんたの優しさ、すっごく、嬉しかったよ。最後に、良い友達ができて、アタシは満足だった」
そして、試験が始まる。
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