88.邪竜、テスト前日の息子を支える
同級生たちと遊んでから、数日後。
いよいよ、明日最終テストが行われる。
テスト前日の、夜のことだ。
カミィーナにあるリビングにて。
「さぁりゅーくん! 明日はテストです! たくさん食べてしっかり栄養をつけてくださいねっ!」
食卓には、恐ろしいほど豪華な料理が並んでいた。
とても一人じゃ食べきれない量だし、どのメニューも【重そう】なものばかりだ。
「さぁりゅーくん食べてっ。お母さん、気合い入れて作ったんだから。これとか!」
「なにこのでっかいお肉……?」
「これは牛の丸焼きです!」
「こんなにたくさん食べれないよ……」
他にも豚の丸焼き、鳥の丸焼き、山羊の丸焼き、ドラゴンの丸焼き……。
どれも肉料理で、そして油がぎっとりとしていた。(肉料理以外もあった)
おいしそうではあるのだが、できれば明日は万全の体調で臨みたい。
リュージは腹八分目にしておいた。
「そんな少なくて良いのですか?」
「うん。十分すぎるよ。母さん、おいしいご飯ありがとう」
いつも母の料理はおいしい。
だがとりわけ今日はおいしかった。
たぶん、母がスキルではなく、自らの手で作ってくれたのだろう。
「えへへ……♡ 息子にほめられたよぉ~……はぁあん♡ 天にも昇る気分~♡」
「か、母さん上ってる! 天に昇ってるから!」
母がふわふわと、空中を飛んでいた。
そのまま風船のように、天へ昇っていきそうだった。
リュージは母の足をつかんで、よいしょと地上に降ろす。
「さて。それじゃ……僕は自分の部屋で勉強するね。明日テストだからさ」
リュージが冒険者学校に入学してから、明日で1ヶ月。
明日、卒業試験がある。
テストは筆記と実技の両方だ。
どっちも合格点を取って、初めてリュージは卒業証書をもらえる。
「りゅーくんが頑張れるよう、お母さんが気合いを注入します! とうっ!」
カルマはリュージを抱きしめる。
母の柔らかな乳房が、顔にむぎゅっと当たる。
甘い香りと、柔らかい感触。
母のぬくもり包まれていると……元気になってくる。
否、母が最上級の光魔法(回復魔法)をかけていた。
ややあって、母がハグから解放する。
「頑張ってりゅーくん! お母さんウルトラ応援してます!」
「うん。ありがとう母さん」
そう言って、リュージは自分の部屋へと戻った。
ドアを閉じて、机の前に座る。
「よしっ! がんばるぞー!」
リュージは机の上にノートと参考書を広げる。
明日の筆記試験のための、確認作業だ。
リュージはしばし、かりかり……とペンを走らせる。
こんこん……。
「どうぞー」
「失礼しまーす♡」
ドアを開けて入ってきたのは、母カルマだった。
「母さん。どうしたの?」
「勉強頑張ってるりゅーくんのために、差し入れを持ってきましたっ」
「ありがとう。なんだろう?」
カルマの手には、お盆らしきものがある。
布巾がかぶせられていた。
夜食だろうか……?
お盆を受け取り、中身を確認しようと、布巾を取り上げようとした、そのときだ。
「アッ……!」
お盆が、意外にも重かったのだ。
ぐらりとバランスを崩し、お盆をその場に落としてしまう。
しまった。せっかく母が作った料理を、無駄にしてしまったか……? と思ったが。
ばさばさばさばさーーーーーーー!
「……へ? なにこれ? 紙の束……?」
料理かと思ったのだが、別物だった。
リュージはしゃがみ込んで、紙のひとつを手に取る。
「【モンスター学・各論。卒業テスト】……ってこれってもしかして!?」
リュージは辺りを見回す。
そのすべてに、【卒業テスト】と書いてあった。
つまりは……。
「母さんっ! これなに!?」
「なにって、明日のテスト用紙ですよ♡」
にこーっとカルマが笑顔で言う。
「何そんなこともなさげに……どうしたのさこれッ!」
「ふふん、お母さんにかかれば、明日へ時間跳躍して、テスト用紙を持ってくることくらい可能です!」
そんなことしなくても、職員室にはテスト用紙がありそうだが……。
問題はそこではない。
「こんなの受け取れないよ! ずるじゃんこれッ!」
「むぅ……そういうものですか?」
「そうだよっ! 返してきてっ!」
わかりました、といって、カルマはテスト用紙を回収すると、魔法でその場から消えた。
おそらく未来へ飛んだのだろう……か?
「はぁ……」
母の所業にため息をつくリュージ。
勉強を再開しようとしたそのときだ。
「りゅーくんりゅーくんっ」
またカルマが、となりに出現していた。
「……どうしたの?」
「あのね、お母さん反省しました。テスト用紙を盗み見るのはダメなんですね」
どうやら母も反省してくれたようだった。
「ということで、これを持ってきました……!」
カルマの手には、瓶に入った水薬があった。
空色のポーションだ。
「ポーション? なんの」
「飲むと元気になるお薬です! りゅーくんが勉強頑張れるようにって……迷惑でした?」
カルマが不安そうにリュージを見やる。
どんなときでも、リュージのみを案じてくれる、母の優しさが、嬉しかった。
「ありがとう母さん。いただきます」
リュージはポーションを受け取る。
蓋を開けて、一口、口につける。
「それを一口飲めばたちまち元気ビンビン! もう一生眠らなくても大丈夫なくらいになります!」
ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
「ゲホッ……ゴホッ……な、なにそれ!?」
「【仙人の覚醒薬】というS級アイテムです。眠気吹っ飛び元気百倍! がんぎまりですよ!」
「こんな危ないの飲めないよ!」
リュージは母にポーションを押し返す。
「ではこっちのポーションはどうでしょう……?」
今度は赤色の液体の入った瓶を、カルマが取り出す。
「……いちおう聞くけど、それなに?」
「こちらはよく眠れるようなお薬です」
「ふんふん。で、具体的にはどんな効果?」
「飲めばドラゴンでも一発ばたんきゅー。そして永遠に目が冷めることはない。こちらもS級アイテム【夢魔の睡眠薬】です」
……どちらの薬も、超レアアイテムだった。
カルマは自分の【万物創造】スキルを使って、超レアアイテムを、ほいほいと作れるのだ。
しかもつく理由が、息子がテスト勉強をサポートするために……とは。
「はぁ……」
「他に何かほしいものないっ? お母さん何でも作りますよっ。あなたのためならなんだってするんですからっ」
にこーっとカルマが笑う。
リュージは開いた口を、閉じて、ため息をつく。
……この母は、悪気があってやってるわけじゃない。
息子がテストで頑張っているから、それを支えたい。
純粋に、母はそう思っているのだ。
そのやり方の幅が、振り切れてるだけで、そこには息子に対する愛情が、確かにある。
「ありがとう、母さん。けどね……大丈夫だから」
リュージは母に笑いかける。
「僕のこと、見守ってて。僕……明日は、一人で大丈夫だから」
「りゅーくん……でも、でもでもっ」
「母さんがいろいろやってくれるのは嬉しいよ。けど明日は、僕がどれくらい頑張れたかを測る試験なんだ。誰のチカラも借りたくない。自分一人だけのチカラで、頑張りたいんだ」
リュージはまっすぐに母を見据えて言う。
カルマは何か言いたげだった。
もごもごいって、けど最終的には……。
「……わかりました。頑張って!」
カルマがグッ、と親指を立てる。
……本当は、息子をかまいたくてしょうがないのだろう。
けど息子の意思を、尊重しようとしてくれている。
「ありがとう、明日、頑張るね!」
「はい。りゅーくん、頑張って! 応援してるよー!」
……その後母は、なるべく邪魔をしてこなかった。
リュージはしっかりと勉強できた。
そして、明日。
最終試験に、のぞむのだった。
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